自分のきっかけ
夜。
いくら街道沿いとはいえ、夜の移動は辛いものがある。
というわけで、街道のすぐそばで野営。
この辺で賊が出たなどという話は聞いたことがないし、恐らく安全だろう。
周囲から乾いた小枝などを拾い、火の番をしてくれているガイの元へ。
「後何日くらいかかるんだろうな」
ガイは枝を折り、焚き火へと放り込む。
「後三日ってところかな」
枝をガイの傍らに置きながらそう言った。
周りを見渡す。
「あれ、エルは?」
「水汲みに行った」
「そっか」
街道からも近いし、火の灯りが目印になる。
迷うことはないだろう。
「そういえば」
「ん?」
「二人はどうして騎士団に入ろうと思ったの?」
焚き火の傍の少し大きめな石に腰を下ろす。
ガイは空を見上げながら、呟いた。
「つまらないからかな」
「つまらない?」
釣られて空を見る。
遠い位置に無数の星々に、まばらな雲。
そして月明かり。
視線を下ろす。
樹によって遠方が見えない。
地上は、狭い。
「俺とエルはさ、同じ村の出身なんだ。ここから東にある、名前もない漁村でな。そこでは毎日毎日、魚獲ったり、貝獲ったり、海藻獲ったり。毎日毎日同じ事の繰り返し」
溜息混じりに言うその表情は、心底つまらないという感情を隠そうともしていなかった。
「楽しくない、つまらない。世界が狭く感じた。だから外の世界を見てみたくなって、ちょうど騎士団員を募集してるっていうのを噂で聞いたんだ」
枝を折って、焚き火の中へ。
その顔は、先程とは違い未来を夢見てる輝く瞳だった。
「それに、エルが都市に行くって言ってたからな。こりゃ渡りに船だと話に乗っかったわけだ」
「都市って、オウスだよね?」
「そう。アルクもそこ目指してるんだよな? オウスの騎士団員募集」
うん、と頷いて空を見上げようと首を上向ける。
すると、エルがいつの間にか背後にいた。
「嘘よ、それ」
「う、嘘って……?」
音も無く背後にいた事で、心臓が口から飛び出そうになった。
今も尚早鐘を打つ心臓を押さえ、それだけを口にする。
「私は、ガイが行きたいっていうのに無理やり連れてこられただけよ」
「そうなの?」
「………………」
あらぬ方向に視線を泳がせていた。
「でもまあ、つまらないっていうのは私も同意。変わらない一日がいつまでも続くなんて耐えられないからね。ガイが行きたいっていうのを、断る理由は無かったの」
革製の水筒を一つ、渡してくれる。
ありがとう、と一言礼を言い一口。
喉を潤した後、疑問をぶつけてみた。
「ガイ、なんでエルが行きたいって誤魔化したの?」
「だ、だってよ……」
もごもごと口ごもりながら。
「外を見てみたいだけ、って意気揚々と田舎から出てきた田舎者が、騎士団に受からずにすごすごと帰ったら、格好悪いだろ?」
「だからって、人を出汁に使うのも格好悪いけどね」
「悪かったよ……」
「それに、理由はそれだけじゃないのよ?」
まだあるらしい。
ガイは必死に口止めしようとするが、エルは身軽に躱し続けながら言葉を続ける。
「こいつ、自分の腕に自信があるのよ。村じゃ負け無しっていうのが自慢でね」
「へえ、そりゃすごい」
「凄くないのよ…………それが」
笑いを堪えるようにエルが呟く。
「負け無しなのも当然なのよ……村はもう老人ばっかりだから」
「おい!! そろそろやめろよ!!」
「老人相手に勝って、負け無しだー、って自慢してるのよ…………ふふふっ」
我慢できなかったらしく、最後に笑いが漏れた。
「だ、大丈夫だよガイ……俺も似たようなもんだから……はは」
「笑うなー!」
逃げるエル。
負うガイ。
野営場所を中心にグルグル周り、その姿に思わず笑いが漏れた。
「……それで、アルク? 俺も、似たようなもん、ってのは?」
走り疲れ、息も絶え絶えなガイ。
その隣で、エルも肩で息をしながら草むらに座り込んでいた。
