いざ、試験当日
宿屋を出て、空を見上げる。
雲ひとつ無い快晴。
「絶好の試験日和だな!」
試験日和とはなんなのか。
でも、言わんとする事は分かる。
「ほら、早く行こうぜ!」
やたらとテンションの高いガイ。
それは今日から、いや。
なんなら昨日の夜からそうだった。
エルとは流石に部屋が違うが、ガイとは相部屋。
昨夜は灯りを消して寝る段階に入って尚。
『明日楽しみだな』
『どっちが受かっても恨みっこ無しだからな』
『なあ、もう寝たか?』
『眠れないんだけど』
『なあ、聞いてる?』
などなど。
寝不足にしてライバルを蹴落とす作戦かと一瞬勘繰ってしまった程だ。
「元気ねー……」
ガイの底抜けの明るさに辟易している様子のエル。
「まあ、緊張しなくて良いけどね」
彼の様子を見ていると、気持ちが落ち着く。
「そうね、それは確かに」
宿屋を出て石畳で舗装された道を歩く。
ガイは気が逸り先行している。
その後ろを、ゆっくりと二人で並んで歩いて行く。
「どう? いけそう?」
試験の意気込みの程を聞いてみた。
エルは顎に指をやり、一瞬考える仕草をしたが。
「わかんない。女性の実力の平均も知らないし。なんなら男性の実力の平均も知らないし」
そりゃそうだ。
しかし、エルは避ける一手に関しては凄まじい上達を見せている。
もしも弓術で避けながら射抜いたりするのであれば、手も足も出ないだろう。
「アルクはどう?」
聞かれて、考える。
だが。
「俺も一緒かな、わかんないや。村の中でしか生きてこなかったからね」
外の世界の平均を知らないのだ。
「ま、お互い全力を尽くしましょ」
「そうだね」
お互い顔を見合わせ、頷き合う。
前を見る。
「おーい、遅いぞー!」
ガイは遥か遠くにいた。
「緊張とは無縁なのよね、あいつ」
「羨ましい限りだ」
ガイの様子に苦笑しながら、早歩きでガイのもとまで行く。
それから程なくして、城門まで辿り着く。
そこには数十人の行列が。
「いっぱいいるんだね……」
人の身なりは様々。
貴族らしき人から、平民……つまり、俺たちのような服装の人まで。
貴族らしき服装をした人物は、並ばされることに慣れていないのか周りにくだを巻く人が多数。
「女性も結構いるのね」
右手を目の上にかざし、エルが背伸びをして奥を見やる。
確かに、もっと少ないと思っていた。
結構な人数がいた。
列に並び、進んでいくのを暫く待つ。
やがて受付まで来た。
「エルーシャです」
先頭に並んでいたエルが先に受付を済ませる。
受付の兵士も、街の門にいる兵士達と装備は変わらない。
鉄の胸当て、腕当てに、グリーブ。
皮の胸当てなどを装備している俺たちに比べれば、随分と上等な装備だ。
「女性はー……門をくぐって右に進み、噴水の傍で待て」
「ありがとうございます」
何かを手渡されていた。
受付を済ませ、エルが振り返る。
手を振ってきたので、俺たちは手を振り返した。
「次」
ガイが前に出る。
「ガイアールです」
「はい、門をくぐって左の噴水の傍で待て」
「ありがとうございます」
俺もガイと同じように告げ、何か木板を手渡される。
番号が振ってあった。
待ってくれていたガイと、連れ立って左側の噴水まで進んでいく。
「結構いるなー」
確かに、主だった服装は貴族の方が多いけれど。
平民のような服装の人も、そこかしこにいる。
貴族の人たちは余裕綽々といった感じで貴族同士談笑しているが。
平民達は違う。
腰に携えた剣の柄を握り、ぶつぶつ言っていたり。
噴水の縁に座り、祈るように頭を下げる人物。
城壁にもたれながらも、落ち着かないようで貧乏ゆすりをしている者。
唯一共通しているのは、平民は一様に緊張しているようだ。
更に暫く待っていると。
城の中から五人程現れる。
五人のうち四人は、大きなカゴを抱えて歩いている。
四人は受付や門番をしていた人と同じ装備をしていたが。
一人だけ違った。
一際大きな体躯。
全身甲冑で、頭だけ出している。
五十代か、六十代か。
少し年老いた印象。
ただ年齢の割に、大柄な体格。
ピンと伸ばしている姿勢から察するに、まだまだ現役の様子。
そして男の割には長い黒い髪。
ただ、意識して伸ばしているわけではなく。
頓着せずに放っておいた結果伸びてしまった、といった感じの適当さが伺える。
次に目が行くのは、背中に担いだ大剣。
自分の身長程もあるかのような、巨大な大剣。
あんな物、持てるのだろうか。
なまじ持てたとして、扱えるのだろうか?
