レオドラン視点 1
俺の親友、ルーゼットことルーは、よく自分の家族を天使だという。
確かにユーリック公爵はなかなかの美貌の持ち主で、奥方も清楚系美人だ。
俺の母親、王妃もかなりの美人だが、こちらは迫力美人というのか、とにかくすごみがある。
リーファル国三大美人に、この二人はあげられているほどだ。
そしてルーはもちろんのこと、弟リクルも確かに可愛い。
リクルなど、まだ五歳なのだから天使と例えるのも納得できる。
だがしかし「早く帰ってこのやさぐれた心を天使達に癒されたい」などの独り言を、生徒会室で書類の束を見ながら呟くルーを見るたびに(達)複数形のこの言葉に ? が浮かぶ。両親をも天使と言うルーの感覚が良く分からなかった。でも今、目の前に居るのは……。
腰まであるストレートの銀髪に長いまつ毛の大きな翡翠の瞳。白い肌に薔薇色の頬と小さな唇はルーを見て嬉しそうに弧を描く。
「お兄様♡」
今にも走ってきそうな少女は、腰にくっついたままの大きな腕をペチペチと叩く。
「先生、お兄様が帰っていらしたのよ。今日の授業はここまでですね」
少女の腰にくっついていた男は、我に返ったかのように慌てて体を離す。
そうして引き攣った笑みをしながら、声を絞り出す。
「ル・ルーゼット様、お帰りなさい。リリアナ様とリクル様の誕生日プレゼントの花を探していたのですよ。花冠と腰に飾る花輪を作成したいとのご要望でね。どれぐらいの長さがいるか、ちょっとリリアナ様のお腰を借りて調べていたところです」
うん、良くしゃべるな、こいつ。この説明口調、やましいのがバレバレじゃないか。
バキッ!
ルーは、再び柵を壊した。
「せ・先生、リリの言う通り授業はもう終わりですよね。リリの花冠造りは僕が手伝いますので、もうお帰りになられて大丈夫ですよ」
流石、高位貴族。完璧な笑顔だ。言葉は少しかんだけれどね。聞かなかった事にしよう。
「そ・そうですね。それではお言葉に甘えさせていただきましょうか。ハハ、リリアナ様また週明に。誕生日会、楽しんで下さいね」
「はい、先生。ありがとうございました」
バキバキッ!
四・五……この柵、全部変えた方がよさそうだな。
そうしてそそくさと帰る男の姿が消えるのを確認してから、振り返った少女の肩を掴み、自分に引き寄せたルーが深呼吸して確認する。
「リリ、今のは本当に長さを測っていただけなのかい?」
「知らない」
「え?」
「だってお話ししている途中で急にくっついてきたんだもの」
「あ・の・や・ろ・う」
プルプルと少女を掴む手が震える。
「っつ」
「! ルー、離せ。痛がっている」
俺は咄嗟にルーから少女を引き離した。無意識に力が入っていたようだ。
「あ、ごめん」
「ううん、大丈夫よ」
慌てて謝るルーに、俺の腕の中にいる少女がニコリと笑う。
そうして至近距離で見た少女は、本当に天使だった。
こんな人間がいるなんて……。
こんな透き通るような白い肌、見た事がない。銀の髪と相まって、今にも消えてしまいそうな儚さ。華奢な体は力を入れれば折れそうで、なのに女性の膨らみはきっちりあって……何だろう、この香り……他の女達の香油やら香水やらのベッタリとした甘さとは違う、彼女独自の甘い匂い。
ああ、陽の香りも少しする。庭園に長い事いたのかな? 落ち着く……なんだかやけに落ち着くな……。
「お兄様のお友達?」
ハッと可憐な声で目が覚めた。少女は俺の腕からするりと抜ける。
「初めてお目にかかります。ルーゼット・フェル・ユーリックの妹リリアナ・フェル・ユーリックと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って完璧な淑女の礼をした。
最初に動いたのはトーマスだった。
「何、この可愛い子。マジ天使、天使なの? ていうかルー、妹って何だよ。十年間ユーリック家にも通っていたのに、初めて会うんだけど。てかマジで可愛い、可愛すぎる」
興奮状態、そりゃあなるよな。こんな天使間近で見たら。
「グロッセル・ラナ・イーグルです。初めまして、可愛いお嬢さん」
ベシッ!
少女の手にキスをしようとしたセルをルーが叩く。
何をやっているんだ、お前。いつも身に着けている黒マント、何さり気なく取ってるんだよ。素顔見せて話すの、苦手なんじゃなかったのか?
