バネッサ視点 1
「今日も一日ご苦労様」
国王様手ずからワインを注いでくれる。
私はこの時間が一番好きだ。
王族というのは、常に公務がつきまとう。余程の事がない限り公務の終わったこの時間は、夫の国王にとっても私、王妃にとっても心落ち着くひと時なのだ。
王の私室でゆっくりしていると、扉をノックする音がした。
警護の騎士が我が息子、第一王子レオドランの訪問を伝える。
王が許可すると、優雅な身のこなしで入ってきた。
レオンが一礼する。
全ての動きに全く無駄がないレオンは、親の私達から見ても美しいと思える貴公子だ。
そのお陰で色々と苦労もしているようだが……。
「どうした、レオン? こんな夜更けに珍しいな」
「先触れもなく、突然の訪問をお許し下さい」
親に会いに来るのに先触れなどいるのだろうか? こういう所は頭が固い。
「父上、母上、お願いがあります」
珍しい……何でもそつなくこなしてしまうレオンは、基本自分で解決してしまう為、私達に頼みごとをする事がない。
幼き時の忌まわしい事件も、隣国の怪しい動きにも素知らぬ顔で解決してしまう。
そんなレオンが親としての私達にお願いとは……少しワクワクしてしまう。
「ユーリック公爵の娘、リリアナ・フェル・ユーリック嬢に婚約を申し込みました」
「でかした!!」
私は親指を立てて、息子にそれは良い笑顔を向けた
なのに、なんだ、その顔は?
主人も息子も口元をヒクヒクと引き攣らせている。
私はそれを無視して、ウキウキと今後の計画を口にする。
「婚約式はいつにしましょうか。確か二週間後に少しまとまった空き日があるわ。早いに越した事はないから、その日にしましょう。宴の用意は私がするわ。王は明日から三日程忙しいでしょうから。レオンはリリと愛をはぐくんでおいて。結婚式は早くても半年後にはなりそうね。まぁ、出来るだけ早くおこなえるように私頑張るから。それとね~」
「母上!」
気分よく頭を急回転させている私に、レオンが叫ぶ。
何よ、ちゃんと計画立てないと、結婚が遅くなっちゃうわよ。
はあ~と一呼吸(溜息?)したレオンが、私達に向き直る。
「申し訳ありませんが、断られました」
「チッ、ふがいないわね」
「……………………」
私のあけすけな態度に、主人と息子が固まる。
「……今日初めてお会いして、すぐに申し込んでしまったので、あちらも驚いたのでしょう。少し時間を置いて改めてお話しする予定です。因みに彼女はまだ十歳です。成人までまだ四年あります。半年後の結婚は無理かと」
「何言ってるの? あんな可愛い子、婚約だけじゃすぐに横から攫われちゃうわよ。早く結婚して子供を産んでもらわなくちゃ」
「既成事実は作れても、子供を産むのは無理かと」
「既成事実も無理だから!」
それまで傍観していた主人が、私と息子の会話にゼイゼイと息を切らせて入って来た。
「こんな話してるのバレて見ろ。私がシリウス(リリの父)に殺される。お前らじゃなくて私が殺される」
何やらブルブル震えながら、ブツブツ言い始めた。
「……やはりお二人は、リリの存在をご存知だったのですね」
ジト目でこちらを見るレオン。
「当り前じゃない。マリアは私の幼馴染の大親友よ。天使よ。女神よ。彼女の行動はユーリック公爵にも気づかせない影に、逐一報告させているわ」
「シリウス、気付いてるけど……」
ふんっと胸をそる私に、国王がぼそりと言う。
くそう、ユーリック公爵め。王族の影に気づくなんて……。
「何故、教えて下さらなかったのですか?」
まだ、ジト目のままのレオンが先を促すように私達の会話に口を挟む。
「あら、ちゃんと言ったわよ。今は婚約する気ないって、貴方断ったじゃない。まぁ、ユーリック家からも断られていたから、無理強いは出来なかったんだけど」
「……え?……」
あら、呆けた息子がちょっと可愛い。
「貴方が十歳の頃、リリの峠も超えたし王家から使わせた医師達からも、回復の傾向がみられるって聞いたから、貴方にも聞いたのよ。その時はまだ婚約なんてしないって言うから様子を見ようと思って。幸か不幸かリリの体調に慮ってユーリック家では、リリの存在を表ざたにはしていなかったし、他の男の目から隠せているのなら、ユーリック家が折れるまで婚約の打診を続ければいいかと思ったの。まぁ、貴方がどうしても嫌だと言うのなら、モリー(第二王子)もマック(第三王子)もいるから……」
「リリは俺のです」
あら、目が据わってる。
いいわね。やる気十分で。流石、私の息子♡
「……お前ら、肝心のリリの気持ちやユーリック家の意志も尊重してだね……」
「あら」
私は主人の言葉に驚いて、捲し立てる。
「リリの事はちゃんと考えているわ。私の娘だもの。だからすぐに王家の名医を多数派遣したし、その後も数人常備させていたわ。今だってまだ、一人残して毎日報告させているんだから。リリの事は全て把握済みよ。ユーリック公爵はマリアによく似た娘を私に渡したくないだけだし、マリアは病弱な娘が王家に嫁ぐ事を心配しているだけ。公務なんて貴方や私。レオンが全てこなせば問題ないのだし、モリーやマック、ミリー(第一王女)も直に出来るようになるから、何の心配もいらないのよ。リリは私の傍で笑ってくれてたらそれでいいのよ。はあ~、早く一緒にお茶したいわ。私それだけで一日中働けちゃう」
「同感です」
「ごめん、リリ。なんの力にもなれなくて……」
息子と二人でリリとの将来を妄想……想像していると、夫は遠い目をして何かに謝っている。疲れが溜まっているのかしら?
「今のお話を聞いて確信いたしました。やはりリリは生まれながらにして、王妃となる女性です。成人前とはいえ、リリの光り輝く愛らしさは、例えユーリック家でその存在を隠蔽していても、隠し切れなくなってきています。一日でも早く私との婚約を承諾してもらって、王家で囲いましょう。外の根回しは母上にお願いしてもよろしいでしょうか。私はリリやユーリック家を落とし、若い貴族達をまとめておきます」
「任されたあ~!」
私と息子は、それはそれはいい笑顔で頷きあった。
遠い目をした夫が「私は?」と言っていたのは気にしない。