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門前の稽古


 騎士団入団試験まで後一日。


 最後の仕上げということで、オウスの門前の広く開けた所で実践稽古中。


 些か人の視線が気になる所ではあるが、仕方がない。


 エルにもう少し離れた場所でやろうと提案してみたのだが。


「私達まだ街に詳しくないでしょ? 下手に変な場所に行ったら迷っちゃうかも」


 と言われたので、暇つぶしの好奇な視線に晒されながらの訓練である。


 暇つぶしというのは。


 オウスの門は、一箇所しか無いのだ。


 入国管理、検品等を行わなければならないので、自然に出来てしまう長蛇の列。


 その間娯楽らしい娯楽はない。


 故に、見える範囲で何かをしていると、このように見られてしまうのだ。


「だあああっ、くそっ! 当たんねえ!!」


 ガイの悔しげな声。


 エルとガイの実践稽古。


 ガイの攻撃を巧みに躱し続けるエルに、苛立ちを隠せないようだ。


 エルの剣術はみるみる上達している。


 元々才能があったのだろうか、少し教えただけで自分流に改変し。


 生来の速さを活かし、手数と回避に重点を置いた戦い方に変化していったのだ。


 対するガイは、速さより威力。


 エルの百回の攻撃を一回で返すかのような…………筋肉バカタイプ。


「何か言ったか?」


「何も?」


 突如首をぐりんと回し俺を見据えてきた。


 どうしてあのワードにのみ反応してくるのだろうか。


「休憩したくなったら言ってね。飲み物と食事を買ってきてあるから」


「ふうー……ありがとうアルク」


 汗を拭いながらエルが少し離れた場所に座る。


「どうぞエル」


 軽食の包みと飲み物を渡すが。


 エルは何故か俺と微妙に距離を取りながら受け取った。


「……? どうかした?」


「…………いや、なんでもないの。気にしないで」


 と言われても。


 意味も無く距離を取られてしまうと、それはそれで傷付く。


 まあ、会って間もないし。


 しょうがないか。


「……アルク、変な想像してるでしょ。違うわよ?」


「え?」


「……汗かいてるから、近くに寄りたくなかっただけよ」


「あ、ああ……」


 気にしないのだけれど。


 女性だし、そういう訳にもいかないのだろう。


「アルク、次やろうぜ!」


 ガイの呼びかけに頷いて応える。


 エルが使っていた木剣を握り、ガイの前に少し離れた場所で構える。


「いつでも良いよ」


 俺の声にガイは口角を上げる。


「お前とやるの初めてだよな」


「それを言ったらエルとやるのもさっきが最初だったけどね」


「言うなよ! 雰囲気が壊れるだろ!」


 そんな雰囲気いるのだろうか。


「お前とやるの初めてだよな」


 もう一度言った。


 ガイには必要な儀式のようだ。


「そうだね」


「魔獣では遅れを取ったが、負けねえぞ!」


「そうだね」


「………………」


「そうだね」


「お前やる気ねえだろ!」


「やる気はあるよ!? その変な小芝居に付き合う気はないけど!!」


 ほら、周りの皆笑ってる。


 恥ずかしいよ。


「もういいや……行くぞ?」


「うん」


 二人とも構え。


 ガイが踏み込んでくる。


 縦に振り下ろしてきた。


 木剣を斜めに構え、軌道を逸らす。


 バランスを崩し、たたらを踏むガイ。


 すぐに体勢を持ち直し、構え直す。


 今度は横薙ぎ。


 後ろに飛んで躱す。


 踏み込みながら返し刃でもう一度横薙ぎ。


 更に後ろに飛ぶ。


 飛んでバランスを取る前に、ガイは俺の腹に向けて刺突。


 ガイの剣の腹に剣を添え、くるりと回って避ける。


 自分で思っていたよりも華麗な避け方になってしまい、順番待ちの人たちに『おおー』という声とともに拍手された。


 拍手に対し会釈していると、後ろからガイが剣を振り下ろす。


「どいつもこいつも……! 避けてばっかりだな……!」


 剣を横にして、真っ向から受け止めた。


「これが実際の剣だったら避ける人ばっかりだろうから、それでペースを乱されてたらダメだと思うよ……?」


「ご教授どうも……! で、これからどうするつもりだ?」


 筋力はガイの方が圧倒的に上だ。


 ガイが体重をかけて押し込んでいる以上、いずれは潰される。


 しかし。


 剣先を傾ける。


 ガイの体重は外側に流されていった。


「おわっとっとっ……!!」


 つまづき、数歩たたらを踏む。


「ずるいよな、その流し方」


 ずるくはないと思うけど。


「ガイは、もっと苛つくのを抑えるべきだと思うよ」


「わかってるんだけどな」


 手にした木剣をくるくる回しながらぼやく。


 未だイラつきは収まらないようだ。


「ガイ。代わるからあんたはちょっと頭冷やしてなさい」


「…………おう」


 反発しようとする様子が見えたが頑張って飲み込んだようだ。


「じゃあアルク。行くわよ?」


「うん」


 と言いながら、来ない。


「……エル?」


