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三題噺もどき2

夕暮れの母

作者: 狐彪

三題噺もどき―にひゃくじゅうよん。

 


 陽が落ちるのが早くなった。

 下校時間は幾分か早くなってはいるものの、帰るころには暗くなりつつある。

 一応部活もしているものだから、尚更だ。

「じゃぁな~」

 部活仲間と別れ、住宅街を歩く。

 教科書類が入った背負い鞄に、ジャージなどの部活道具が入ったバック。もう、この重さには慣れたものの、重いものは重い。

 肩にずしりとかかる重さは、やけに痛く残る。

「……」

 学生の間歩いたこの道も、もう歩くことはなくなるのかと、なんとなく感傷に浸ってみる。

 ―1人きりというのは、思考が独りよがりになってしまって、あまり良くないなぁ。とはいえ、一緒に帰る人とは大抵途中で別れるし、家の前まで共に歩いてくれる人なんていない。

 いたとしても、それは、母ぐらいなものだろう。

「……」

 今よりかなり前―とはいえ10年ほどだ―にはなるが。

 入学したての頃は、よく母と歩いたものだ。

 朝は学校までの道を、夕方になれば学校から家までの道を。

 2人。

 ―手を繋いだりもしたのだろうか。記憶が朧もいいところだ。が、仲は悪くなかったはずだ。

「……」

 なんだか、たかが数年前のことで記憶が朧げだと言うと、記憶力を疑われそうだ。

「……」

 しかしまぁ、これにも事情があって。

 そうなるのも、無理はないと、言ってほしい。

「……」

 過去の記憶と―その中にある母の映像が今とうまく繋がらないのだ。朧げな記憶にある母は虚構で、今確かにこの目で見ているほうが確かな本物だと思ってしまうのも。

 ―心の奥では、今が偽物だと信じて疑わないにしても。

「……」

 あぁ、あれこれと考えているうちに、家についてしまった。

 今日もあの人は居るのだろうか。専業主婦ではあるから、いないなんてことは今までなかったが。

 居ないのはそれはそれで怖いが、いる方がなおさら怖い。

「……」

 何をしてくるわけでもない、あの人は。

 ただいるだけで、怖い。


 ガチャ―


 しかし、玄関前でモダモダとしているのもよくないので、さっさと鍵をあけ、扉をこちら側に引く。

 重い扉は音をあげ、ゆっくりと開く。

「……」

 家の中は真っ暗だ。

 この時間だというのに、電気はついていない。いつものことだ。逆についてる方が怖い。

 靴を脱ぎ、綺麗に並べて。上がり框に足をかけ、立ち上がり―


「おかえりなさい」


「――っただいま、」


 図ったようなタイミングで、家の奥から声がする。

 居るのは分かっていたが、こうもタイミグよく声を掛けられると体が変に強張ってしまう。こういう所も怖い。

「……」

「学校はどうだった?」

 そのまま、暗闇の中から声だけがする。

 聞こえる方向的には、寝室あたりだろうか。―我が家は平屋だから、全ての部屋が同じ高さにある。たとえ寝室でなくとも、どこにいようとも、同じような方向から聞こえる。まぁ、あの人はこの時間はいつも寝室にいるから分かってはいるが。

「特に、なにも」

「そう、プリントとかもらった?」

「いや、今日はなかったよ」

「そう…」

 適当に返事を返しながら、リビングへと向かおうと足の向きを変える。

 できる限り、会話はしたくない。何が琴線に触れるかわかったものじゃないから。―母とは言え、あの人は怖い。

「――」

 と、まぁいつも通りだろう。と、怖いと思いながらもどこか気を抜いていたのが悪かった。あの人は今日は寝室にはいなかったようだ。自分の勘ほど信用ならないものはないなと、痛感した。

「――」

 向かった先のリビングに、一台の机がある。

 毎朝、2人で机に並んで朝食を食べるところだ。

「――」

 そこに、1つの忘れ物がある。

 それは、母の気に入りの赤い鞄。

 まだ仲が良かった頃に父が買ってくれたらしい。

 色々とあって、離婚に至った今でも大事にしている。

 ―それはそれはもう、大層大切にしている。

「おかえりなさい」

 電気もついていない。

 カーテンも閉め切られている。

 テレビなんてもちろんついていない。

 真っ暗なリビングの中に。

「――」

 真っ赤な口紅をひいた、あの人の唇が。

 三日月のように吊り上がり、にこりと笑う。

「どうかしたの?」

 そういいながら、あの人は何かを探しているようだ。

 きっと同じお気に入りの赤いポーチの中でも探っているのだろう。

 これも一緒に買ってもらったらしい。

「――なんでも、ない」

 なんとか言葉を絞り出し、リビングから出ていこうと、後退する。

 スリ足で下がり、ゆっくりと後ろへ。

「どこにいくの?」

「―――っ」

 どうやら今日は一段と冴えているらしい。

 いつもは気にもしないくせに。

 朝にならないとこの人は帰らない。

 母は帰ってこない。

「部屋に荷物おきにいくだけだよ」

「そう。今日はお母さん出かけるから留守番よろしくね」

「―――わかった」

 今日はどこに行くのだろう。

 母の皮を被ったこの人は、どこに行くというのだろう。

 母の皮を被った母は、いつ帰ってくるのだろう。



 お題:ポーチ・赤い鞄・口紅

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