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貴族派閥


「まったく、なんという体たらくだ!」


 グラスが割れる音が一室に響く。


 中に入っていた果実酒が、みるみるうちにカーペットに染み込んでいく。


 これ一枚で相当な金額だと言うのに、投げ割った当の本人は憤り、気にもしていない。


「一体いつになれば、この耳に心地良い朗報を聞けるのだ!」


 彼の怒鳴り声は、誰かに向けられた言葉ではない。


 部屋には誰もいないのだ。


「――くそっ!」


 壁にある豪奢な棚から一つのグラスを出す。


 乱暴に果実酒を注ぎ、一息に飲み干すが。


「………………」


 まだ気は収まらないのか、飲み干したグラスを壁に投げつけた。


 ガシャン、とグラスの割れる音。


 鼻息荒くデスクの椅子に座り込み、背もたれの体を預ける。


 高価であろう調度品に室内を囲まれ。


 豪奢な一室に我が物顔でいる彼は、恐らくは貴族。


 憤懣やるかたない彼に、突如声がかかる。


「――落ち着いたらどうなの?」


 女性の声。


 憤る彼とは対照的に、落ち着き払った声。


 ともすれば、怒る彼を小馬鹿にするような態度にも見えないことはない。


「……貴様、いつからいた」


「さっきよ。ノックしたけど気付かなかったのね」


 嘘である。


 ノックなどしていない。


 彼女は、本当に、いつの間にか、そこにいた。


 慣れた様子で棚からグラスをニ個取る。


 優雅な所作でグラスに果実酒を注ぎ込み、一つを彼のデスクへ。


 黒い髪と黒いドレスを揺らしながら、部屋の中央に置かれたソファーへと体を沈める。


 グラスを傾け、一口。


 口を離し、艶やかに一息吐く。


 その一挙一動を、彼は見惚れていた。


 目線が先程まで憤慨していた男性に向けられ、慌てるように咳払いを一つした。


「状況は、芳しくない」


 先程とは既に違い、落ち着いた様子でぽつりと語った。


「このままでは、この国はあいつの物になってしまうだろう」


「その為の妨害工作でしょう?」


「ああ、だが送った人物すべてが、物言わぬ体になって帰ってくる。今となっては私の手駒は怖がって仕事を受けたがらない始末だ」


「あらあら」


 口元を抑え、優雅に笑う。


 怒りたい所だが、見目麗しい女性に見惚れてしまい、毒気が抜かれていく。


「……本当に、このままで良いのだろうか?」


「良いか悪いかは、貴方次第よ。悪いと思う限り、私は貴方に手を貸すわ」


「……貴様は何故手を貸すのだ? 貴様に何の得がある」


 口元に指先を一つ。考える仕草。


 指を離し、ニッコリと笑顔でこう言った。


「楽しいからよ」


 男性はまたも見惚れる。


「……なあ、いい加減に私に嫁いで来ないか?」


 これで何度目かわからない求婚。


 貴族であろう彼らしい、尊大なプロポーズ。


「ふふ、嫌よ。私は誰の物にもなりたくないの」


 ソファーから立ち上がり、扉へと向かう。


「果実酒、ごちそうさま」


 ウィンク一つ残し、部屋から出て行った。


 部屋には、果実酒の匂いを女性の匂いを残し。


 沈黙が流れた。


 男性は目を落とす。


 一枚の報告書。


 失敗、そして実行者の死亡。


「……そうだ、このままではいかん」


 決意を新たに。


 彼は他の実行者を探すことにした。






 オウステル王城。


 玉座の間にて、片膝を付き頭を下げる。


 俺の周りには、同じように片膝をついている人間が数十人。


 皆、国王様の言葉に傾聴している。


 騎士として励め、とのありがたい言葉を頂戴し、入団の儀式は終了。


 これで正式に、オウステル王国の騎士と相成った。


「終わったー!」


「ちょっとガイ」


 玉座の間を出て城の外へ。


 試験を受けた中庭に移動して、ガイは大声を出しながら体を伸ばした。


