02 マリアの不調
『うーん、まあ悪くないかな。昨日はちょっと大分しんどかったけど』
フェザーンに切り裂かれて丸二日ほどマリアは姿を消していた。
その後もしんどいと口にしながら辛そうにしていただけにオルガは結構気を揉んでいた。
顔色がどうこうという事は無いのだが、全体的に色が薄くなるのは心臓に悪い。
徐々に戻りつつあるので回復はしているのだろうが。
『やーでもびっくりしたね! まさかアイツが私に触れるとは思わなかった』
「俺以外に見える奴が居るって事にもびっくりしたよ」
同時にあれはマリアと言う存在を証明してくれたことになるのだが。
『今度からもう少し気を付けないといけないわね』
「っていうか本当に大丈夫なんだよな?」
このまま消えてしまうのではないかと、オルガは真剣に心配していた。
何だかんだでこの騒がしい師匠が居なくなってしまったら――間違いなく悲しいだろうと。
彼女の願いを叶えて円満に別れたならば兎も角、あんな風に唐突な別れとなったらきっと後悔する。
『大丈夫よ。オルガにオーガス流の型を全て叩き込むまでは消えたりしないって』
心配性め、とマリアはオルガに笑いかける。でもその笑顔もいつもより薄くてオルガは少し胸が苦しくなる。
そんな表情。誰かが浮かべる所を二度と見たくなかったのに。
『それよりも修行の事なんだけどね』
「え? ああ……」
もうこの話は終わりとばかりにマリアが話題を変えた。
『肆式は頑張って私が本来の型を思い出すとして』
「本当に頼むぞ」
視線を逸らして居るのが何とも頼りない。本当に大丈夫なんだよな? と視線を向け続けるが合わせようとしない。
『伍式はあれ霊力見えないと使い物にならないって事を思い出したわ』
「……そうなのか?」
『自殺したいなら使っても良いけど』
「…………いや、それは無しで」
しばし考えこんでオルガはそう拒否を示した。だよね、とマリアも頷く。
『陸式も陸式で霊力が見えないと使い物にならないのよね』
「そんなんばっかじゃねえか。えっと次は……」
『漆式ね……ねえオルガ。今って寒い?』
私分かんないのよね、と言うマリア。
寒いかどうかと言われたら。
「大分気温は下がってきたな」
『んーとなると寒くなる前に修行を終わらせるのは厳しいか』
「寒さ、関係あるのか?」
『ええ。風邪引きたくなければやめた方が無難ね』
どんな修行だろうか。冷えると風邪を引く……まさか裸になれとでもいうのだろうか、この師匠。
『で次は捌式――言うまでも無いわね』
「ああ」
霊力が見えないとダメ。
『玖式……うーん。玖式かあ』
何やら悩みだしたマリア。そんなに問題のある技なのだろうか。
『いや、別にあれの修行に気温は関係ないし、霊力が見える見えないも関係ないんだけどね……』
そう言いながらマリアはオルガをジロジロと見つめる。
『いや、やっぱり無理ね。あれ霊力の消費が滅茶苦茶大きいのよ。オルガの霊力だと三発も撃てば気絶するわ』
「冗談だろ?」
『残念ながら全部本当よ。一日二回じゃ練習にならないしなあ……』
「……最後のは?」
何か嫌な予感がすると思いながらオルガは尋ねる。
『その剣じゃ無理』
シンプルな言葉。
つまり、残りの型は色々と理由があってまともに練習が出来ないという事である。
『サーベルみたいな反りのある剣じゃないと上手くいかないのよ』
「サーベルか……」
ウェンディが贈ってくれたミスリルの剣は真っ直ぐに伸びた直剣だ。マリアの言う剣とは真逆と言えよう。
『イーストシミターとか最高なんだけどね……』
「何それ」
『え。知らない? イーストシミター。東方で作ってた剣なんだけどね。細身で軽くて使いやすかったんだ』
「いや、聞いたこと無いな……東管区からの品にあるか見てみるか」
そんなに使いやすいというのならば少し気になる――と思ったがマリアの言う使いやすいだ。
余り当てにならないかもしれない。
『シャムシールとかも良いわね』
「そう言えば」
そこでオルガはふと思い出してボロ剣を引き抜いた。相変わらず錆びている。
「これはどういう剣なんだ?」
『うーん。この私の眼を以てしても分からないわね』
自称鑑定士のマリアだが、今の所その鑑定眼を発揮した所は見た事が無い。いや、ミスリル剣の時に何やら講釈をしていたが、合っているのか分からないのでやはり妄言の域だろう。
『でも元は業物だったと思うのよね。ここまで錆びても刀身が形保ってるって凄いわよ』
「って言うかこれお前の剣じゃないのか?」
マリアがこの剣に宿っているというのならば、何かしらの関係がある。
勝手にそう思っていたオルガだったが、どうもマリアは全く知らない様子だった。
『いや初めて見る剣よ。私こんな剣使ったこと無いし』
「まあお前がさっき言ってた剣とは全然違うよな」
結構造りとしてはしっかりしている。ブロードソードにカテゴライズされるのだろうか。
柄の辺りには凝った装飾が施されており、決して安物ではない風格を漂わせていた。まあ今はゴミだが。
「でも無関係って事は無いと思うんだが」
『……まあそうね。全く関係なかったら私、全然関係ない所に居ついてることになるわね』
それはまるでぼけ老人の様だとオルガは思った。流石に口には出さなかったが。
『やっぱりアレかしら。私の欠けてる記憶でこれ使ってたのかしら。でも好みじゃないのよねえ』
「そこは分からないけど……この剣を手掛かりに探すってのも一つかもな」
とは言え、聖剣でもない剣について調べて簡単に答えが見つかるとも思えない。
やはりマリアの生誕地を調べる方が早いだろう。
「やっぱり地図だな地図」
マリアに一度、大雑把な地図を書いて貰った事があるが滅茶苦茶下手糞だった。やはりこいつ、戦う以外は何も出来ないのでは? と言う疑惑がある。
余りに形も歪んでいたのでその場で判別を諦めたほどだ。
オルガも図形の作成能力に自信は無かったのでそこでマリアとの頂上決定戦を始める事は無かった。
『後は……穢れ落ちについて教えておきましょうか。次に馬鹿弟子がまたあんな無茶をしない様にするためにも』
少しだけ、いや、かなり怒った様な表情を作ってマリアはそう言った。
あ。これ結構本気で怒ってる奴だとオルガは身構えた。
変な技と修行が多いオーガス流後半の型……