03 穢れ落ち
『良い事オルガ?』
指を一本立てながらマリアは何時もよりも厳しめの口調でオルガへ告げる。
『穢れ落ちって言うのは所謂魔獣になった人間の事よ。その恐ろしさについては……身に染みたと思うけど』
「……ああ」
四対一だったと言うのに一瞬たりとも勝利を確信できた瞬間など無かった。
全て終わった後に四人揃って生き残っている事が不思議に思えたくらいだ。
ただの獣でさえ、危険な生き物となるのだ。
そこに人間の知性が加われば。戦う技術があれば。更に徒党を組めば。
その脅威度は跳ね上がる。
『言っておくけどねオルガ。私が見たところだとあの穢れ落ちは弱い方よ』
「嘘だろ?」
『残念だけど本当。私が生きてた時代なら瞬殺よ瞬殺』
だからこそ悔しい、とマリアは表情を歪ませる。油断して一撃貰った事が相当腹に据えかねてるらしい。
『もしも次アイツに会ったらその時は代わりなさいオルガ。今回の雪辱してやるわ!』
「出来れば会いたくはないな……」
あんな嬉々として戦う様な相手。関わり合いになりたくはない。
「それよりもその穢れ落ちについて詳しく教えてくれ」
『ええ。勿論。今日はそのつもりだったし』
そう言いながらマリアは指を三本立てた。
『私の知識にある限り、穢れ落ちは大きく三種類に分けられるわ。一つ目がこの前遭遇した有獣種』
「あの半獣みたいな姿の奴だな」
『ええ。本当に強い有獣種ならあそこから更に全身を獣の姿に変えられるわ……そこまで行くともう魔獣その物だけどね』
つまり、ただの半人半獣の姿だったフェザーンはマリア基準では強くないという事だろう。或いは手を抜いていたか。
どちらにせよそんな相手に四人がかりで苦戦していたのだという話だ。先は長いなとオルガは嘆息した。
無論、一年足らずで一足飛びに強くなれるとは思っていなかったが。
『幽霊を見れるとは私も知らなかったわね。次から気を付けましょう』
「そうだな」
マリアの言っていた視線の動き。それに注視していれば、マリアに視線を向けていた事に気付けたかもしれない。
まだまだ相手の意識を読み取るというのも訓練が必要そうだった。
「他の二つは?」
『一つは長耳種。その名の通り長い耳が特徴。鬼祷術って言う怪しげな術を使ってくる連中よ』
「術?」
『まあ聖剣の特殊能力みたいな物かしら。あれよりももうちょっと色々出来る印象だけど……まあ個体差が激しいわ』
今一想像しにくかった。長い耳と言うのは特徴的なので分かりやすいなとは思ったが。
『有獣種と長耳種はまあ脅威度としては低いわ。基本的にこいつ等との遭遇数は少ないから』
「数が少ないのか?」
『と言うより、向こうも人とは共存できないのが分かってるから隠れて暮らしているのよ。こっちも態々追いかけて殺すような真似もしないしね』
要は住み分けという事だ。共存は無理でも、不干渉を貫く事は出来る。
『ただ――偶に同じ穢れ落ちとしての同族意識なのか。雇われて私たちの前に来る事も有るわ』
「雇われ……っていうと最後の一つの?」
『ええ。とびっきり危険で穢れ落ちと言う種の中でも最悪。有角種――角を持つ種よ。でもそれよりももっと端的な言葉がある』
マリアは嫌悪感を滲ませながら吐き捨てる。
『人食い種。アイツらは、人を食うのよ』
しばし、オルガは絶句した。
「食べる……ってそれは」
『性的に何てボケは言わないわよ。食欲として。アイツらは人の血肉で命を繋いでいる』
「っ!」
オルガが青ざめる。魔獣が人を襲って食らうのは知っていた。
だがまさか、人が魔獣化した場合でも同じ事があるというのは。その可能性は無意識に除外していた事だった。
『私たちが倒していた穢れ落ちも大多数がこれよ。他の二種と比べて圧倒的に危険度が高い』
「それは、そうだろうな」
明確に人を襲うのだ。しかもそれが本能に根付いた物だというのならば容易く止められるはずもない。
人を喰らう。その姿を想像してオルガは口元を抑えた。
『ちょっと大丈夫?』
「……平気だ。続けてくれ」
『意外と神経細いのね……話を戻すけど、有獣種がその頑強な肉体。長耳種が術。そして有角種にもそう言う能力が存在する』
「それは、どんな?」
『アイツらは僕を召喚するわ。どこから呼んでるのかは分からないけど……魔獣ともまた違う強力な獣達。偶にそれ以外も居たけど』
召喚獣とでも呼べばいいのだろうか。そう言った、己の配下を呼び出してくるのだという。
『被害規模も他の二種に比べて段違いよ。私達オーガス流の剣士は、こいつらを殺すために戦ってきたと言っていい』
三種類の概略を聞いて、オルガは頭の中で整理した。
要するに肉体特化か、特殊能力特化か、それとも配下の能力特化か。
そう言う意味では有角種は単独では一番弱そうに思える。
『あら。良い所に目を付けたわねオルガ』
マリアが満足げに微笑んだ。そこに独力で気付けたことが嬉しいらしい。
『そうよ。有角種はそれ単体では一番脆弱。召喚獣を相手取るなら召喚者を仕留めるのが手っ取り早いわ。狙えるなら狙ってみなさい』
まあそれはつまり召喚獣を掻い潜れという事なのだから相変わらず難易度が高いとはオルガも思うのだが。
『まあ大雑把にはそんな感じね。個々の能力は個体差が大きすぎて参考にならないと思うわ』
「つまり、大概は初見の相手になるって事か」
『余程有名なら別でしょうけどね』
そう言えばフェザーンは<オンダルシア>の名を知っていた。名が売れればああやって敵であってもその名前を憶えているのだろう。
「……穢れ落ちになる条件みたいな物はあるのか?」
『さあ? 私の時代にはまあ運が悪いとなる、みたいな感じだったわね』
「よく聞く話だったのか?」
『それなりに。月に一回か二回はどこかで聞くかなって頻度だけど』
穢れ落ちを退治していたマリアがその程度しか聞かないのであれば、それほど多い物では無いだろう。
「今は……全然聞かないな。アイツもそんなような事言ってた」
『ふーん? 何でかしらね……昔との違いと言うと……ああ。霊力の減少か』
それが関係あるのかどうかはオルガにも分からない。
『まあ穢れ落ちが増えないのは良い事だわ!』
「……その逆に戻るってのは無かったのか?」
『逆に聞くけどオルガ。魔獣がただの獣に戻ったなんて話聞いたことある?』
「……いや、無い」
『つまりそう言う事よ。一度なったら基本的には戻れない。有角種以外なら……まあ見逃してあげる事も有ったけどね』
それでもその最後は悲惨だという。
『穢れ落ちは人間よりもずっと長生きになるのよ。だから家族が死んでも自分だけはずっと生き続ける』
その孤独に耐えかねて自ら命を絶つ穢れ落ちもいたし、或いは同族たちの里を目指して旅立つ者も居た。
『だから増えなくなったって言うのは本当に良い事なのよ』
「……そうだな」
オルガは重い息を吐きながら。
マリアの言葉に同意を返した。
魔族は三種だ!
長耳!
有獣!
りゅ……あれ?