「俺も訓練してくれる人がいなかったから、ある意味負け無しだよ」
「訓練してくれる人が、いない?」
エルの疑問に、頷いた後答える。
「ガイとエルの村と違って、若者はいたんだけれど。戦える人は俺だけだったんだ」
「じゃあ、ガイに負けず劣らず相当な自信家ってことなのかな?」
「いや、俺には師匠がいて……その人が俺の中では最強かな」
「師匠?」
「うん。俺に剣術を教えてくれた人で、村の恩人なんだ」
あの時の事は、今でも鮮明に思い出せる。
それだけ、強烈な記憶。
「今日いた村。イマ村っていうんだけど、五年前に大型の魔獣が襲ってきたんだ」
「魔獣……」
魔獣。
それは野生動物が、寿命を終えた後。
突然変異したものを指す。
寿命を終えた後朽ちずに、そのまま生き長らえ。
凶暴性を増し、体躯の大きさは凶暴性と比例して増大する。
「オウスの騎士団に救援を頼んだんだけれど、人的被害がないから。救援は送れないって断られてね」
にも関わらず、単身で来てくれたのが。
師匠であり恩人でもある騎士様だった。
「魔獣はあまりにも大きすぎた。騎士様は退治してくれたけれど、満身創痍になってしまったんだ」
とても大きな魔獣を一人で倒したのは凄いけれど、代償は大きく。
「一ヶ月くらい、村で静養することになったんだ」
長い金色の髪や、体中に包帯を巻いたあの姿は、今でも思い出せる。
あの痛々しい姿を見て、思ったんだ。
「強くなろうって。あの人に肩を並べるため、村を守るために」
だから師事した。
実力を身につけるために。
簡単ではなかった。
でも目標があった。
「今度は、俺があの人に恩返しするんだ、って」
「だから騎士団に入るの?」
「うん。騎士団に入って、あの時の騎士様の助けになりたいんだ」
「凄いね……」
エルが嘆息する。
「……だな」
「どっかの老人相手に勝ち誇ってた筋肉バカとは大違いね」
「うるせえな。誰が筋肉バカだ」
「私は応援するわよ、アルク」
「おう、俺もだ」
「ありがとう二人とも。一緒に騎士団に入れたらいいね」
「そうね…………まあ、私は騎士団に入るつもりはないんだけれど」
「はあ!?」
ガイが驚く。
なんでガイが驚く?
「聞いてねーぞ!」
「言ってないもん」
「なんで言わないんだよ!」
食って掛かるガイだが、エルは涼しい顔をして答える。
「聞かれてないもん」
「だ、だからってなあ……!」
「だってガイ、あんた自分の事しか考えてなかったじゃない」
「ぐぬぬ……」
黙り込んだ。
自分の事しか考えていなかったのは事実のようだ。
「でもエル。エルの弓の腕はすごかったよね」
今日の晩ごはんが贅沢になったのは、間違いなくエルのおかげだ。
「弓は昔から得意だけれど……騎士団の入団要項に剣か槍の技術が必要って聞いたからね。自信ないのよ」
「じゃあ、オウスに着いたらどうすんだ?」
「数日滞在して、観光して……帰ることになるかな」
「帰んのかよ!?」
「ずっといてもしょうがないでしょ。それともなに? 養ってくれるとでも?」
「そ、それは……」
「でしょ、だから帰るの」
口を挟む余裕はない。
俺に出来ることと言えば、焚き火の火を消さないために焚べ続けるだけだ。
「でもよ」
「あーもううるさい! 村を出たときから決めてたの。今更ごちゃごちゃ言わないで」
すると。
エルは横になったかと思うと、背中を向けた。
「寝る。邪魔しないでね」
突如訪れる沈黙。
ガイはエルの背中を見つめたまま、動かない。
そのまま時間が過ぎていくのかと思ったが……。
その場で徐ろに横になり、
「寝る」
それだけ言った。
…………。
あれ?
俺徹夜かな?
打ち合わせも何もなく。
俺は寝ずの火の番をすることに相成ったのであった。
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