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かざす花  作者: ななえ
第1章
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幕間

 さぁっとさわやかな風が午後の教室に吹き込んだ。

 さすがに山奥だけあって気温は高いもののすでに湿度はない。季節を先取りした秋の風だ。

 あまりの心地よさに睡魔が忍び寄る。

 五時間目。教室の空気はけだるく、満腹感も相まってか惰眠を貪る生徒がちらほらと見受けられる。

 壮司も気を抜くと危うく仲間入りしそうで、眠気を払うため一心不乱にノートを取った。

 二学期が始まり、高校生活も折り返し地点に近い。同時にこの学院に来て四年半が経った。

 巴と壮司は中等部から立志院の生徒であった。

 小六の初夏、公立中学に行くつもりだった壮司に、立志院の受験を持ちかけてきたのは巴だった。

 最初は壮司も断った。立志院は全寮制だ。長く病床にいる母を古賀家に残していくのは気がかりだったし、何より私立だ。授業料がかかる。

 巴の許婚といえども、現状では古賀家の居候でしかない。迷惑をかけないように慎ましく暮らすべきである居候が金食い虫など言語道断なのだ。

 しかしクールなはずの彼女が、この件に関しては思わぬ粘りをみせた。その上思わぬ人物――祖母からも進学を勧められた。

 祖母は婉曲に言ったものの、その意は巴に悪い虫がつかないように壮司を当て馬にすることだった。壮司の母が悪い男に引っかかったためか、祖母はそういう面で必要以上に敏感になっていたのだ。

 自分を巴を見張る駒にするつもりか、と思うと言い様もない反発が込み上げてきた。

 だが、それを祖母にぶつけることは理性が許さなかった。

 浅ましくも、祖母に反抗することで生活の糧を失うことを恐れた結果だ。巴と生活を天秤に乗せ、勝ったのは生活だった。

 あれほど自らの卑劣さに苛立ち、恥じ入り、力のなさをなじったことはなかった。

 ――釣り合うようになるとか言っときながら、

「……この様か」

 かすかに口を動かしただけの呟きは、チョークと黒板が触れ合う音にかき消される。

 壮司も黒板のチョークの白線を追い、ノートを埋めた。

 『滅多な行動はお慎みになられるように』と祖母からはなむけ代わりの戒めを貰い、学院にやってきた。

 そうして四年半、人並みに自由な学生生活を送り、気づくとあと一年半になっていた。

 卒業後は宗門大学へ進み在学中に得度をし、僧侶となる。

 そうしたらもう彼女との結婚もすぐそこだ。

 その時、巴が他に想う相手がいるならば添い遂げられるよう全力で手助けしようと思う。

 そのためには学問を、スポーツを、人づき合いを、できるかぎりの経験をしてここを出ていく。

 経験を力に変えて次は自分自身に恥じない行動をしたい。

 それが壮司の“自由”だ。

 秋風がまた一つ壮司の頬を撫でて教室内へ駆けていった。


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