ルーゼット視点 1
ドンッ
「……?」
ドンッ、ドンッ
「……??」
ドンッ、ドンッ、ドンッ
「……???」
麗らかな春の陽気、この四大大陸の一つリーファル国は珍しく春夏秋冬を味わえる肥沃な大地をもつ平和な国として有名だ。
肥沃な大地をもちながら平和を維持できる理由、それは魔法使いが多数存在するという事。そして軍事においても他国には類を見ない猛者が揃っているという事だった。
この二つは五百年前まだリーファル国が小国だった頃、時の王様が剣と魔法に突起していた事から、その筋の人間が集まったのではないかと言われている。またこの国を継ぐ王は代々優秀で、それらを諍いなく収めるのもうまかったという。
優秀な人材は揃えるがそれはあくまで防御の為、他国には剣を向けない。
それが大きくなり過ぎた百年前の王が決めた盟約だ。以後、これを守り他国を抑え平和を貫ける王族を、国民は誇りに思っている。
平和だなぁ……。
睡魔と戦いつつ目の前の書類に最後の署名をした時、リーファル国ユーリック公爵家の嫡男ルーゼット・フェル・ユーリックの通う貴族学校フェード学園の生徒会室、副会長の机の上に、何故か紙の束が乗せられていく。
誰が乗せたかは見るまでもなく分かっている。
副会長の僕にこんな事が出来るのは会長、つまりリーファル国の第一王子でもあり、僕の幼馴染レオドラン・ブルーナル・リ・リーファル、彼しかいない。
僕はそろりと顔を上げる。
ああ、いつ見ても輝かしい、男の僕が見ても惚れ惚れしてしまう完璧な容姿。
淡く光る漆黒の髪、そしてその髪と同色の長く濃いまつ毛に縁どられたアーバン色の瞳、神が与えた造形美と言われる容姿にはどこにも損傷はなく、十年以上の付き合いのある僕でさえ見惚れてしまう。
そんな彼から目を反らし、机の上に束ねられた書類を手にする。
「………………」
そうして固まった僕に対して彼は一言。
「片付けよろしく」
そう言って颯爽と自分の机に移動する。
「……レオン、何度も言うけどどうして僕が君のお妃候補の姿絵やら釣書やらを片付けなくてはいけないの?」
「妃候補にもならないが」
「………………」
そう、この紙の束は第一王子に宛てた妃候補、もとい年頃の令嬢達の個人情報だ。姿絵やら釣書以外にも夜会やお茶会の招待状まで混じっている。それは国内貴族令嬢から他国の王女のものまで、余す所なく集められた美少女達の情報。男なら喉から手が出るほどの黄金の紙だ。
ここは生徒会室であって王室ではない。
僕は副会長であって王子の部下ではない。
まぁ、いずれは宰相である父の後を継ぎ、その地位に次ぐつもりではあるが、今はまだ学生の身、こういう仕事は勘弁してもらいたい。
そういう意味を込めて彼を見ると……
「面倒くさい」
「僕だってこんな書類、仕分けるのなんて面倒くさいよ」
「全部燃やすか。必要のないものだ」
「それは駄目!」
レオンはあっさり全てを灰にしようと魔法で火を出した。
彼が本気なのは明らかだ。僕は慌てて書類の束に身を乗せる。
どうして僕がレオンの妃になりたい女性の個人情報を、身を挺して守らないといけないの?
けれどこの中には他国のお姫様の情報だってあるんだ。その中にはもしかして公にはしていない情報だってあるかもしれない。燃やして国際問題にでもなったらどうするんだよ。僕は泣く泣く書類の束を片付けるべく箱などを用意していく。
レオンは僕の頭を軽くポンポンと叩いて微笑むと、自身の机に座った。
僕は一瞬レオンの行動に見惚れてしまったが、慌てて頭を振る。
そう、レオンと言う人はこういう人なんだ。天然人誑しな性格は〔完全無欠の王子様〕と呼ばれている。
その内容は容姿端麗、文武両道、品行方正、性格も穏やかで物腰柔らかく、身分関係なく均等に優しい、理想の王子様。
確かに間違ってはいないのだが、訂正したい個所はある。あるのだが、それは何と言っていいのだろう?