「はい、はい、はい。僕はトーマス・ケリーヌ。ルーとは十年以上の友達なんだ」
「それを言うなら俺達全員だろ。俺はマルロス・クレイバー。弟のリクルも騎士を目指しているのか。良かったら三人で夢に向かって語りあかさないか」
スパパーン!
うん、ルーがいい感じで二人を叩き倒した。よくやったとルーを見ようと顔を向けると、唖然とした少女の顔が目に入った。
まずい、怖がられる。慌てて声を掛けようとすると「アハハ」と軽やかな声がした。鈴を転がしたような声というのは、こういう声の事をいうのか。
天使は満面の笑顔で、目じりに涙を溜めていた。
「お兄様のこんなお姿、初めて見ましたわ。いつも穏やかな優しいお兄様も好きですけれど、こんな可愛いお兄様も大好きです」
ああ、その言葉を俺にくれ。俺に向けてくれたら俺は何だって君に上げる。地位も名誉も国さえも惜しくない。私の為に国を取ってきて。なんて言われたら一週間で小国ぐらい取ってこれる自信がある。
はっ、暴走し過ぎた……。
「リリ、花冠作るの手伝うからもう少し待っててね」
ルーは腕の中に少女を囲い込んで、言った。
「貴方方はどうしてここに居るのですか?」
見事な棒読み。今更だなぁ。
シュポポポポポポ~ン!
シャンパンやらワインやらを勢いよく空けていくユーリック公爵。
「あははははは、皆さんリクルの誕生日会に良くいらして下さいました。招待してないけどね。家族で楽しむつもりだったのだけれどね。まぁ、いいでしょ。見つかってしまったものは仕方がない。いつかこんな日が来るとは思っていましたので。あははははは、ではとりあえず、とりあえず何も聞かずに楽しみましょう。パーッと飲んで何もかも忘れましょう。今宵は夢の出来事です。そう思いましょう。あははははは」
……ユーリック公爵が壊れた。
何とも言えない空気の中、リリがリクルに花輪を渡す。
「お兄様と二人で作ったのよ。リクルの夢が叶いますようにって。立派な騎士様になってね」
「うん、ボクきしになるよ。くにいちばんのつよいきしになっておねえちゃまをまもるの。だからおねえちゃま、どこにもいかないでリクルのそばにずっといてね」
「うん、リクル大好きよ」
「ボクも~♡」
ぎゅうぅぅぅ~。
麗しい姉弟愛。ユーリック公爵夫妻やルー、生徒会メンバー、それに使用人もウルウルだな。確かに天使二人が微笑みあい、お互いを労わる姿は感動ものだが……何だろう?
リクルの表情が五歳児には見えないような……俺の気のせいか?
因みにルーの婚約者、ミリアル・ファンス侯爵令嬢も参加していた。
八歳の時に婚約した二人は、家族ぐるみの付き合いをしているようだ。
ルーが十七歳になったら、すぐにでも結婚しそうだな……そんな事をぼんやりと考えていたらリリと目が合う。
考えていた事は色々あるけれど、目だけはリリを追っていたようだ。
俺は改めてリリの傍に行くと、紳士の礼をする。
「先程は失礼した。まだ私だけ自己紹介していなかったね。レオドラン・ブルーナル・リ・リーファルだ。レオンと呼んでくれ」
手の甲にキスをしようとしたが、やはり邪魔が入った。
「レオンずるい。僕の事もトーマスって呼んで」
「二人共、何を抜け駆けしようと……私はセルとお呼び下さい」
「リリ、当然俺はマルロスで」
わっと押し寄せてきた三人を無言で払った俺の肩をルーが掴む。
ガシッ!
「いい事教えてあげるよ」
にこぉ~。満面の笑みで血管に青筋立てたルーが言う。
「リリはまだ十歳だよ」
………………………。
長いのか短いのか分からない沈黙が下りた。
……十歳…… ! 有りえない、この体で⁉
生徒会メンバーが一斉にリリの胸を見た瞬間……
スパパパパーン! スパン!
ルーの平手が後頭部に見事に決まった。最後の一つはユーリック公爵による、手まで彷徨わせたマルロスに落ちたものだと思われる。因みに王子である俺にも、この鉄拳制裁は落ちた。
「?」
リリは笑顔で首を傾げる。
そして、ユーリック夫人とミリアル嬢の手によって回収された。