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はじめてのまじゅう


 翌朝のことである。


 空は白み始め、月明かりがなくとも周囲が見えるようになった頃。


 静かな寝息を立てていたエルは、むくりと起き上がった。


「おはようエル」


「おはよう……」


 まだほとんど目が開いていない。


 立ち上がり、水場の元へフラフラと覚束ない足取りで向かう。


 恐らく、顔を洗いに行ったのだろう。


 然程時間も経たずに戻ってきた。


 先程とは違い、目はきちんと開いている。


「おはよう、早いのね」


「まあね」


 寝ていないのだけれど。


 まあ、言及するほどの事でもない。


「どうぞエル」


「ありがとう」


 鞄の中から取り出した干し肉とパンを渡す。


「本当にエルは帰るつもりなの?」


 未だ寝るガイを置いて、俺も同じ朝食を口に運ぶ。


 エルをちらりと見ると、パンを小さくちぎって口に運ぼうとしていたところだった。


「うーん……別に残っても良いんだけど、ガイのお守りは嫌なのよね」


「お守り?」


「今のままだと、ガイの為に街に残る……っていう形にならない?」


「……そうかもね」


 エルに留まる理由はないわけだし。


「ガイのために生きてる、みたいな感じがして嫌なの。ガイの母親じゃないんだから」


「確かに、そうかもね」


「もしかしたら、街に着いた時に何か理由が出来るかもしれないし、そうなったら勿論残ることになるけどね」


「個人的には残ってほしいけどね。会ったばかりとは思えない程に気を置ける相手だと思うし」


「そうね。初めてガイ以外の同年代の人と話してるのに、あまり緊張していないもの」


 そういう相手は貴重だろう。


 とは言え、相手を縛ることなんて出来ないけれど。


「残る理由が、出来るといいね」


「どうなるかしらねー」


 食べ終わる。


 お腹が少し満たされたことにより、睡魔が襲いかかってくる。


 思わずあくびが出た。


「なにアルク。起きたばっかりだっていうのに」


「え?」


「え?」


 見つめ合うこと数秒。


「もしかして…………寝てない?」


 無言で頷く。


「どうして?」


 どうしてと言われても。


「火の番や、獣や魔獣が襲ってこないように見張りを……」


「………………」


 何故かあんぐりと口を開いたまま固まる。


「……エル?」


 と思うと次は俯いた。


 何やら小声で聞こえてくる。


「そうよね、見張りって当たり前よね……どうして気付かなかったんだろう……」


「今までどうしてたの……?」


「…………てた」


「え?」


「二人共、寝てた」


 それは……。


「よく無事だったね……」


 運が良いとしか思えない。


 盗賊や獣、魔獣等が襲ってきても不思議じゃない状況だ。


「……ごめんなさい!!」


 立ち上がったかと思うと、深々と頭を下げた。


 俺は慣れてるから平気なんだけど……。


「でも、話せて良かったよ。流石に二日目の徹夜は辛いから」


「うん、今日の夜は私とガイでやるから! ありがとう、教えてくれて!」


 件のガイを見てみるが。


「ぐがー」


 いびきをかいて眠りこけていた。


「…………」


 無言で立ち上がったエルは、ガイの両手を持ち引きずり始める。


 なんとなく。


 ガイに行われる行為の想像がついた為、火の後始末や荷物をまとめる。


 やがて。


「――ぷあっ!? 何しやがる!!」


 森の中にガイの怒声が響き渡った。






 全員起床して、街道を歩き始めた頃。


 ガイの怒りは未だ収まることを知らなかった。


「まったく、顔だけ池に沈めるとか。死んだらどうする!」


「死ななくて良かったわね」


「お前な!」


「ま、まあまあ……」


「あ、そうだアルク」


 怒っていたと思えば。


「すまん! ありがとう!」


 体ごとこっちへ向いたかと思えば、腰を直角に折り曲げる程の謝罪。


「そうだよな。見張りってなんで気付かなかったんだろうな」


 そしてエルと同じような事を言う。


「エルから聞いたと思うが、今日は俺とエルでやるからな!」


「うん、お願いするよ」


「任せろ」


 胸を叩いてやる気をアピールする。


 こうして見ると。


 二人とも思考回路がよく似ている気がする。


 やはり小さい頃から同じように育ってきたからだろうか?