 周囲の視線を受け、諫めるエルだがガイは聞いていない。


「……これからどうすれば良いんだろう?」


 国王様が退室し、解散となったのだが。


 貴族であろう身なりの良い人達は、めいめいに何処かへ行ってしまった。


 これからどうすればいいのか声をかけようとしたら。


『平民が、話しかけるな』


 と一蹴された。


 あの時、ガイがいなくて本当に良かったと思う。


「お前達、こんな所にいたのか」


 と、唐突に声がかかる。


 振り返ると。


「ゴルドリア様」


 入団の試験官を担当していた、第二大隊隊長のゴルドリア様がいた。


「お前達は私の第二大隊に入ってもらう」


 知っている人が隊長なら心強い。


 と、顔を明るくした俺達三人とは裏腹に、ゴルドリア様の顔色は良くない。


「……お前達は、この国の貴族制度を知っているか?」


 頷く俺とエル。


 首を振るガイ。


「入団式が終わった後、貴族たちがバラバラに何処かに移動していくのを見て、変だと思わなかったか?」


「思いましたけど……話しかけてもにべもない、って感じでした」


 エルも話しかけていたようだ。


 もっとも、結果は俺と同じようだ。


「お前達も正式に騎士になったからには、知っておく必要があるな」


 こっちへ、と手招きされゴルドリア様の元へ。


 ゴルドリア様は背を向け、何処かに歩き出す。


「この国には、大隊が幾つもあるのだが……私の第二大隊と……不在の第一大隊を除いて、すべて貴族派閥で固められている」


「……不在?」


「ああ、この国の第一大隊は特別でな。隊長に就任することが出来れば、この国の国政に参加出来るという特典付きだ。まあ、だからこそ最も功績が高い者しか就けないのだが」


「ということは、今は就任するに値する人がいないってことですか?」


 エルの問いに、深く頷くゴルドリア様。


 すれ違う騎士。


 第二大隊隊長のゴルドリア様に挨拶することもなく、無言で通り過ぎる。


 彼等はすべて、他の貴族派閥ということか。


「ゴルドリア様! お疲れ様です!」


 と。


 ゴルドリア様に敬礼する騎士が一人。


「うむ」


「この子等は? 隠し子ですか?」


「バカも休み休み言え。今年の新人だ」


「ですよね。よう後輩! これからよろしくな!」


 よろしくお願いします、と三人で敬礼する。


「おう! 俺はいつも仕事が終わったら酒場で飲んでるから、奢ってくれるなら来てくれや!」


 行かないようにしないと。


 もう一度ゴルドリア様に敬礼してから、この場から離れていった。


 そしてまた歩き出す。


「……とまあ、私が指揮する第二大隊は、ほとんどが平民で固められている」


 というのも、と言葉を続け。


「他の貴族大隊が、平民を受け入れるのを拒んでいるからだな」


「自分の派閥は自分の息のかかった奴を固めておきたいってことか? ……いてっ…………ことですか?」


 エルの肘を脇腹にくらい、慌てて敬語に言い直すガイ。


「ま、そういうことだな。大隊と名乗ってはいるが、その実貴族派閥をひた隠すための名称だ」


「でも、ほとんどの人が知っているんですよね?」


 エルの指摘に、がははと笑いながら。


「ああ、名称を変えるのも国王に進言せねばならない、国王を煩わせたとあらば第一大隊の座は遠のく。だから結局、大隊の名を冠するしか無いのだよ」


 つかつかと歩き続けながら、会話は弾む。


 その間、ゴルドリア様に頭を下げたのは使用人くらいだった。


 ふと思う。


「ゴルドリア様も……貴族ですよね? 自分の派閥の人間は?」


「おらん」


 きっぱりと。


 隠すこともなく、言い切った。


「私は昔、大きな失敗をしてしまってな。その際に家は衰退の一途を辿った。一応キシリムの家名を名乗ってはいるが、もう凋落した家だ。一応、腕を買われて第二大隊の隊長をやらせてもらってはいるがな」


