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お邪魔しましたっ!

「どうしてまた、ここにいらっしゃったんですか?」



 それは国境に程近い大きなお屋敷を訪ねた日のこと。僕はかつての主人に、そんな薄情なセリフを投げ掛けられてしまった。



「そんなこと言わないでくださいよ~~! 僕とレイモンド様の仲じゃありませんかっ!」



 言いながら僕は、レイモンド様と扉の間にある隙間にグイグイ己の身体を捩じ込んでいく。普通の家なら無理でも、大きなお屋敷だから扉も大きい。レイモンド様も完全シャットアウトするつもりはないらしく、簡単に屋敷の中に入れた。



(良かった~~~~これでミッション1はクリアだな)



 ホッと胸を撫でおろしつつニンマリと笑う。その瞬間、レイモンド様の冷ややかな声が背後から響いた。



「全く――――王家に私を売った人間が、よくも『僕とレイモンド様の仲』なんて口にできますね」



 ドキッと心臓が鷲掴みにされたような心地に襲われ、僕はレイモンド様を振り返る。無表情――――その中にレイモンド様は若干の怒りを滲ませていらっしゃる。

 いやっ……それでも激おこってわけじゃないと思う。マジで怒ってたらそもそもドアすら開けてくれないだろうし!でも、このままじゃ応接室まで辿り着けそうにない気がする。



「あっ……ニックさん! 来ていらっしゃったんですね。いらっしゃい」



 その瞬間、僕は感激に瞳を潤ませた。



(天は僕に味方してくださった!)



 声の主はレイモンド様の最大にして唯一の弱点、ヘレナ様だ。レイモンド様はヘレナ様の意向には逆らえないから、僕の勝利は決まったも同然。クルリと身体の向きを変え、勝手に応接室の方へ向かう。レイモンド様は若干不服そうな表情をしつつも、僕のことを止めなかった。




「それで? 一体どうしてここにいらっしゃったんですか?」



 出迎えの時と同じ言葉を口にして、レイモンド様は眉間に皺を寄せる。何だかんだ言いながら、テーブルには豪華なティーセットが用意されていた。有難くお茶を戴きつつ、僕は口の端を緩ませる。



「やだなぁ……理由がないと来ちゃいけないんですか?」


「当然です。あなたは一応ストラスベストの近衛騎士。王都まで往復一週間も掛かるのに、理由も無しにこんな所まで来て良い筈がありません。

さっさと用件をお話しください。もっとも、これ以上の面倒ごとはごめんですが」



 そう言ってレイモンド様は鋭い視線を僕に投げ掛ける。

 彼の言う面倒ごとというのは、レイモンド様が生きていらっしゃる事実を僕が陛下に告げ口したせいで、王都まで出向かなければいけなかったことを言っているんでしょう。元々隠したがっていましたしね!

 とはいえ、何だかんだ言いながら十年ぶりのご両親との再会にレイモンド様も喜んでいたというし、別に面倒ごとじゃないと思うんだけどなぁ。



「実は……ヘレナお嬢様にお礼とお願い事がございまして」


「わたし……ですか?」



 ヘレナ様はそう言って小さく首を傾げた。愛らしい可憐な仕草だ。うっかり見惚れていると、レイモンド様はそっとヘレナ様を抱き寄せた。



(あぁーー……人は変われば変わるもんだなぁ)



 幼少期のレイモンド様を知っている自分としては、むず痒さとは別の感慨深さがある。

 レイモンド様は女性嫌いで有名だった。しょっちゅう言い寄られてたし、何かを期待するような熱視線を送られてましたからね! 鬱陶しかったのでしょう。割と早い段階から侍女達を遠ざけ、同年代の御令嬢の猛アプローチをにべもなく退けてきたわけです。

 そんな彼が今や別人。子どもみたいな独占欲を発揮してるんですから――――お兄さんとしてはグッときちゃうわけ。



「で?」



 痺れを切らしたレイモンド様が笑顔でそう尋ねる。美人が怒るとすんごく怖いよね。ホント怖い。コホンと咳ばらいをしつつ、僕は居住まいを正した。



「聖女ヘレナ様――――イーサン殿下のご病気を治していただき、ありがとうございました。近衛騎士の一人として、心から感謝を申し上げます」



 深々と頭を下げ、僕は感謝の意を表す。

 ヘレナ様は本物の聖女様だった。ストラスベストには過去に聖女が誕生したことが無い。だから正直彼女が聖女であることについて、最初は半信半疑だった。だけど、実際に奇跡を目の当りにしたらそんなことは言ってられない。



「いえ、そんな……わたしは自分のために殿下の治療をしただけですから」



 そう言ってヘレナ様は頬を紅く染め、恥ずかし気に顔を背ける。そんな彼女のことをレイモンド様が愛し気に見つめていた。ヘレナ様の左手の薬指にはエメラルドの指輪が光っている。



(ご婚約なさったのか……)



 エメラルドはレイモンド様の瞳の色だ。本当に独占欲が強いというかなんというか、ヘレナ様にべた惚れなんだなぁと思う。



(いよいよここでの僕の働きが重要になってくる)



 グッと気を引き締めて、僕は真っ直ぐヘレナ様を見つめた。



「そこで――――失礼を承知でヘレナ様にお願い事を申し上げます。

どうか我が国のためにも、あなた様のお力をお貸しいただけないでしょうか?」


「――――力をお貸しする、とは?」



 そう言ってヘレナ様は小さく首を傾げた。僕は大きく深呼吸をし、ゆっくりと首を垂れる。普段チャラけているけど、やる時はやる男だ。



「本当に時折で構わないのです。王都にお越しいただけませんでしょうか?