ある程度歩いた後、立ち止まり。
背中の大剣を自身の前に、突き立てた。
剣先は石畳に刺さり、穴を開ける。
「あ」
やってしまった、という表情。
どうやら穴を開ける気はなかったようだ。
こほん、と一つ咳払い。
「あー……。受験者の皆、よく来てくれた」
受験者をぐるりと見渡す。
「私はオウステル騎士団第二大隊隊長、ゴルドリア・キシリムである」
平民側がざわつく。
「第二大隊隊長って?」
まるで知らない様子のガイが問うてきた。
「………………」
俺も知らない。
「バカ、お前達知らないのか? 第二大隊隊長のゴルドリア・キシリム様と言えば、この国最強の騎士だぞ?」
知らない人が教えてくれた。
そんな人が面接官を?
「へえ、面白そうじゃん」
本当にガイは緊張とは無縁のようだ。
一人だけ、不敵に口角を上げていた。
「とりあえず、貴族はこっちに。平民はこっちに集まって欲しい」
貴族と平民を左右に分けるらしい。
俺とガイは平民側に移動する。
「今から、私と実戦形式の試験を行うのだが」
またもやざわつく。
「貴族は既に実技を免除されている。……が、腕に自信のあるものは挑んできても良い。その場合平民側に移動して欲しい」
今度は貴族側がざわつく。
「無論メリットはある。私に勝つ者、もしくは善戦した者がいれば、私から関係者に口添えしよう」
歓喜の声を上げる貴族側。
こぞって平民側に移動しようとする。
「ただし、私は本気を出すのでそのつもりで」
全員立ち止まった。
帰って行った。
ゴルドリア様の大きな溜息。
「はあ…………では貴族側は好きに時間を潰していろ。平民側、試験を行う」
先程、一緒に出てきた兵士達が持っていたカゴを指差す。
「その中に刃引きした剣がある。それを使って欲しい。そして希望するものは用意した鉄防具を使うと良いだろう」
一人を指差す。
「お前からだ」
指された人物は、緊張も最高潮のようで防具をつけるのにも手間取っていた。
刃引きした剣を一振りカゴから持つ。
構えるが、腰が引けていた。
「…………ダメそうだが。来い!!」
試合開始の一喝。
「――――ひっ」
へたりこんでしまった。
「……失格! 次はー…………お前!」
盛大なため息を吐いて、次は違う人物を指す。
「い、行きます!」
踏み込む。
……いや、踏み込んでいない。
駆け寄っていた。
「……はあ」
へっぴり腰で振り下ろした剣をゴルドリア様は片手で握り。
――投げ飛ばした。
「次、お前」
飛んでいく。
「お前」
更に飛んでいく。
「そこのお前」
どんどん飛んでいく。
「じゃあお前」
飛び交う飛び交う。
………………。
「今年は…………ダメだな!」
数十人いたのだけれど。
合格と言われたのは、たった二人。
残りは俺とガイ。
「じゃあ、次は茶髪のお前」
「うす!!」
「ほう、勇ましいな」
「さっきから待ってたんで! 早くやりたくてうずうずしてたんだ!」
ガイはカゴから一振りの剣を掴む。
そして構えた。
「防具は?」
「いらねえ。動き慣れたのが一番だ」
「その意気込みや良し。しかし敬語を使え」
「……はい、じゃあ……行きます!!」
踏み込む。
これまでの受験者とは比にならない、素早い踏み込み。
「ほう」
思わず感嘆。
巨大な大剣を軽々と片手で持ち上げ、ガイの剣戟を防御。
防御されたと見るや、ガイは一足飛びで距離を取る。
そしてさらに踏み込み、横薙ぎ。
防御、後退。
前進、攻撃。
