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狂気の片鱗

オリヴィエ様の笑顔の裏にある狂気を垣間見たのは、屋敷にきて間もない時でしょうか。

…ええ、お若いですわ。

当時の私は、オリヴィエ様がいつ死ぬのか恐ろしく、怯える毎日を過ごしておりましたね……。

何時ものようにオリヴィエ様は調べ物をしていました。

長年ハンク家に仕える使用人ではなく、私のような新参者にその内容を話したことが不思議でした。『私の祖先は、貴女の国の神と災厄に抗ったの』と仰っていましたね。

当時の私は、あまり深く考えずにそれを受け止めました。

今思えば、オリヴィエ様は魔女狩りを快く思っていないため、古参の者を遠ざけたかったのでしょう。ええ、分家の方々です。


それからしばらくして、夜中に屋敷内が騒がしくなりました。

慌てて起き上がると、廊下に出る前に悲鳴が上がりました。

声の主は私の母でした。

駆けつけると、私にとって最も恐ろしい光景が広がっていました。

オリヴィエ様が、自らの左腕を滅茶苦茶に刺し、あの方の血が室内に広がっていました。

部屋の中には母の姿がありました。あまりの惨状に、母は腰を抜かして私の体に縋りつき、医者を呼んでと繰り返しています。

部屋の外では父や旦那様の叫ぶような泣き声が響き渡り、他の使用人の慌てる足音がしました。

その時、私はまだ幼かったからでしょうか。

血濡れた淑女が、まるでお伽噺に出てくる吸血鬼のようで美しく見えました。

オリヴィエ様はぽつぽつと独り言を呟いていました。

…このままでは死んでしまう。

私は震える体を動かし、飛び散った肉片を見ないようにしながらオリヴィエ様の腕を止血しようと布をあてがいました。

その時です。


「……あら」

私に気付いたオリヴィエ様は、いつも通りの笑みを浮かべられました。

いつものように。何時ものようにです。

瞳の奥底から漂う狂気を感じ取りました。それが恐怖となって私の全身を走り回ります。

「……な、何をしているんですか?」

辛うじて絞り出した言葉は、自分でも間抜けだと思いました。

しかし、それでも聞かざるを得なかったのです。

「見て分からないかしら? いうことを聞かないからよ?」

何でもないことのようにそう言ってのけたのです。

そして、私の手を無事な腕で掴み、オリヴィエ様は自分の頬へ私の手をあてがいます。

「約束は守ります…黒翼の………」

そう言って、オリヴィエ様は気を失いました。その後、駆けつけた医師により応急処置を施されました。

この時わたくし共は、オリヴィエ様の左手の欠損と右足を引きずる理由が、過剰な自傷行為だと知ったのです。

それからもオリヴィエ様は一層熱心に調べ物をするために自室にこもります。私はそんな彼女の身の周りの世話をしていました。

しかし、使用人たちの間ではオリヴィエ様の奇行は有名でした。

旦那様と分家の方々は、オリヴィエ様がおかしくなったのだと噂します。

私がいくら否定しても信じてはくれません。

私には、オリヴィエ様は自らの狂気と戦っている様に思えたのですが、彼らは正気を失った当主を疎みました。そうして、ある日。


何も告げずに失踪しました。

…この辺りはあなた達もご存知でしょうか。

オリヴィエ様は魔国ゼフェスゾームへ向かい、子を身ごもって帰還しました。

旦那様とご子息は怒り狂いました。

しかし、オリヴィエ様は毅然としたものです。

復讐のつもりかと旦那様が呟きます。しかし、彼女は首を横に振りました。

「私はもう疲れたの。それに、これ以上貴方たちを苦しめたくない。だから、全てを終わらせることにしたわ。これは、そのための手段よ」

「馬鹿を言うな!」

「……いいえ。本当よ」

「イカレ女が!」

旦那様が激昂してオリヴィエ様を殴ります。

しかし、彼女はそんな旦那様に言ったのです。

「ねえ、貴方。私はこの子を愛しているの」

「……あぁ!?」

「この子はきっとこの世界を変える。そのために、私はこの子を守りたい」

「……ふざけんな! この化け物が!!」

再び旦那様はオリヴィエ様を蹴り飛ばすーーはずでした。

ゴキッ、と。

鈍い音が響き、旦那様は両足をあらぬ方向へ曲げて倒れ伏しました。何が起こったのか理解できなかったでしょう。

彼女が何時の間にか構えていた剣が、旦那様の両膝を破壊したこと。

痛みに絶叫する旦那様を無視して、オリヴィエ様は私の両親の元へ歩み寄りました。

……いいえ、両親がその身で隠す私へと語りかけます。

「理想通りの子が生まれるの」

「白銀の髪、新緑の瞳の女の子が生まれるわ」

「とても賢くて優しい子になるわ」

「私と、あの人の間に生まれる子なんだもの」

「ああ、なんて楽しみなんでしょう」

この時のオリヴィエ様は狂気に支配されていましたね。


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