首都オウス
ふと目が覚めた。
薄っすらと瞼を開くと、まだ暗い。
朝にはまだ時間がかかりそうだ。
焚き火の木が弾ける音が響く。
寝返りをうつ。
また薄っすらと瞼を開くと、エルと視線があった。
先のガイが見張りをしていたはずだから……それなりに眠ってはいたようだ。
「起こしちゃった?」
「ううん。なんか起きちゃっただけだよ」
上体を起こし、ガイを見てみると。
焚き火に背を向け、豪快な寝息を立てていた。
「たぶん、もうすぐ陽が昇り始めるんじゃないかな」
「そっか」
ならもう起きてしまってもいいだろう。
立ち上がり、顔を洗ってくる旨を伝え、すぐ側の池へと向かう。
軽く顔を流し、頭をしゃっきりさせてから、戻る。
先程と同じ場所に腰掛け、焚き火を眺める。
火のゆらめきが心を落ち着かせた。
「今日は凄かったよね」
「そうだね……二人は魔獣を見るの初めてだったの?」
「うん。人里離れた漁村だったからね、魔獣どころか野生動物すら少なかったわ」
俺は何度か村に入り込んだ魔獣を討伐したり追い払ったりしていたので、然程珍しいものでは無かった。
けれど、魔獣を見たことがない人物からすれば、暴力の塊のような魔獣は恐怖だっただろう。
「うん、そうね……怖かったけど、結果的にアルクが助けてくれたからね」
「間に合ってよかったよ」
「でも凄いよね、その剣。ガイだと斬ることも出来なかった魔獣を、あんなあっさりと」
それは俺も驚いている。
魔獣を斬るのは普通だった。
毛が硬い、皮が硬いとは聞いていたけれど。
それは野生動物よりも斬りにくい、程度のものと思っていた。
斬れないという考えそのものを持っていなかった。
「それ、アルクの剣の師匠がくれたものなのよね?」
「うん。村を去る時にくれたんだ」
傍らにある剣を手に持ち、鞘から抜く。
火の灯りや、月明かりを刀身が反射する。
「こんな凄いものを戴いたんだ。ますます恩返ししないと」
「そうね……頑張らないとね」
「でも、彼女はとっても強かったから……今ではもっと強くなってるかも知れない」
「うん…………え?」
「え?」
エルを見ると、何故かぽかんとした表情をしていた。
「え、え? …………女の人なの?」
「え? うん。言ってなかったっけ。俺とあんまり年も違わないんだけど、すごく強かったんだ」
「へ、へえ…………」
剣を眺め、誓いを固くする。
「あの女騎士様の傍で、役に立ちたいんだ」
「……そうなんだ」
剣を鞘にしまう。
空を見上げると。
僅かに白み始めていた。
「もうすぐ朝だね。少しでも寝ておく? 後は俺が代わるけど」
「ううん。大丈夫……」
そう言うエルの表情は、何故か浮かなかった。
深く聞くのは躊躇われた。
ガイが起きてくるまで、不自然な沈黙が続いたのであった。
そして道中。
先を歩く二人を眺める。
「なあ、エル」
「………………」
「おーい」
「………………」
「エルさーん」
何度もガイが声をかけているが、何処かぼんやりとしたエル。
夜明けの話からどうも様子がおかしい。
理由がわからないので、声をかけられる状況でもない。
「……よし、決めた」
いきなり立ち止まるエル。
立ち止まったかと思うと、俺に向かって振り返り。
「アルク。この前言ったわよね、入団試験を受けて残って欲しいって」
「え? あ、うん」
「わかった。受ける」
「え、本当?」
「マジで?」
「うん、受ける。だから入団試験までの間、私に剣の稽古をつけてほしいの」
エルの目は真剣そのものだった。
「……わかった。俺で良ければ」
「うん! よろしくお願いします!」
深々とお辞儀。
お辞儀から上げた表情は、とても明るかった。
「じゃあ俺も!」
それに続くようにガイも手を挙げる。
だが。
「ガイは止めといた方がいいんじゃないかな……」
「なんでだよ!」
「俺の戦い方だと、速さを活かすっていうか、技術で相手を寸断するというか。でもガイの場合は……その……」
「考えなし? 力任せ? 筋肉バカ?」
「おい!!」
そこまでは言わないが、近いものがある。
「そこに俺……というより、俺の師匠の剣術を混ぜちゃうと、ちぐはぐになっちゃうと思うんだよね」
「けどよ……」
不満げなガイ。
「ガイは我流で今は完成してると思うんだ。だから、変に横槍を入れないほうがいいと思う」