防御、後退。
幾度となく繰り返す。
ゴルドリア様は感心した様子で言った。
「今までで一番良いな」
「へへ、だろ?」
「じゃあ、これはどう受ける?」
ゴルドリア様が片手で大剣を振り上げる。
大柄な体躯からの、大きな一歩の踏み込み。
グン、と。
加速して前に出たと同時に、ものすごい速度で大剣を振り下ろす。
「――――!?」
ガイは反応できない。
いくら刃引きしているとは言え、あの質量の武器をゴルドリア様の膂力で振り下ろされたら。
死んでしまうかもしれない。
「ガイ!!」
思わず声が出た。
だが。
ガイの頭一歩手前で。
大剣が止まる。
「根性も、負けん気も強い。磨けば光そうだ」
「……………………」
ガイは声も出ない。
「合格。お前はいずれ、私自ら鍛えてみたいものだ」
「くそぉっ!!」
悔しがる声。
それもしょうがないだろう。
一度攻撃されただけで、終わってしまったのだから。
「……くっそ…………アルク、敵を取ってくれ」
「……ええー…………」
無茶を言う。
勝てる気がしない。
「最後は金髪の小僧か」
「よろしくお願いします」
カゴから一振りの剣を握る。
ガイと同じく、防具はいらない。
「お前もか」
「はい」
相対し、構える。
「来い」
「……行きます!」
踏み込む。
……と見せかけて、後ろに回り込む。
「……む?」
少し反応が遅れた。
そのまま横薙ぎ。
「……っ!?」
しようと思ったが、慌てて横に飛ぶ。
先程まで立っていた場所に、高速で蹴りが飛んできた。
当たれば、確実に意識を刈り取られるだろう。
「ほう、中々勘が良い」
まっすぐ踏み込み、剣を下から振り上げる。
思った通り、片手でいとも容易く防御。
だが、剣は囮。
推進力そのままで、ゴルドリア様の左足に蹴りを放つ。
カァン!!
「………………」
「…………大丈夫か?」
大丈夫じゃない。
グリーブを靴で蹴ってしまった為、凄く痛い。
しかし、ピクリとも動かないなんて。
なんて体幹だ。
「い、行きます」
「……うむ」
次は速さを活かす。
大剣に向かって無数の攻撃。
前に気を取らせ。
最速で後ろに回り込み、振り下ろす。
「甘い」
「っ!!」
また蹴りが飛んできた。
慌てて躱す。
「考えは良い。だが速さが足りないな。丸見えだったぞ」
この人には、どんな速さでも遅く見えるんじゃないだろうか?
「さて、そろそろ私の番かな」
まずい。
あれは俺も反応できるとは思えない。
させない、とばかりに踏み込む。
こうなったら、教えられた……スキルの一つを使うしか。
一手を与えられる気がしない。
「ほう、まだ来るか」
全力の踏み込み。
全力で振り下ろす。
ゴルドリア様は大剣を横にして防御。
しかし、それを待っていた。
剣に体重をかける。
びくともしない。
予想通り。
剣に体重を乗せたまま、飛ぶ。
そのまま、空中で一回転。
「ぬぅ!?」
遠心力を活かし、剣を振り下ろす――――!
…………いや、振り下ろそうとした。
最後に見えたのは、横から迫る大剣の腹部分。
側頭部に直撃。
「しまったっ!!」
ゴルドリア様の焦る声。
当てるつもりは無かったのだろう。
そのまま真横に吹っ飛び、城の壁に激突する。
「すまぬ!! 大丈夫か!?」
「アルク! おいアルク!!」
二人の慌てた声を最後に。
俺の意識は途切れた。
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