嫌悪
三題噺もどき―ひゃくろくじゅうろく。
お題:忘れられない・無表情・浮かぶ
毎日毎日、最高気温が更新される。
そんな異常な夏の日に。
―曽祖父が亡くなった。
突然だった。
いや、突然ではなかったのかもしれない。ほんの数週間ほど前から、危ないかもしれないとは言われていた。
それでもやはり、唐突だ。そう、思った。
「……」
平日だった。母の携帯が鳴った。
日中に連絡が来ていたらしいが、もちろん仕事中。出られる訳もなく。かけ直す間もなく。結果、母がその訃報を耳にしたのは、夕方―と言うよりはもうほとんど夜になりかけていた時だった。
曽祖父は、母にとっては祖父だ。私より、そのショックは大きかっただろう。
それで仕事に支障が出るような人ではないが、日中に聞かなかったのは不幸中の幸いとみるべきか。
「……」
そこから私たちは、急いで母方の実家に帰る準備をした。
そして今日、朝一で、家を出た。そこから飛行機で3時間ほどかけて、向かった。
「……」
そして、飛行場に着いたその足で、葬式の会場に向かう。
真っ黒なスーツを着て、真っ黒なシャツを着て。どこまでも、黒く。暗く。
「……」
着いた先では、すでに数十名の親戚が走り回っていた。腰の悪い爺婆をここにどう連れてくるかとか、これは誰が読むのだとか、式の流れはこれでいいのかとか、香典がどうとかこうとか。まるで、葬式をする雰囲気でもなかった。まぁ、今だけだろう。それだけ急に執り行って、切羽詰まっているのだろう。
それか、そうでもしていないと、崩れてしまうのだろう。
「……」
それから1時間ほどして。
葬式は、静かに始まる。
司会者が、その始まりを告げる。
しん―とした空気がその場を支配する。
「……」
淡々と、一定のリズムを叩き続ける僧侶。
独特の抑揚でつらつらとこぼれる祭詞。
ぞろぞろと並び、同様の行動をとる親族その他もろもろ。
鼻をすすり、涙をながす音が響く。
「……」
私は、その光景に、ただひたすらに吐き気と嫌悪を覚える。
独特な線香の匂いが嫌いで。この場の空気が嫌いで。重苦しくて息が出来なくなる。
「……」
悲しいはずの葬式なのに。涙も何も流れない。
こぼれる感情は、ただの嫌悪。
―何とかして泣かなくてはと急かされる。
あの故人との忘れられない思い出を。何か一つでもいいから、思い浮かべて、涙の一つでも流すべきだと。
ぐるぐるぐるぐる。回り続ける。
「……」
それでも私は、あの故人との思い出は、何一つ浮かばなかった。
「……」
私はひたすらに、頭痛と吐き気と嫌悪感に苛まれただけだった。
「……」
それからほどなくして。
ほとんどの行程が終わったあと。
では、と、司会が口を開く。
最後に皆様、
「……?」
故人に、花を。
そう言って、どこからか盆に乗せられたたくさんの花が回ってきた。それを一輪。手にとり、故人の眠る棺桶へと向かう。
「……」
嫌だった。
見たくもないのに。
「……」
それでも断る訳には行かないのだ。曾孫という立場にあるから。
「……」
恐る恐る、手を伸ばし、棺桶の中に花を添える。
顔が見えないよう。極力故人の足元の方に花を添えた。―顔を見るのは、なんだか嫌だった。
「……」
これでいいだろう―と思ったのに、まだ終わりではなかった。
もう一度、司会が口を開く。
―棺桶を閉じますので。
―その前に、故人のお顔を見てあげてください。と。
「……」
やめてくれ。
私は見たくない。やめてほしい。
だから、その一心で、人々が群がるその棺桶から離れたところに立っていた。気づかれないよう。息も止めて。
「――、」
それでも、無駄な抵抗に終わった。
叔母に呼ばれたのだ。
―最後だから、おいで、と。泣きながら。
幼い頃、この叔母に怒鳴られて以来この人が怖いのだ。この叔母のことが。だから、断ることなんて、出来やしなかった。そんなことはタブーである。トラウマだもの。
「――、」
促されるままに。
覗き込む。
顔の部分だけが開かれたそれを。
「――っ、」
蝋か何かで固められているのか、その肌はどこか硬そうに見えた。
笑顔のようでいて、人形のような無表情さに。寒気が走った。
「――、」
一瞬。
それだけで、十分だった。
目を背けるには。
「……」
―それでは、と。
ぱたりと、その蓋を閉じる。
ようやくこれで終わったと。 ほっと息をつく。
「……」
最後に、故人の入った棺桶を運び、霊柩車に載せるのだが。運ぶの自体は、男手がするから、もう、私は関係ない。―と、安心しきっていた。
―親族の皆様は後ろにお並びください。
その声を聞くまでは。
「――、」
いい、いい。
私は、その故人とは、何も無い。
何も無いのに。
私は、その列に並ばなくては―いけない。
「――、」
静かな空気が流れる。
私は最後尾に並ぶ。
その時に覚えたのは、一種の恐怖と、疎外感。
感動も涙もない私には、ここにいることが恥ずかしかった。
だって、ここに居ては、他の親族と比べられてしまう。
私が、なんとも思ってない事がバレてしまう。他の、親族以外のその他もろもろの人達に。
「……」
ただひたすらに、早く終わってくれとだけ。
願っていた。