容姿端麗……見ればわかる。文句なし。 文武両道……IQいくらだよ。と聞きたくなるぐらいの頭脳に加え、剣の腕も魔法も人の倍以上。 品行方正……公の場ではね。 性格も穏やか……王族スマイル一本。 身分関係なく均等……元より身分制度を一番嫌っている人。
うん、これって理想の王子様??
何だが、素直に頷きたくない自分がいる。
僕は生徒会室を見渡す。結局のところ、本当のレオンを知っているのはこのメンバーだけなんだろうな。
副会長の僕を始め、書記のマルロス・クレイバー。近衛騎士団の隊長を父にもつクレイバー伯爵家次男、彼自身も騎士を目指す。茶色の短髪に青の瞳の朗らかな美形。
もう一人の書記、グロッセル・ラナ・イーグル。イーグル伯爵の三男で魔術を得意とし、常に黒マントを羽織っている陰キャラだが、実は金髪・碧眼の正統派美形。
そして会計のトーマス・ケリーヌ。ケリーヌ侯爵の嫡男。ミルクティー色の髪に茶色の瞳、見た目も中身も少し幼いが、明るい俗にいう癒し系美少年。ただ腹黒さでいうとこの中では一番かもしれない。
そして、このメンバーは幼馴染。
故にレオンは素を見せる。
だって十年からの付き合いのある僕達に今更、完全無欠の王子様を見せられてもねぇ……。
ある意味、僕達にとって生徒会はとてもいい空間。仕事は大変だけれど、居心地のいい生徒会室なんだ。
レオンが僕に無茶ぶりするのも仕方ないのだけれども、そのうちの八十%は僕にかかってくるという理不尽さは何故なんだろう? いくら現宰相の息子だからと言って、それはないんじゃないの。
僕は大きな溜息をついてレオンを見た。
「ねぇ、見るのも嫌なら自室の隅にでも置いておけば」
「……それ、生徒会室に届けられた分」
「あ、そう」
私室にも溢れているという事ですね。
僕達は十六歳、この国では女性は十四歳、男性は十七歳で成人とみなされる。
女性の成人年齢が低いのは、一桁の年から婚約を決める貴族が多く、相手が決まっているならばさっさと結婚してしまえ。という、身もふたもない所からきているらしい。
けれど、最近では早すぎるという考えをもつ貴族も出てきていて、成人しても結婚の適齢期は女性は十八歳、男性は二十五歳までと範囲は広がってきている。
本当は、王太子という立場のレオンが成人まで後一年という年齢においてまだ、婚約者が決まっていないというのは、少し異例らしい。
昔から誰にでも優しく光り輝く美貌をもつレオンの周りには、女性が沢山いた。
可愛い年下の女の子から、気さくな同年代の女の子、年上の色っぽい女性から、大人の包容力溢れる女性と沢山……そう、沢山いすぎたのだ。
そして、目の前で繰り広げられる女の闘い、陰でやり合う女のいがみ合い。
うん、女性嫌いになっても仕方ないね、レオン。
でも、安心して。そんなレオンにもうすぐ素晴らしい出会いがあるんだ。
それは今年入ってくる新入生【ヒロイン】の登場だよ。
そう、ここは【乙女ゲーム】の世界なんだ。
中世ヨーロッパ風の剣と魔法の国、王道の【乙女ゲーム】だ。
実は僕には前世の記憶がある。
前世の僕は両親と妹の四人家族。とっても仲の良い家族だったけれど、しいて言うなら妹は産まれた時から体が弱く、家と病院しか通ったことがない。
学校ももちろん通えず、六歳上の僕は共働きの両親の代わりにほとんど毎日妹の傍にいた。
それを嫌だと思った事はない。
そりゃあ、中学生の頃は多少面倒くさいなぁ、と思った事もあるけれど、ただそれだけ。周りがお兄ちゃんは偉いね。って言うたびにちょっとむかついた。