「じゃあ、第二大隊にいる人間が、ゴルドリア様の派閥の人間ってことだな!」


「がはははは!! そうだな、私の部下は皆家族みたいなものだ!」


 ガイの無遠慮な発言と、快活な性格はゴルドリア様と相性が良さそうだ。


「よし、着いたぞ」


 城から少し外れた場所。


 石が積み重なるようにして出来た、少し広めの建物。


「ここは?」


 装飾のない、不格好な木の扉。


 ゴルドリア様はノックをせずに開いて、中へ。


 続いて入ると。


 中には誰も居ない。


 中央にはテーブルと丸椅子が数脚。


 壁には鉄当ての防具が保管され、その傍には鞘に収められた剣や槍や斧がカゴに入っている。


 壁の上部にある小窓は、鉄格子がはめられている。


 これは、まるで……。


「まるで牢屋みたいだな」


「ガイ!」


 エルの諫める声も、ゴルドリア様の笑い声に吹き飛ばされた。


「わかるか。ここは元々牢屋として使われていた場所だ。今は外れた場所に地下牢があるから、使われなくなったのをいただいたのだ」


 テーブルの傍に行く。


 ホコリ一つ無い。


 外見は牢屋そのものだったけれど、中身はそんな事ないようだ。


「あ、そうだゴルドリア様」


 壁にある防具や剣を眺めていたガイが、思いついたかのように声を上げた。


「俺、剣は我流なんだけど……騎士団の剣術って学んだ方が良い…………んですか?」


 最後の方、バツの悪そうな表情をしていた。


 何故か探ってみると、ゴルドリア様の後ろでエルがガイの事を睨んでいた。


「どちらでもよい」


「そうなん……ですか?」


「騎士団における、剣術は何のためにあると思う?」


「そりゃ……強くなるため、とか?」


 考えず、間髪入れずに答えた。


 その答えに、ゴルドリア様は首を横に振る。


「連携を取るためだ」


「連携?」


「例えば槍だが」


 槍をカゴから一つ手に取り、中心部分を掴み、回す。


 大柄な体に似合わない、綺麗な舞だ。


「ガイ、横に来てやってみろ」


 隣に立ち、先程ゴルドリア様がやった舞をもう一度行うが。


 息が合わない。


 それはそうだ、ガイは初めてやるのだから。


「息を合わせるために、騎士団流の剣術、槍術があるのだ」


「合わせる?」


「息を合わせて大群に立ち向かう。言うなれば、戦争を想定された物だ。しかし昨今は何処の国とも固い友好関係が結ばれていると聞く。故に、戦争を想定した流派を学ぶ必要は、無い」


 なるほど、と得心し。


 ガイは槍をカゴに仕舞う。


「あ、じゃあ私からも」


 エルが手を挙げた。


「私、基本的には弓が主だったんですけれど、剣を学んだ方が良いですか?」


「どっちでもいい」


「またですか」


「だが、接近される可能性を想定して、剣は一振り携えていたほうが良いと思うぞ」


「わかりました」


 と、ゴルドリア様は俺をじっと見る。


 お前は無いのか? と言いたげな視線だ。


 俺にはオリヴィア様から教えられた剣術がある。


 何も変える必要はないと思っているのだけれど。


 と、その時。


 扉が開く。


 先輩たちだろうか。


「おお、そうだそうだ」


 ゴルドリア様が声を上げた。


「実はちょっとした小隊を編成しようと思っていてな」


 誰かが足を踏み入れた。


 ロングスカートの裾が垣間見えた。


「そこで、紹介しようと思う」


 動きが邪魔にならない鎧を身につけ。


 金色の髪をなびかせて。


「お前達の隊長の……オリヴィアだ」


「………………」


 絶対零度の視線で。


 俺たちとゴルドリア様を、交互に見ていた。

読んでくださってありがとうございました。

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