 まるで姉弟のようだ。


 ここはやはり、しっかり者のエルのほうが姉だろう。


 明るい性格だが、粗忽なガイを嗜める図が、目に浮かぶようだ。


「ちょっとガイ、街道から逸れちゃダメよ」


「わかってるよ」


 うん、やっぱり姉弟みたいだ。


 前を歩く二人を見て、何やら微笑ましい気持ちになる。


――だが、その感情はすぐに一転した。


 俺が気付くと同時に、ガイの足も止まる。


「ガイ?」


「しっ」


 腰に携えた剣の柄に手を添えている。


「見える?」


 俺が尋ねると、ガイは無言で首を振る。


 ……何かが、いる。


 それは獣か、それとも人か。


 少し先の藪が揺れる。


 藪の中から現れるのは、赤黒い体毛。


 鼻息荒く現れたのは、巨大な熊の魔獣。


「エル、下がって」


 エルの肩を数度叩き、後ろに下がらせる。


 代わりに前に出て、ガイの隣に並んだ。


「魔獣になりたてだね」


「分かるのか?」


「うん。普通の熊よりも大きいけれど、魔獣にしては小さい。恐らく魔獣に変貌してまだ日も浅いんだと思う」


 とは言え、凶暴さは野生動物だった時の比ではない。


 歯を剥いて威嚇するが、明らかに食べる事だけが目的ではない鋭利さが伺える。


 前足の爪も、より攻撃的に太く長く伸びている。


 後ろ足は……見えないが、恐らく同様だろう。


「どうする?」


「逃げるのは不可能だろうし……やるしかない」


 俺とガイ、二人共鞘から剣を抜き、構える。


 まっすぐ構え、重心を少し前へ。


 後ろをチラリと覗き見ると、エルは既に矢に弓を番えていた。


 先に動いたのは……魔獣だった。


 空気が振動するほどの唸り声と共に、駆け寄る。


 突進力そのままに振り下ろす右手を、俺とガイは左右に飛んで避ける。


 魔獣の視線に映るのはエル。


 更に唸り、エルに突進しようとするのをガイが止めようとする。


「止まれ……ってのっ!!」


 大きな横薙ぎ。


 巨大な体躯だ、隙だらけの大振りだったとしても容易に当たるだろう。


 そう、当たる。


 だが……魔獣に傷をつけるには至らない。


 魔獣と変貌したことにより、毛と皮は硬さを増した。


 戦闘に特化した体に成り果ててしまったのだ。


 ガイの剣は毛によって弾かれる。


「かってえ……! エル!!」


 エルは顔に向かって二本、三本と速射するが。


 硬い頭蓋は矢を小石か何かのように弾いていく。


 魔獣はエルに肉薄する。


 接触する。


 その前にエルの小脇を抱え、その場を飛び退く。


 太い巨木の枝に飛び乗り、エルを離す。


「大丈夫?」


「え……? あ、うん。平気」


「的は小さいけれど、鼻や目を狙って。あそこなら矢も刺さるかもしれない」


「わかった」


 下を見る。


 魔獣は巨木に取り付き、爪で引っ掻いていた。


 飛び降り、鼻を踏んで距離を取る。


 苦しそうな魔獣の唸り声。


 最早エルに目もくれず、忌々しげに俺を睨みつけた。


 魔獣の側面にいるガイに声をかける。


「ガイは、振らずに刺して欲しい。それなら傷をつけれるかも」


「了解」


 切っ先は魔獣のまま、剣を横に向けて体重を乗せて刺す構え。


 魔獣は俺に駆け寄る。


 右手を振り下ろす。後ろに飛んで避けた。


 次は左手。しゃがんで避ける。


 また右手。魔獣の左手に回り込んで避ける。


 俺に向き直り、立ち上がる。


 元は熊だ。ここから体重を乗せた攻撃を繰り出すつもりなのだろう。


 しかし、それではエルの良い的でしかなかった。


 立ち上がり、止まっていたことで狙うことが容易になる。


 エルの放った一本の矢は、魔獣の左目に食い込む。


 大きな苦悶の声。


 痛みに悶え……エルが乗っている巨木に向かって突進した。


「行かせるか……っ!!」


 ガイは魔獣の左側面に剣を突き刺すが。


 止まらない。


 剣が刺さったまま、エルの巨木へと突進する。


 大きな音を立てて、樹が揺れる。


「きゃっ……!」


 バランスを取れず、エルは枝から落ちる。


 尻餅をつき、すぐに立ち上がろうとするが。


 眼前には立ち上がった魔獣。


「エル!!」


 ガイの緊迫した声。


 俺は慌てて、エルと魔獣の間に入り込む。


 振り下ろそうとした右手に、剣を滑らせた。


 斬れた感触。


 痛みに苦しんでいる魔獣の首目掛けて、剣を振り下ろした。


 毛や皮に阻まれることはなく。


 魔獣の首は体と離れる。


 首と胴体から流れる血液が、この戦いが終わったことを表していた。


「エル? 大丈夫?」


「……え?」


 尻餅をついたまま、呆けている。


 右手を差し出す。


「終わったよ。お疲れ様」


「う、うん。……ありがとう」


 ぼんやりとしながらも右手を差し出してきたので。


 握り、立たせる。


 たたらを踏んだので、背中に手を添えて支えた。


「なんでアルクは斬れたんだ!?」


 そこに、興奮したガイがやってきた。


 魔獣の死体から剣を抜き、血脂を拭って鞘にしまっている。


「師匠から貰ったこの剣のおかげなのかな」


 貰った剣を眺める。


 装飾もない、無骨な見た目だけれど。


 何度も命を救われた剣だ。


「なあ、そんなことよりもさ」


 何やらガイは涎を垂らしかねない表情をしながら。


「こいつって食えんのかな?」


「いやー……やめたほうがいいんじゃないかな」


「なんでだよ?」


「一応、自然の摂理から外れた生き物だし……ひょっとしたら魔獣になったりして」


「そうよガイ。おとぎ話の魔族になっても助けてあげないからね」


「あ、でも皮は高く売れるって聞いたことあるよ」


 魔獣自体が希少な為、硬い革は高値で取引されると聞いた。


「お、マジで?」


 嬉々として短刀を取り出した。


「アルク」


 エルに呼ばれたので、向くと。


「ありがとう」


 満面の笑顔で言われたので。


「どういたしまして」


 俺も笑顔でそう答えた。

読んでくださってありがとうございました。

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