「我流? じゃあ、じゃあよ。ガイアール流とか名乗ってもいいのか?」
「恥ずかしくなければいいんじゃない?」
「どういう意味だよ!」
エルの指摘に牙を剥くガイだが、当の本人は何処吹く風。
「じゃあ、街に着いたらよろしくね、アルク」
「うん、よろしく」
見つめ合い。
握手する。
ふと横を見ると、俺とエルを交互に眺めるガイ。
何度も交差する。
そして。
「……ははーん」
何やらしたり顔でエルを見つめる。
「…………何よ」
「別に。お前にもようやく来たのかと思ってな。お兄ちゃんは嬉しいぞ」
「誰がお兄ちゃんよ、あんたは弟でしょ!」
「お? 今そんな事言ってもいいのか? 俺のこの堅い口が綻ぶかも知れないぞ?」
「……卑怯者!」
ガイが逃げ。エルが追う。
以前も同じような光景を眺めていたことがある。
いや、以前の立場は逆か。
ガイの脚力ではエルから逃げられず、ひたすら頭を叩かれている。
「それにガイ! あんただってまだでしょ!?」
「俺は良いんだよ。あんまり興味ないし」
今の速度だと、予定通りかそれよりも早くたどり着くことが出来るだろう。
「それに、お前みたいにわかりやすく態度に出さないからなー」
「あんたって人は……!」
それなら、エルに剣術の指南にある程度の時間を割くことも可能だ。
「安心しろ。当の本人には言わないから」
「当たり前でしょ!!」
入団試験は筆記と実技。
エルの問題は実技だ。
ガイの実技は問題ないとしても。
二人とも筆記はどうなんだろうか?
「……あれ? ガイ? エル?」
考え事に耽っていたら、いつの間にかガイとエルが遠くにいた。
慌てて追いかける。
「あれ? どうしたアルク。そんなに息を切らせて」
「疲れた? 休憩する?」
じゃれ合っていた影響なのか、両人疲労の色は皆無だった。
追いつき、並んで歩きながら息を整える。
「二人……筆記は、平気なの?」
「平気。ねえガイ?」
「…………」
何故か空を見上げていた。
「ガイ?」
「騎士は、頭を使うものじゃないんだ」
「いや、使うでしょ……」
「頭を使わないと、試験に通過すら難しくなるよ?」
腕前だけなら、どんな荒くれ者やならず者ですら騎士になれてしまう。
なので、ある程度の一般教養や一般常識でふるいにかけられるのだ。
「じゃあ二人に問題。都市オウスがある、国の名前は?」
「んなもん簡単だよ。なあ?」
「じゃあ答えて? 先手を譲ってあげる」
「…………いやいや、ここは兄である俺が妹に手柄を譲ってやるよ」
「……はあ。オウステル王国よね」
正解。
オウステル王国の城の周囲に村々は転々と存在するが。
街と呼べる程大勢の人が住むのは、オウスのみ。
円のような城壁があり、上半分をオウステル城が占めている。
一番、簡単な問題を出したつもりだったんだけれど……。
「……知ってたよ勿論」
「じゃ、じゃあ次の問題ね。オウステル王国は建国何年?」
「………………」
「ガイ。エルを見ないで。助けを求めないで」
「……百年くらい?」
「残念。五百三十八年」
……これは。
「だ、だから! 騎士は頭じゃなくて体を使うものなんだって!」
「ガイ」
ぽんと。
ガイの両肩に手を添える。
「今から死ぬ気で頑張るか。来年また挑戦するか……選んでいいよ」
「……死ぬ気で頑張る」
「私も手伝うから」
「……ありがとう」
ガイを囲んで慰めるような形になった。
今から試験まで、やることは目白押しになりそうだった。
………………。
それから数日。
ようやく門が見える。
馬車や旅人の列に混ざるように、並ぶ。
そこそこの時間の後、門の下までようやく辿り着いた。
「君たちは?」
「騎士団の入団試験を受けに来ました」
エルが代わりに答えてくれたのを、俺達二人頷いて同意する。
「そうか! 同じ隊になれたらいいな。入っていいよ」
「ありがとうございます」
三人で礼を告げ、頭を軽く下げる。
「未来の後輩たちよ。ようこそ――」
門をくぐる。
村では見ることのない人の人数、そして人の波。
見たこともない活気が、ここにはあった。
「――オウステル王国の首都、オウスへ!」
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