悪役令嬢と生き残る方法
「へ、へびー!!!」
思わず大きな声を上げてしまい、洞窟内にその声が響いた。
先程苦手だと言ったはずのそれが目の前に、そして自分の身長と同じくらいの大きさで存在している。
圧倒的な恐怖で体が動かない。
隣を見るとクロエ様も同じようで固まってしまっている。
魔獣は舌をペロペロとさせ、こちらの様子を窺っているようだった。
このまま動けなくなっていては2人ともやられてしまう。
恐怖心を押さえつけ、クロエ様の前に立つ。
「クロエ様。ここはなんとかします。来た道を戻ってください。」
本当はとても怖い。でもクロエ様がいても守れる気がしない。
せめてクロエ様だけでも遠くにいて時間稼ぎになれば。
「リサ…」
「大丈夫です。なんとかします。クロエ様早く!」
「リサを置いていけないわ!あなたを無駄死にさせない!」
クロエ様は私が盾になって死んでいくと誤解している。違う。殺さないで。
「ちが…!」
「あなたを置いて行ったりしないわ!」
すごくかっこいいんですけど今その感じは違いますよ!!
「じゃ、じゃあ私が蛇を引きつけるのでその隙にクロエ様は先に進んで助けを呼んできてください!」
最大限の譲歩。これでもできるかギリギリのラインだと思う。
「…わかったわ。」
交渉成立。
そうとわかったらまずは私だけに注目を浴びさせないと。
蛇の目はそれほど機能しておらず、赤外線センサーのようなもので相手の体温を感じ獲物を捕らえると聞いたことがある。
まずは風でクロエ様を巻いて体温を感知させないようにしないと。
腕を上げ優しい風を胸に浮かべ、クロエ様の方に放つ。
予定通りクロエ様に風が付き纏った。
「リサ、これは?」
「今のうちです!走って!」
私の声に後押しされ、クロエ様が訳もわからず前に走り始める。
しかし風だけでは隠しきれなかったのか、一瞬蛇がクロエ様の方を向いた。
「ダメ!」
もう一度風を放ち、今度は蛇の顔を風の力で殴りつける。
蛇の体が一瞬バランスを崩したようになったけれども、すぐに体勢は戻った。
蛇がよろけているうちに、クロエ様が無事蛇をすり抜け遠くまで行くのを見届ける。
クロエ様がいなくなったことにより、灯りがなくなり薄暗い洞窟に戻った。
「めちゃくちゃ怖い。世の中のヒロインは凄すぎる。なんでこんな戦闘を普通に出来るのよ。」
手の震えや足の震えが止まらない。
蛇が嫌いということを抜きにしても魔獣は怖すぎる。
でも怖がっていて動かなければただの死が待っている。
勇気を出さないと。頑張らないと。
息を整えてもう一度手をかざす。
なるべく鋭い風を思い浮かべて放つ。
すると風は蛇の首の皮を切った。しかし出血はしているがどう見ても致命傷ではない。
「カカシと違う…」
絶望が近づいてくる。
でも諦められない。
もう一度手をかざして風を出そうとした瞬間、蛇が大きな口を開けてすごい速度で近づいてきた。
噛みつかれると思った瞬間、パチンッと何かが弾けるような音が鳴り何かに阻まれた蛇はたじろいだ。
そして私の指にはまっていた指輪がライリー様の髪の毛に戻り、はらはらと指からこぼれ落ちて行った。
『相談してね。あとこれお守り。持ってて欲しいな。』
ライリー様の言葉を思い出す。
本当にお守りだったんだ。呪いの指輪とか言ってごめんなさい。
ライリー様に守ってもらった一回を無駄にはできない。
倒せなくても、助けが来る前までは頑張らないと。
今死んでしまってはクロエ様もライリー様もヴィハン様も後悔させてしまう。
私はもう一度気合を入れ直し、風を心に描いた。
-----
これで何度目の魔法だろうか。
蛇も傷だらけだけれど、私の疲労感もすごい。息も整わない位に限界が来ている。
しかしここで諦めた方が死んでしまう気がする。
「はぁ…はぁ…早く…助け来ないかな…」
走って行ったクロエ様は無事に辿り着けたのかしら。
もしかしたら蛇は一匹じゃなくてもう1匹いてやられたりはしていないかしら。
だんだんクロエ様が心配になってきた。
…なんかこの感じ、このまま負けて死んでしまいそう。
ゲームでは魔力さえ上げていれば簡単なイベントだったのに現実は違った。もう少し上げないといけなかったのかな。
ヒロインってすごいなぁ。私はヒロインになりきれなかったなぁ。
少しずつ意識が遠のく。
ダメだと思っても意識を保てない。
薄れる意識の中で蛇が近づいてくるのがわかった。
もうダメかな。
膝から崩れてしまう。
最後に抗おうと手を上げると目の前で蛇の頭が落ちた。
「え?」
そして私を呼ぶ声がする。
「リサ!!!!!」
誰かが駆け寄って私を抱きしめる。
「リサ!リサ!」
暗闇でよく見えない。
いや、暗闇で見えないんじゃなくて私の意識がもう殆どないからかな。
「リサ!もう大丈夫だ!」
大丈夫なのね。よかった。クロエ様も助かったのかな。
そして私は意識を失った。
意識を失った私を暗闇の中でヴィハン様が抱きしめ続けた。