実は今回の件で王妃様――――レイモンド様ではなくイーサン様のご生母様――――がヘレナ様に大層感服し、共に祈りを捧げる機会が欲しいと申しておりまして」


「――――――つまり、ヘレナ様の力をストラスベストのためにも使って欲しいということですよね?」



 そう言ってレイモンド様は不機嫌そうに眉根を寄せた。まぁ、予想通りと言えば予想通りの反応だ。王妃様はレイモンド様を追放した張本人だし、虫が良すぎると思うのは無理もない。



「いえ……実際に人々を治癒していただきたいとか、国のために結界を張っていただきたいという訳ではないのです。

けれど、王妃様は聖女様と共にありたいと……ご自身も国のために祈りたいと仰っていまして。謂わば顧問のようなものをお願いしたい、ということのようです。

もちろん報酬はしっかりとお支払いしますし、我が国でもヘレナ様を聖女として遇することになりますから、護衛や侍女など必要な人員を確保するお手伝いをさせていただきます。決して悪い話ではないと思いますが」


「良いですよ」



 至極あっさりと、ヘレナ様はそうお返事をなさった。レイモンド様も彼女の返答を予想していたのだろう。ほんのりと唇を尖らせつつも異を唱えることは無い。僕はホッと胸を撫でおろした。



「――――ありがとうございます!」



 勢いよく頭を下げれば、ヘレナ様は穏やかに微笑みつつ、小さく首を横に振る。



「わたし自身、ストラスベストに身を寄せるのに何もお返しできないのは心苦しいと思っていましたから、ご恩に報いる機会をいただけて嬉しいです。それに、レイの家族に堂々とお会いできる理由ができますし、報酬の件も……助かります。

実は、レイだけにお屋敷のことを任せるのは申し訳なくて、何人か使用人を雇いたいと思っていたんです。あちらでのわたしの財産も持ち出せるようになりましたし、生活に困るようなことは無いと思うんですけど」


「お嬢様がお金の心配をなさる必要はございませんよ」



 レイモンド様がすかさずそんなことを口にして微笑んだ。ヘレナ様は「そう?」なんて言って笑ってる。

 でもさ――――正直言って謎だよね。

 このお屋敷はヘレナ様名義になっているみたいなんだけど、ヘレナ様が追放された当初からここに建っていたらしいし、生活費とか維持費とか色々さ、普通は無理じゃん?



(まぁ……レイモンド様が先を見越してあれこれ采配してたってことなんだろうけど)



 それでも、執事の給料だけでこんな豪邸が建てられるわけがない。レイモンド様に限って悪い組織と繋がっていたとか、侯爵家の財産を着服していたってことはないと思うけど――――。



「別に――――普通に投資で稼いだだけです。

領地の管理を任されていたこともあって、職人たちとは懇意にしていましたし。商人や市場との伝手も幾らでも作れましたから。あぁ……旦那様からきちんと許可はいただいてましたよ」


「あっ……なるほど! ですよねぇ……そうですよねぇ」



 僕の考えを読み取ったかの如く、レイモンド様が答えを下さる。

 ですよね!悪事に手を染めるなんて『お嬢様命』のレイモンド様がするわけないですよね!間違いなく悲しませちゃいますもんね!

 だけど、レイモンド様が投資にまで手を出したのは、間違いなくヘレナ様のためだろうし、本当は執事なんてしなくても余裕で生活できたんだろうなぁと思う。



「――――本当に愛の力は偉大ですね、ヘレナ様」


「へっ……? えぇと――――そうなの、レイ?」



 僕のセリフに、ヘレナ様は躊躇いがちにレイモンド様を見つめる。すると、レイモンド様は穏やかに目を細めつつ、ヘレナ様の手を握った。

 その途端、応接室に甘ったるい空気が流れ始める。やばい。既に胸やけがしてきた。それなのに、レイモンド様は至極嬉しそうに微笑みながら、ヘレナ様へと顔を近づけていく。



「ヘレナ様はどう思われるんですか?」



 それは、一体どこから出してるんだろうと思うぐらい、ゾクゾクと心と身体を震わせる声音だった。僕が女の子だったら腰が砕けてたんじゃないかな! ヘレナ様も真っ赤になっていらっしゃるし、絶対確信犯だよね。



「……そんなの、分かってる癖に」



 そう言ってヘレナ様はそっと唇を尖らせる。

 あっ、これはヘレナ様、僕の存在を忘れかけてますよね。完全に二人だけの世界に移行しようとしてますよね⁉

 いや、仕方がないとは思うんです。レイモンド様がそういう風に仕向けてますし。何なら見せつけたいんでしょうし。

 だけど、二人がラブラブだってことはもう十分分かりましたから!これからも伝令役として出来る限りのことはさせていただきますし、結婚式の時とか全力で協力させていただきますから!



「――――そろそろお引き取りいただけますか?」



 何とも冷たいセリフ。だけど、僕は大きく目を見張った。

 かつての主人、レイモンド様があまりにも幸せそうな表情で笑っている。十年前、僕はレイモンド様のこんな顔が見られる日が来るとは思っていなかった。いつだって悲し気な、苦し気な――――そんな表情をしていらっしゃったというのに。



(本当に、幸せになられたんですね)



 途端に胸が熱くなり、僕は思わず小さな笑い声を零す。



「大変、お邪魔しましたっ!」



 僕の言葉にレイモンド様は至極優しく目を細めた。

4話に渡ってお送りしてきた番外編も、これにて一区切りです。

今後も不定期に番外編を書かせていただく可能性がございますので、ブックマークはそのまま残していただけますと幸いです。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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