「ガイが来てばっかりだったから、自分から攻撃するって考えがなかったわ……」


 どちらも実践が足らず、一辺倒な戦術しか持っていなかったようだ。


「改めて……行くわね」


 頷く。


 エルが踏み込む。


 ガイとは違い、力強くはない。


 軽いが、数倍素早い。


 腹部に向かっての横薙ぎ。


 剣で受ける。


 エルは既に少し離れたところにいた。


「な? エル素早くて捕まえづらいんだよ」


 確かに速い。


 だけど。


「ガイ……エルもだけど。君たちはまだ実践が少ない。だからしょうがないんだけど」


 エルに向かって踏み込む。


 剣を避け、遠くに逃げようとする。


「まだまだ癖があってね。その癖を呼んでさえしまえば」


 逃げようとした方向を先読みし、回り込む。


 驚いたエルの表情。


 剣を振り下ろす。


 転がるように避け、また遠くに。


「ほら、エルのペースはもう乱れてしまった」


 更に逃げようとした先にも、先回り。


 バランスを崩しているので、先程のようには避けられない。


 エルに向かって、木剣を振り下ろす。


 ギュッと目を瞑るエル。


「あいたっ」


 軽く頭に木剣を当て、勝利。


 順番待ちの人から拍手喝采。


「だけどよ、それはアルクだから出来るんじゃねえの」


「二人に比べれば経験もあるかもしれないけど、それでも俺もまだまだ経験が浅くて、癖があると思うよ」


 それが何かと聞かれれば困るのだけれど。


 頭をひねるガイに、もう一つアドバイス。


「直情的に攻めるんじゃなくて、もっと戦闘中に思考したほうがいいよ」


 大振りすぎて、先が読みやすいのだ。


「アルク、私は?」


「エルは、打ち合うことを怖がり過ぎだと思う」


 この中で一番非力な女性だからしょうがないとは思うけれど。


 速さ、角度、タイミング次第では非力でも充分に打ち負かす瞬発力は既に持っている。


「速さは凄く良いと思う。けど、避ける時に必要以上に距離を取りすぎかな」


 当たることに怖がるな、とも聞こえかねない発言だけれど。


 エルの速さは、相手の攻撃の隙を狙うことに長けている。


 だというのに、必要以上に距離を取ってしまうお陰で守る隙を与えてしまっているのだ。


 その状態では、大きく避けてしまうエルは体力的に不利だ。


「要するに、必要最小限の動きで避けるのを見極めろ……ってこと?」


 頷く。


 ギリギリを避けることが出来れば、反撃も容易だし体力もそこまで消費することはないだろう。


「じゃあ次はガイ」


 食べ終わったであろうガイに声を掛ける。


「おう」


 立ち上がり、歩み寄ってきたガイに木剣を渡す。


「今から俺とエル二人とも攻撃せずに避け続けるから、それでやってみよう」


 俺だけ木剣が無い状態だけれど、しょうがない。


「いいのか?」


「うん。反撃はしないから。エルもギリギリで避けるのを出来るだけやってみよう」


「わかった」


 エルと隣り合わせに立ち、ガイと対面する。


 そこに。


「兄ちゃん、これ使いな!!」


 順番待ちの、商人と思しき人に投げ渡される。


 受け取ると、木剣だった。


「良いんですか?」


「おう! 頑張れよ!」


「ありがとうございます」


 木剣を構えてガイと相対する。


 踏み込むガイ。


 まず狙ってきたのは俺。


 左斜から振り下ろしてきた剣を、右に避ける。


 次はエルに向かって。


 エルも避ける。


 先程よりは気をつけているが、それでも避け方は大振りだった。


 今度は俺に。


 避ける。


 エル、避ける。


 避ける、避ける。


 ガイの位置取りの影響か、エルと肩がぶつかってしまう。


 ニヤリと笑うガイ。


 ガイの振り下ろしを、エルと踊るようにして避けた。


 沸き起こる拍手。


 エルも剣筋の見極めに慣れてきたようだ。


 最小限の避け方に、なりつつある。


 ガイも、思考しながらの戦いに慣れてきている。


 先程エルと肩がぶつかったのが良い証拠だろう。


 俺とエルが、離れずにくっついた状態で避ける。


 エルにも余裕が出てきている。


 まるでダンスのように手を取り合い。


 横に薙いだ剣を仰け反って避けるエル。


 これは昼間の舞踏会。


 剣を避け合いながら、それはそれは優雅な一時。


 順番待ちの人から沸き起こる喝采、拍手、指笛。


 門番の人すらも、仕事を忘れ見入っていた。


 踊る。


 俺とエルは、微笑み合う。


 このまま、踊り続けていればいいのに――


「良い訳あるか!! なんだこれ! 俺お前達を踊らせるためにやってんのかよ! なんだこれ!」


 肩で息をしながらガイが悪態をつく。


「ごめん、つい興が乗って」


「これで苛つくなって言う方が無理あるだろ!」


 確かに。


「でも見て」


 街道を指差す。


「皆喜んでる」


「だから何だよ!? 俺達は大道芸人じゃないんだぞっ!!」


 誤魔化されてくれなかった。

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