僕は偉くなんかない。妹と一緒にいられるのはとても楽しかったんだ。
なんてったって僕の妹は、滅茶苦茶可愛かったから。
病人なので色白は当たり前なのかもしれないが、目はパッチリと大きく鼻は少し低いが、それも愛嬌があり、口は小さくぷっくりとしていて、調子のいい日はその唇と頬にうっすらと赤みが差し、色素の薄い髪と目も相まって結構な美少女だ。そして何より性格がいい。素直で優しく頑張り屋。
そう、頑張り屋だったんだ。
心臓が悪い彼女は、僕を見るといつも儚く笑う。
どんなに苦しくて辛くても、涙を流しながら「お兄ちゃん、来てくれたのね。嬉しい」って言って笑うんだ。
こんな可愛い妹、他にはいない。
六歳下だという可愛さも相まって僕は毎日、家に病院に彼女のいる所に通う。
ずっと傍にいて守ってあげようと思っていた。
僕の死因は、そんな彼女が急変したと聞いて急いで病院に向かう途中の事故だったと記憶している。
その時の痛みや意識は流石に覚えてはいないけれど。
ここがゲームの世界だと気づいたのは、前世の妹が遊んでいたからだ。どうやら看護師さんに借りたらしく、同年代の異性に接した事のない妹は、少しはにかみながら説明してくれた。
そのゲームの名前は【光の魔法は聖女と悪女をつくる。心を救い心を壊す。古の時より蘇りし地において再び闇が万栄する。力と力が重なる時、奇跡は起こるのか。聖女と悪女が揃いし時の中で……】って。
「長いわあぁぁぁぁぁ‼」
ついパッケージを床に叩きつけて妹を慌てさせたのは黒歴史です。
後日、新しいのを買って看護師さんに返しました。
そのくそ長いタイトルの乙女ゲーム【聖悪】は(だってまだ続くんだよ。あまりに長いのでファンの間ではそう呼ばれていたので以下省略)今いるこの世界が舞台になっているみたいなんだ。
そして生徒会のメンバーは攻略対象者で間違いない。
はい、僕もです。一応、念の為、僕もイケメンです。自分で言うのもなんですが、銀髪に翡翠の瞳、中性的おっとりイケメンです。
五歳の時に前世の記憶を取り戻して、初めて鏡を見た時には驚きました。
「超美形! 勝ち組じゃん‼」っと……。
実はゲーム内でのレオンには、十歳の時に婚約者が決められていました。
ええ【悪役令嬢】と呼ばれる方です。
他のメンバーにも婚約者、もちろんいてます。
現実、今の世界でもレオン以外のメンバーには、ゲーム内に沿った婚約者が存在しています。
それなのに何故、メインキャラである悪役令嬢がいないかというと、それは……。
僕の家族、ユーリック公爵家総出で阻止しまくっているからです。
そう、悪役令嬢ことレオンの婚約者になる予定だった子は僕のこの世界での妹、リリアナ・フェル・ユーリックなのです。
五歳で前世の記憶を取り戻した僕は、六歳の時に産まれた妹、リリを見てこの子が【悪役令嬢】だと確信しました。誰が産まれたばかりの可愛い妹に悪役令嬢の道を進ませたいものですか。
それに何よりリリは、前世の妹と同じで体が弱かった。
産まれてすぐに産声を上げられなかった妹に、両親は絶望しかけた。
しかし前世の妹とフラッシュバックした僕が「この子はまだ生きている!」と必死で叫んだ声に、周りの大人達は動き出した。
あの手この手を使ってどうにか成長するも「三歳までしか持ちこたえられないだろう」と医者に匙を投げられてしまった妹は、実は生まれる前から第一王子の婚約者として上げられていたらしい。
