おまえというやつは
私の中で空前の執事ブームが起きている…!ということで、久々に番外編を書かせていただきました。少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
(ここがヘレナたちの暮らす屋敷か)
一人の男性――ヘレナの兄であるマクレガー侯爵が感嘆のため息をつく。
妹であり聖女であるヘレナがストラスベストで暮らしはじめて半年以上の月日が経った。諸悪の根源である王太子カルロスは既に処刑をされ、彼のせいでめちゃくちゃになってしまった国はすっかり元通りになっている。
ヘレナはあれからふた月に一回きっちり国に戻ってくるようになった。聖女として人々に祈りを捧げるためだ。けれど、マクレガー侯爵としてはもっとヘレナに会いたいと思う。
そこで今回、とある目的と合わせて、ヘレナの暮らしぶりを見るために隣国ストラスベストまでやってきたのだった。
「いらっしゃいませ、お兄様!」
屋敷に着くとすぐに、ヘレナがマクレガー侯爵を迎え入れてくれた。
「ヘレナ、元気そうでなによりだ」
マクレガー侯爵はヘレナを見つめながら目を細める。
彼女の周りにはよく教育された使用人たちがずらりと並ぶ。そのうちの何人かはヘレナを追ってここで働くことになった侯爵にとっての元使用人なのだが、短期間でこれほど統制が取れているのはさすがと言わざるを得ない。
(間違いなくレイの仕業だ)
マクレガー侯爵は密かにそう確信した。
「噂には聞いていたが、我が家に引けを取らないほどの豪邸だな」
「そうでしょう? わたしもはじめて見たときはビックリしてしまいました」
応接室に移動をしながらそんな会話を交わし、二人はそっと微笑み合う。
「ストラスベストで暮らすに当たって、なにか困っていることはないか? ……いや、愚問だったな」
ヘレナや屋敷の様子を見るに、足りないものなどなにもない。着るものも、食べるものも、屋敷のことも、全部レイが先回りをして采配をしているのだろう。
「そういえば、ここに来るときに近くで大掛かりな工事が行われているのを見たんだが」
「工事……ああ、新しい神殿のことですね!」
ヘレナはそう言って瞳を輝かせる。
「神殿?」
「はい。こちらの近くには元々小さな教会しかなかったのですが、わたしのために王妃様が神殿を作ってくださることになったんです。そうすれば、聖女としてわたしは仕事がしやすくなりますし、人々にとっても心の拠り所になるだろうって。王都は遠いから何度も足を運ぶのは大変だし、神殿ができれば王妃殿下のほうからこちらに出向くともおっしゃってくださって」
「そうか……王妃殿下との関係も良好なようでよかったよ」
返事をしつつ、マクレガー侯爵はホッと胸を撫で下ろす。
マクレガー侯爵がレイの本来の身分やヘレナの元で働くに至った経緯を知ったのはつい最近のこと。レイと王妃の関係がヘレナのおかげで改善されつつあることについても聞き及んではいたものの、こうして目に見える形でそれがわかると、兄としては安心してしまう。ヘレナにはなんの憂いもなく幸せに暮らしてほしい。これまで苦労した分まで――そう思いつつ、マクレガー侯爵は静かに目を細めた。
「それで? レイ――いや、公爵殿は今どこに?」
「お兄様ったら。公爵殿なんて呼んだらレイが嫌がります。レイったら未だに『私はお嬢様の執事です』なんて冗談を言うぐらいなのに」
ヘレナはそう言ってクスクス笑う。
レイはヘレナと結婚するため、王家から爵位と領地をもらい受けた。元々二人が暮らしているこの土地が王家の直轄領だったため、レイが治めるのがちょうどいいという話になったのだ。最初は『そこまでは要らない』と辞退しようとしていたレイだったが、最終的にはヘレナの幸せを一番に考え、すべてを受け入れる決断をした。
「本当にレイらしいよな」
彼の価値基準はヘレナにしかない。自分のことはいつも二の次三の次。けれど、それがレイにとって一番の幸せなのだろう。
「私がどうかしましたか?」
「レイ!」
と、レイが応接室へとやってくる。マクレガー侯爵はレイを見つつニヤリと笑った。
「おまえがヘレナを溺愛してるなって話だよ」
「それは至極当然のことですね」
レイはまったく照れることなく、サラリとそう返事をする。かわりにヘレナの頬が真っ赤に染まった。
「本当におまえは相変わらずだな」
「お褒めに預かり光栄です。それで? 今日いらっしゃったのにはヘレナ様の暮らしぶりを確認する以外にも理由があるのでしょう?」
レイはそう言ってマクレガー侯爵へと微笑みかける。侯爵は「ああ」とため息をつきつつ、そっと身を乗り出した。
「ヘレナにひとこと忠告をしたかったんだ」
「忠告、ですか?」
「カルロスの恋人、キャロラインの現在について伝えておきたい」
マクレガー侯爵の言葉に、ヘレナは大きく目を見開く。
「キャロライン様がなにか……?」
「おまえの国外追放事件に際し、キャロラインは特段の処罰は受けなかった。カルロスと恋仲だったというだけで、事件を主導したのは明らかにカルロスだったからな。けれど、あくまで処罰は受けなかったという話で、今後国内で貴族として生きていくことは難しくなっている。原因の一端が彼女にあることを多くの人間が知っているからな」
侯爵の説明を聞きながら、ヘレナが神妙な面持ちでうなずいた。レイはそんなヘレナを隣で支えつつ、黙って話を聞いている。マクレガーはふぅと小さく息をついた。
「それが理由で、キャロラインはヘレナを逆恨みしているらしい」
「わたしを?」
ヘレナの瞳が小さく揺れる。侯爵は「ああ」と返事をしつつ、ヘレナをまっすぐに見つめる。
「自分がこんな目にあっているのはヘレナのせいだ、ヘレナにも同じ気持ちを味わわせたいとなにやら計画を練っているらしい」
「そんな……!」
「だから俺は――」
「キャロラインでしたら、先程私が捕らえましたよ」
「「え?」」
あまりにも思いがけないレイの言葉に、ヘレナとマクレガー侯爵の声が重なる。レイはニコリと微笑みつつ、チラリと背後を振り返った。
「彼女に不穏な動きがあることは事前に把握しておりました。来るならそろそろだろうと警戒を強めておりましたところ、ノコノコと姿を現しましたので……」
「レイ……おまえというやつは」
マクレガー侯爵はそう呟いたが、段々堪えきれずに笑いが漏れてくる。
「そうだよな。おまえがヘレナを危険に晒すわけがないよな」
「ええ」
返事をしつつレイがヘレナをそっと抱き寄せた。ヘレナはというと、先程までの不安そうな表情はどこへやら、ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべている。
(まったく、ヘレナは本当に幸せものだよ)
レイからこんなにも愛されて、守られて、甘やかされているのだから。
兄として、可愛い妹が離れて暮らすことに少しだけ寂しい気持ちもあるが、ヘレナが嬉しそうに笑ってくれるのが一番だとマクレガー侯爵は思う。
「ありがとうな、レイ」
マクレガー侯爵は言いながら、そっと目を細めるのだった。
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