04 背後霊
「そうだ、マリアだ!」
唐突に。ウェンディがそんな事を叫んだ。
何度目になるのか分からないクエストの帰り道。彼女が加入してから早一月が経過していた。
ウェンディが加入して攻撃力を大幅に増したオルガ達の小隊は、事前調査の甲斐も有って難なく魔獣の群れを撃退した。
「やっぱオレどうにか二発目打てるように訓練した方がいいよな……方法全く思いつかないけど」
「それが出来れば戦術の幅が広がるな」
「そうですね……<ウェルトルブ>の適合者の手記とかあればヒントになるかもしれませんね」
何て話をしていた所にそんな叫びがぶち込まれた物だからイオとエレナは疑問符を浮かべている。
『え、何? 何で私の名前呼ばれたの?』
マリアは唐突に自分の名前を叫ばれた事に混乱しているし、オルガも何故ウェンディがそんな事を言い出したのか分からず困惑していた。
「うむ、漸く思い出せたのだ。あの時オルガが叫んでいた名前だ」
「あの時、ですか?」
「何だオルガ。彼女でも出来たのか?」
「悍ましいことを言うな」
『よし、一番弟子。面貸しなさい。何が悍ましいのか説明してもらうわ』
そんなやり取りがあったがそれはさておいて。
「フェザーンとかいう魔族と戦った時の話だ」
それを聞いてオルガは思い出した。
言った。確かに叫んだ。
フェザーンの爪に貫かれて姿を消したマリアを案じてその名を叫んだ。
その時にはもうマリアも意識を失っていたのだろう。彼女はその事を知らない。
そしてあの時はまだイオもエレナも合流前だったので知らない。
聞いていたのはウェンディだけで、そのウェンディもずっと何も言わなかったからオルガも気にしていなかったのだが。
どうやら単に忘れていただけらしい。
「……所でオルガよ。マリアとは誰だ?」
そして、その名前を疑問に思ったわけではなく。
本当にただ忘れていたことが気持ち悪くて思い出そうとした結果だというのがオルガにとっても納得いかない。
「マリア、マリア……学院にそんな人いましたっけ?」
「いや、居ねえと思うけど……」
二人の視線もオルガに突き刺さる。
『何かしら……まるで浮気相手の事を問い詰められているみたいね』
他人事の様に言うマリアだが、非常に珍しく彼女も当事者である。
「そう、確かあの時アイツが何か煩いとかそんな感じの事を言って何もない所に攻撃したのだ」
「そうしたらオルガさんが叫んだって事ですか?」
「何だ? 透明になる聖剣の持ち主でも居たのか?」
ジッと、疑問を浮かべながらイオとエレナの視線が突き刺さる。
「血は出ていなかったから誰か居たという事は無いと思うのだ」
「でもオルガは叫んだ。んであのフェザーンも何か居る様な口ぶりだったと」
さて困ったとオルガは考える。
何度目になるか分からないが……流石にそろそろその度に誤魔化すのも面倒になってきた。
不幸中の幸いと言うべきか。少なくともマリアの存在を第三者であるフェザーンが認識していた事は納得させる材料になるだろう。
「……今まで隠していたが、実は悪霊に憑りつかれていてな……」
『張り倒すわよオルガ』
ちょっと怒った声のマリア。冗談である。
「悪霊は冗談だけど、幽霊が見えるんだ」
そう言った途端イオは胡乱気な顔になるし、エレナは心配そうな顔になる。
「なあ、オルガ。事故とかの遺族の所行って金とったりしてないよな?」
「誰がそんな詐欺やるか」
「ど、どうしましょう……頭の怪我、治療しないと……」
「してない。してないから」
『まあこうなるわよねえ』
こんな反応が割と当たり前だろうなとオルガは思う。
聖剣と言う一般的に見た異能の象徴。その少し外れた常識の中でさえ幽霊と言うのは非常識だ。
いっそ幻であるという方が分かりやすい。
「まあ本当に幽霊が居るとして」
疑いのまなざしを向けるイオが問いかける。
「何でオルガにはそれが見えてオレらには見えないんだ?」
そう言ってから一応エレナとウェンディにも見えないよな? と確認するイオ。
「知らん。寧ろ何で俺だけに見えるのか聞きたい」
「今も居るんですか?」
「そこでさっきの悪霊発言について抗議してる」
オルガの指差した辺りに三人が視線を向ける。ジッと見つめているがその瞳が何かを捉えた様子は無かった。
何故だかマリアはノリノリでポーズを決めたりしている。
『何だかとても注目されていて気分が良いわ!』
まあ、今まで視線を向けられる事さえ無かったのだろうから、マリアとしては久しぶりの経験だろうからオルガも何も言わない。
「久しぶりに注目を浴びて喜んでるな。さっきからポーズ決めて遊んでる」
「……ひょうきんな奴だな」
「随分と自我がはっきりしているんですね」
しかしながらやはり、三人には見えないのは間違いないようだった。
「うむ……。オルガは聖剣に選ばれなかったと言っていたが、保管庫から剣は出て来たのだろう? 実は聖剣だったのではないか?」
「そう言えばエレナの<オンダルシア>は対話出来るって言ってたよな。その延長じゃね?」
「いえ……少なくとも<オンダルシア>にそこまで明確な意思はありません。アレはどちらかと言うと……ある程度決まった事だけ会話が可能と言いますか……」
少なくとも、マリアの様にどうでも良い雑談をすることは無いと言う。
災浄大業物。聖剣の中の最高位でさえそれが精一杯。
「と言うかだ。これが聖剣に見えるか?」
オルガが腰からボロ剣を引き抜く。相変わらず刀身が欠けて錆びの浮いた酷い有様だ。
研ぎなおしたらどうなるのか分からないので入学時からずっとこのままである。
「……ゴミではないのか?」
『よし、オルガ。ウェンディちゃんの頬っぺた抓りなさい』
嫌だよ。とマリアの無体なオーダーを無視する。
「それ、保管庫から出てきた奴だったんですね」
「絶対聖剣じゃねえってそれ」
イオが三人の意見を代弁した。オルガもそう思う。
「その幽霊がマリアなのか?」
「そう」
「うむ……そうなると、マリアを見えたのは今の所オルガとフェザーンだけという事になる」
そうなるな、とオルガも頷いた。うーんとウェンディは何やら迷っている様だった。
それはマリアの存在に対する悩みと言うよりも、今頭の中にある考えを言うか言わないかを悩んでいる様だった。
「何か気付いたのかウェンディ?」
「うむ……いや、その。気を悪くしないで聞いて欲しいのだが……オルガを除けば魔族だけが見えたという事はそのマリアと言うのは魔族かそれに類する存在が見せているのではないか?」
ウェンディのその意見は、オルガにとって盲点とも言える物だった。
聖剣にそんな幻を見せる剣は無い。だが――魔獣、魔族ならばどうだろうか。その可能性は考慮していなかった。
ウェンディは兎も角、他の二人は割とガチで頭の心配をしている。