状況が状況なのですぐにお断りしていたが、三歳の峠を越えたあたりから話が戻ってきていた。
頑張った妹は、少しずつ少しずつ元気になっていったが、まだ無理をすると寝込んでしまう事があるのでまだ楽観視出来ないが、十歳になった今、庭に散歩に出るくらいには元気になったと思う。
そして何故か今だに婚約者候補には上げられている。が、実はレオンはその事を全く知らないのだ。ていうか、リリの存在も知らない。
内々で受ける婚約の打診は、王様・王妃様、ごく近い側近とリリの存在を隠している我が公爵家の者だけしか知らない事実。かくいう僕も、生徒会メンバーにもリリの存在は明かしていない。
何故、王様・王妃様が当事者のレオンに何も話していないのか分からないけれど、隠し通せるものならばこのまま隠しておきたい。
どうせもうすぐヒロインさんがやってきて、レオンは恋を知るのだから。
どうか妹の存在は気付かずに、このままヒロインさんとゴールインして下さい。
そうすれば何もかも丸く収まる。これが本当のハッピーエンド。僕は親友として心からレオンの幸せを祈るよ。
まぁ、元々このゲームのハッピーエンドは、悪役令嬢にとってもそんなに酷いモノではないのだけれどね。よくいう投獄だの国外追放だの処刑だのと言う物騒極まりないモノではなく、婚約破棄しても格下の貴族に嫁ぐだけ。相手も若い好青年で、変態やら好色爺やらDV野郎というわけでもない(あんまり酷いゲームだったら、前世の体の弱い妹にプレイさせるわけがない)
だって、レオンとリリの間には六歳の年の差があるのだから。
リリが健康で学園に行けたとしても、レオンと被る事はないし、レオンがわざわざ会いに行かなければ接点はない。
王妃教育で王城に通ったとしても、学校に通うレオンが忙しさを名目にすれば会う事もないのだ。
そんな悪役令嬢にヒロインをいじめたり、貶めたりなんて出来ない。そもそも嫉妬だっていう感情も分からないんじゃないかな。
親が決めた婚約者、訳の分からないうちに死ぬほど勉強させられて、自由もなく、久しぶりに会ったら婚約破棄、十一歳の少女には「はい」と言う選択肢しかないよね。
だけど、病弱な妹にわざわざそんな辛い経験をさせる必要なんてないじゃないか。それならば初めから王子と拘わらないのが一番だ。だから僕は心の底から現状維持を望む。
そうだな、そう思えばこんな書類パパっと片づけるに越したことはない。
そうして手を動かし始めた僕に、マルロスが声をかけてきた。
「ルー、そろそろ時間じゃないのか?」
僕は部屋に置いてある時計を見る。
「ああ、本当だ。ありがとう、マルロス。じゃあ悪いけど、今日は先に失礼するね」
「どうした、今日は何かあるのか?」
生徒会の書類に目を通していたレオンが、書類を置いて訊ねてきた。
僕は帰り支度をしながら「うん、今日は弟リクルの誕生日なんだ」と理由を話し「だから、早く帰ってやらなきゃ。じゃあ、また週明けに」と言って生徒会室の扉を閉めた。
リクルは僕とリリの下の弟でまだ五歳、とっても可愛い盛りで僕に……というか、リリにとても懐いている。
今日は家族でホクホクの誕生日会。
シスコン、ブラコン、上等だ! 何とでも言え!
六歳下の妹と十一歳下の弟が可愛くないはずないだろううっていうか、マジ天使! うちの子達マジ天使ッスから‼
フィルターがかかった僕はフワフワしながら帰路に急ぐ。
その時後ろでレオン達が言った言葉は、扉を閉めた僕の耳には入ってこなかった。