在霊テスト
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんなは、自分の家の構造を頭に浮かべることができるかい?
じゃあ目を閉じて、部屋の間取りの細かいところまで再現してみて……大丈夫かい?
そしたら玄関に立ち、イメージの中で部屋のひとつひとつをめぐっていく。居間や台所、客間などはもちろん、風呂やトイレ、物置に至るまでだ。そうして最後には玄関へ戻っていく。
……さあ、どうだい? なんともなかったかい?
「あったりまえだろ? 自分で想像しているんだからさ」と思ったみんなは、非常によい。なんともないなら、その結果になるだろうさ。
しかし、中には部屋をめぐっている最中に、何かや誰かに出くわした、という人がいるんじゃないか?
ああ、別に自己申告しなくていいよ。こうもみんなが集まる場だから、ヘタなアクションは余計な波を立てかねない。耳だけ傾けてくれ。
もし、自分のイメージ内にある家をまわり、その何かに出くわすことがあったなら……現実の家でも、そいつがいるとされる。
普段は目に見えないことがほとんどで、いわゆる霊感のある人ならば感じ取ることができるらしいな。
先生はおそらく霊感がないと思っているのだが……この在霊テストをやってみたあと、少し奇妙な体験をしたことがあるんだ。
そのときのこと、聞いてみないかい?
それは先生が中学生くらいのときだった。
部活の大会で帰りが遅くなり、夕飯はラップ掛け状態。自分でやっておいての意思表示状態だった。
台所備え付けのホワイトボードを見ると、両親ともに急用が入って夜遅くなる旨が記入されている。
そうなると家には先生と、弟しかいない。しかし、その割には家の中が静かだ。
ぐうたらなあいつでも、「おかえり」くらいは家のどこにいようとも返してくれるというのに、今回は無反応だ。
気になった先生は、弟の部屋のある二階へと向かった。
階段をあがって、すぐ左手が弟の部屋だ。
引き戸の奥の明かりは消えている。が、あいつが使っているスリッパは、戸の前できれいにそろえられていた。
中にいる。先生はそっと戸を開けて、中をのぞいてみる。
暗がりの部屋のど真ん中。毛布一枚だけを身体にかけて、こちらへ背を向けている弟がいたよ。
寝てるのか、ときびすを返しかけて、ふと思った。
いやに静かすぎる。もう一度、意識して聞き耳を立ててみた。
寝息すらしない。部屋は静寂に包まれている。
窒息してるんじゃないか?
おそるおそる近寄って、目を閉じる弟の鼻と口の前へ手をかざすと、やはり息をしている気配がないんだ。
緊急時の心得は、当時の先生にはない。とっさに何が最適解なのか分からず、弟の肩を抱きながら、ぐっと身体を起こしてやる。
盛大なせき込みが起こった。くしゃみと見紛うような勢いでもって、苦しげな声を出した後でぜいぜいと荒い息を漏らしながら、弟は目覚めたよ。
本人は夢を見ていたという。自分の身体が、どことも知れない水辺に浮かんでいて、ひとりでに沈んでいく景色だったとか。
水の中へ落ち込む夢そのものは、弟にとって珍しくない。そして怖がるようなものでもない。
夢の中のそれは息苦しさを覚えるものではなく、また抵抗を感じることもなく、自由に泳ぐことのできるものだったから。
でも、この時は違った。
水の中へ落ち込みきったあとも、身体を動かすことができなかったんだ。
まるで重りでもつけられたように、ぐんぐんと水面との距離は離れて底へ引き込まれていくのに、手足はぴくりとも動かせない。それでいて、夢からは一向に醒める気配もない。
『おかしい、おかしい……』と思う矢先、急に息苦しさを覚えた。
口へ入り、鼻を侵し、肺に突っ込んで。その不意打ちに驚いた肺が、蓄えていた空気をあぶくとして外へ飛び出たせた。
手足、変わらず伸ばせず、暴れさせることもできず。浮かび上がるあてはない。
それでも、とあがき続けるべき力を入れていったところ、不意に目の前の水が消えてなくなり、先生に抱き起されている現実があったというわけだ。
「兄貴、あれは絶対やべえ。あのまま沈みきってたら、どうなってたか」
実際、現実でも息が止まっていたことを教えると、目を丸くされたっけな。
