ルーゼット視点 4
どうして僕はこんな所にいるのだろう……?
城の奥にある王族専用区画の一室、王妃様のサロンに母と妹と一緒に僕はいる。
白を基調にした家具を揃えた品の良い室内には、王妃とレオンの姿もある。
リリの存在がバレた次の日、王妃から母にお茶会の招待状が届いた。
リリの体調も落ちついたのなら一度会わせてほしいと。
王妃には王族専用のエリート医師を多数派遣してもらっていて、リリが現在無事に成長したのも王妃のお蔭といっても過言ではない。
僕達に断るすべはなく、何故か僕まで同行する羽目になった。
だって確実にレオンもいるだろうと予想を付けた父上に、泣きながらお願い……もとい命令されたからだ。
リリの体調を慮って一週間後の今日、お茶会が決行された。リリの医者は今でも王室の医師なので、王妃に嘘は通じない。
城に着くとレオン自ら馬車乗り場まで迎えに来てくれた。本当は公爵家に直接迎えに来たかったようだが、それは僕が丁寧にお断りさせていただきました。
「よく来たね」
満面の笑みで、馬車から降りる母とリリに手を差し出すレオン。
淑女が馬車を降りるのを手伝うのも紳士の務め……レオン様、リリもう降りてますが……もう地面にしっかり足を付けておりますよ。
なかなか手を離さないレオンに焦れが生じようとした時、パッとリリの手を僕に回した。
リリのエスコートを僕に委ねたのだろう。
そうして自分は母に手を差し出し「エスコートをお許し願えますか?」と言って、流れる仕草で歩き出した。う~ん、流石、完全無欠の王子様。
自身がリリをエスコートして人目のつく城の廊下を歩くのは、躊躇われたのだろう。
城の中には真ん中に大きな庭園があり、リリは興味深そうに目をキラキラさせて眺めている。
僕とリリの前では、レオンが母上と和やかに会話している。
今日はとても穏やかな陽気で、一瞬呆けてしまった僕は違和感に気づく。
あれ? 城なのに人がいない?
僕らの周りには護衛の騎士数名と侍女がいるが、それは元より僕達に付き従って来ていた者で、普通に働いている侍女や騎士、何より貴族が一人もいない。
基本、侍女は働く姿を貴族に見せないようにするが、それにしたって働いている貴族や騎士はいるはずだ。城を闊歩するのにこの場所を通らないなんて事、あるだろうか?
分からなければ聞けばいい。僕はレオンに訊ねてみた。
「ああ、出来るだけ人目が少ない場所を通っているし、騎士を配置して人が来ないよう、今だけ封鎖している」
「え?」
「リリは外に出た事ないんだろう。ならば人目は気になるはずだ。無理して城に招いたのだから、それぐらいの配慮はするさ。 ……俺でさえ先日会ったばかりなのに、他の貴族に簡単に見せてたまるか……」
……最後、小声でリリ達には聞かれてないとはいえ、本音駄々洩れです。
「リリ、疲れたり何か気になる事があれば遠慮なく私に言って欲しい。リリがリラックスして、お茶会を楽しんでくれるようにしたいからね」
そう言って母をエスコートしながら、顔だけは僕の隣のリリをじっと見つめる。
それだけでもう、リラックス出来ませんよね。
王妃のサロンに付き、扉を守る騎士が僕達の訪問を伝えた途端……
バタン! ドン!!
中から扉が急に開き、黒い塊が母上に激突した。
僕とリリは固まっていたが、母は予想していたのか塊を受け止めていた。
え? あの、華奢な母が?
レオンはさり気なくリリの隣に来て、守るように肩を抱いていた。
「会いたかったわ。私のマリア、マリア、マリア」
「フフフ、バネッサったら相変わらずね。私も会いたかったわ。でも少し落ち着きましょうか。皆驚いているわ」
「驚かせておけばいいのよ。私は本当にマリアに会いたかったんだから。それをあの腹黒宰相が私からマリアを隠して……ああ、マリア、マリア、私は貴方に会えるのをどんなに心待ちにしていた事か……」
「はいはい、分かったからとりあえず部屋に入れてね」
黒の塊は黒のドレスを着た王妃様だったのか……。
母は慣れたように自分に抱きつく王妃様を引きずって、中に入っていった。
……あの華奢な母が……。
その後ろを僕からリリのエスコートを奪ったレオンが、護衛の騎士達に目配せし入っていく。僕も慌てて後に続く。
怜悧な美貌に何事にも動じないあの完璧な王妃様が、母とリリの顔を見て破顔している。
丸いテーブルに王妃を中心にして、左に母上、僕、リリ、レオンと座る。
ソファだと距離を感じるから嫌だと。わざと丸いテーブルを用意したらしい。そのような事を嬉々として王妃自ら暴露している。こういうキャラの方だったんだ……。
「フフフ、貴方がリリちゃんね。やっと会えたわ。本当にマリアにそっくりね。超絶好み。食べちゃいたい♡」
「恐れながら、王妃様のお言葉を遮る無礼をお許し下さい」
少し落ち着いた王妃が口を開くと、リリはそう言って席を立った。
「改めまして。初めてお目にかかります。ユーリック公爵の娘、リリアナ・フェル・ユーリックと申します。王妃様には常よりお礼を申し上げたいと思っておりました。幼き頃より弱い私の体をお気付かい下さりまして、特別な医師を派遣して下さったり、お見舞いの品を頂きましたりと心を砕いて下さり、深く感謝しております。十年もの歳月を一度もお目に触れずに、ご好意だけを頂いておりました無礼をお詫び申し上げます。この度はこのような席を設けて頂き、また多大なるご配慮を頂きました事、感謝の念につきません。誠にありがとうございました」
そう言って見事な淑女の礼をとる。
余りの美しさに、その場にいた者は全員見惚れる。
え? リリって本当に十歳? 見事としか言いようのないリリの姿に、兄である僕までリリの年齢を疑ってしまった。てか、やっぱりリリにも前世の記憶があるのかもしれない。
昔から考えていた疑惑が僕の脳裏をよぎる。と、しまった!
ハッとして周りを見回すと。王妃様の邪悪な笑顔が目に入った。
あ、駄目だ、これ。リリ、ロックオンされた。