05 マリアの正体
ひつまぶし食べて幸せな気分で昼寝してたら遅れました。
『否定したいけど、否定する材料が無いわね』
悔しそうにマリアがそう言う。
何しろ彼女には記憶が無い。自分が幽霊となった切っ掛けを覚えていれば否定も出来たかもしれない。
だが、ここに至るまでの経緯が不明な以上、ウェンディの言葉を否定する事は出来なかった。
「それは考えたこと無かったな……」
「もしもそうだとしたら、放置しておくのは危険ではないだろうか?」
「つっても……そんなオルガに幽霊見せてどうすんだよ」
確かにその目的が不明だ。
魔獣にそれが実行可能かどうかは置いておくとして、少なくとも何の労力も無く出来る事じゃないだろう。
「そう、ですね。例えば日頃から助言して信用を得たところで何かの企てにオルガさんを関わらせるとか……?」
「あ、それありそうだな。何て言うか詐欺師の手口的な」
『だーれが詐欺師ですか! って言うかオルガなんて全然私のいう事聞いてくれないんだからね! ちょっと! こっち見なさいよ! どれだけ大変か、一から教えてあげるわ!』
無茶を言うな。と思いながらも、オルガは一先ずその意見に否定を返しておく。
「あんまり役に立つ助言を貰った記憶が無いな」
『オルガー!』
「これは冗談だが」
「お前さっきからちょいちょい冗談挟むのは何でだ?」
「いや、マリアの反応が面白くてつい」
「はあ、良好な関係みたいですね……」
まあ、悪くは無いだろうとオルガも思う。
それがオルガに気を許させて何か致命的な場面での裏切りを働こうとしているのだったら……。
だったら……。
「いや、無いな」
少し考えてみたがマリアにそんな裏切りを働けるだけの器用さがあるとは思えなかった。
もしもこれまでの言動全てが演技ならば話は別だが。
そこまで行くと、もうイオやエレナ達でさえ疑いの対象に含める必要がある。その位には自然体に見えた。
「コイツに裏切りを働くような器用さがあるとは思えない」
『ねえオルガ? それは信用よね? コイツ馬鹿だからそんな事無理だろ。何て思ってないわよね』
オルガは黙秘した。
「それに、これは一番重要な事だが……そんな事するならもうちょい強い奴か偉い奴にした方がいいだろ」
「うむ、確かに! オルガを操っても大したことは出来ぬな! ……いはいほほるが。なえつえる?」
自分でもそう思うのだが、朗らかにウェンディにそう言われるとちょっと腹が立った。
彼女の頬を抓む。柔らかく良く伸びる。ちょっと楽しくなってきてしばらく弄り回した。
「でもよ、少なくとも幽霊が見えるようになったきっかけはあるんだろ?」
「そうだな。聖剣に選ばれないでこのボロ剣を受け取ってから、だな」
「……私達も触ると見えたりしませんかね?」
そう言ってエレナがオルガに一言断ってからボロ剣に触れた。
「……どうだ?」
しばし視線を彷徨わせる。何度かマリアの姿を素通りして。
「ダメですね。見えません」
「となるとこの剣が何かしているって言う線は消えたか……」
改めて考えるとコイツ本当に訳の分からない奴だな、とオルガは思う。
「何かあぶねえし、お祓いして貰おうぜ。教会で聖水ぶっかければ昇天するんじゃね?」
『どうしてここの人たちは皆教会に行こうとするのよ! もっと幽霊に優しくしてよ!』
マリアが涙目で喚く。とりあえず皆考えるのはまず御祓いだから当人としては不本意であろう。
「そう言う訳にも行かないんだ。一応師匠だから」
『一応じゃなくて紛れもなく師匠ですけど!?』
「師匠? って……おい、オルガ。もしかして例のなんちゃら流剣術って」
以前にその流派名だけ聞いたイオの中で今回の件と、当時の話が結びついたらしい。
「コイツから習ってる。自称、400年前に魔獣退治で最も活躍した剣技らしい」
『自称じゃなくて事実よ! 何でここまで廃れちゃったのかは分かんないけど本当だってば!』
「はあ、道理で。オルガさんの剣技ってどこで習ったのかと思ってました。でもそのお陰で私達大分助けられました……?」
「……何か、意外な所で自分がそれに助けられてたと思うと微妙な気分なんだけど」
もしもオーガス流をオルガが習っていなかった場合。
この小隊は存在しなかったことは想像に難くない。
どころか、イオはカスタールの小隊に無理やり加入させられていたかもしれないし、エレナは今も身と心を削って一人で戦っていただろう。
つまりは。
『そう。私は二人の恩人でもあるのよ! もっと敬いなさい!』
「すまん。コイツが調子に乗るからそう言う事はあんまり言わないでくれ」
『何でよ!』
煩いからだよ。と心の中で突っ込む。そこでふと気が付いた。
別に存在を明らかにしたのだから、普通に会話をしても――まあ理解は得られるだろう。
「マリア煩い」
『うるさ……!?』
「何か言ったのかよ。その幽霊」
「もっと褒めろって調子乗って、俺がやめろって言ったら何でだって煩かったんだよ」
あ、これ下手に何か言うと一々通訳させられる奴だと気付いたオルガは緊急時以外は今まで通り黙っていようと決めた。
「兎に角、実害は無くて、俺に戦い方を教えてくれてる幽霊が居るんだよ。特に悪さはしないから気にしないでくれ」
「……気にしないでくれって言われても気にはなるんだが……」
「……あの、オルガさん。一つ聞いても良いですか?」
何やらエレナが深刻そうな顔をして尋ねてくる。
「ああ。何だ?」
「その、もしかして何ですけど。その幽霊さんってオルガさんと何時も一緒に居ます?」
「そうだな。正確にはこのボロ剣から離れられないみたいだから、この剣を持っている時はだけど」
「…………あの、確かオルガさんってずっとその剣持ってますよね?」
「風呂入る時くらいだな。外すのは」
エレナが何を言いたいのか分からず、オルガは怪訝そうな顔をする。
イオもウェンディも話の着地点が見えていない様だった。
「もしかして、もしかして何ですが……小隊入る前に私と会った時とかも……マリアさんって居ました?」
「居たぞ」
そう言うとエレナは崩れ落ちた。
「は、恥ずかしい……あれが人に見られていたなんて……!」
そんな恥ずかしがるような事言ったかな? とオルガは思いながら首を傾げる。
そこでイオもふと気づいたらしい。
「……お前がぶっ倒れて夜の医務室で話した時とか。小隊に誘った時とかも居たのか?」
「居たな」
そう言うとイオは唸りながら天を仰いだ。
「あー。いや、まあ別に良いんだけどよ……」
そう言いながら呻く。
オルガとウェンディは何のことやらと顔を見合わせた。
コイツは馬鹿だから裏切りとか無理だろうと信用される系ヒロイン……
ある意味全く信用がない!