睡眠時無呼吸症候群なるものかとも思ったが、弟はやせ型の上に、いびきなどを全然かくことはないんだ。気道が狭まっているせいとは、少し考え難かった。
中枢神経系に異状があっても、このようなことが起こるとはいうが、まさか弟に限って……。
そう考えながらも弟に話を聞いてみると、今日の昼間に妙なまじないめいたことを、クラスのみんなでやったらしい。
それが先ほど、みんなにもやってもらった在霊テストだったんだ。
弟も手順に従って想像上の家を思い浮かべ、玄関より侵入。家中をぐるりと見て回っていく。そうして自分の部屋をのぞいたとき。
鴨居を支える長押の上部を、「ととと」と音が立ちそうなくらいの軽やかな動作で、走っていくものがある。
体高は手の中指ほど。しかもそいつは、ごく小さな二本足で立って走っていき、あたかも人のようだったという。
想像の中での家で、こんな奴が現れるはずがない。
友達からこのテストの結果を聞いても、弟はにわかに信じようとせず。学校から戻ってひとり留守番をしていたが、昼間よりの疲れか、眠気がじきにやってくる。
ほんのひと眠りしようとして、毛布を引っ張り出し……あのザマだったというのさ。
言われて先生も、同じポイントを見やってみたが、そこには何もない。はたきを持ってきて、長押を中心に払ってみても同じくだ。
テストの内容だけなら、先生も笑い飛ばして終わりだったかもしれない。だが、実際に命の危険があったとなれば、話は別だ。
先生は自分の若さに裏打ちされた自信ゆえか、なんとも単純な手を採る。
その晩、寝入るときに弟から聞いた在霊テストを試してみることにしたんだ。
弟の言う通りであるなら、いずこかの長押に異状が見られるはず。しかし、それが自分の想像の産物になってはならないと、できる限り意識しないで家を思い浮かべたんだが。
結果は、想像していた以上だった。
玄関に立った時点で、帽子掛けなどをかける一階の長押たちの上を、歩く者たちがいたんだ。
弟に聞いていたように、指の長さほどの身長しかもたない彼らは、極小サイズの人間たちだったんだ。
私たちと変わらぬ服を着、思い思いの髪型をととのえながら、奥から手前へ、手前から奥へ。その小さな無数の身たちが、幾度もすれ違いをしていたんだ。
橋? と先生は直感し、そして思う。
彼らの往来する場所が橋なのだとしたら、下に広がるは川。当然、そこには人の息しえない水が、なみなみとたたえられているわけで……。
そう思いかけたおり、長押の上からのみのようにぴょんと飛んで、玄関正面左手。階段に降り立つ幾人かの姿を、先生はとらえる。
彼らはその高い跳躍力を生かし、小さい身でもって次々と段をあがっていった。
それは弟と、先生のいる二階を目指していることを意味する……。
早く目を開けられたのは、僥倖と言えるかもしれない。
というのも、ただ身を横たえている今であっても、まるで水の中へいるかのように息を吸えずにいる自分に気づいたからだ。
鼻も、口も、がっちり栓をされたかのように、みじんも息を吸えずにいる。
身体を動かそうとする。弟が夢の中で味わったという、ぴくりとも動かせないほどじゃないが、相応の力が求められた。
同時に、肺から空気が絞り出されるのを感じる。深呼吸を越え、深く沁みとおる息は手足へ伝わるとともに、動きにともなった強い痛みを発してくる。
いま肺は、体内に残された酸素を身体の活動へ、無理に振り分けてくれているのだろう。
かといって、苦しさに屈して動かないわけにもいかない。
あの小人たちの通る場所が橋になるならば、その下は川。弟も川底へ沈むようにして、息を止めていったんだ。
階段を奴らがのぼり出したいま、この二階もまた彼らにとっての、橋下の川へ化さんとしている……ということだろう。
はたきは手元に残したまま。
先生はありったけの空気を動員し、自分の部屋の引き戸の上、長押の上部を払った。
すると、あれほど悲鳴を上げていた身体の痛みが、うそのように消える。そのまま先生は二階全体の、およそ高所にある家具すべてにはたきをかけていったんだ。
一通りが終わり、いま一度目を閉じ、かのテストをしてみると、家じゅうのどこにも彼らの姿は見当たらなくなっていたのさ。
多くの人が歩けば、そこが道になるという言葉はある。
それはたとえ目に見えずとも、そこに在る人がいるならば、現象さえも本当のものとなるのかもしれないな。