45 小隊の証
固めの杯を交わそう。何てイオが言い出すから何事かと思ったが。
要は親睦を深めるためにお茶でも飲もうという事らしかった。
「ちょっと寮で駄弁りながらお茶でも飲むつもりだったんだけどな……」
とイオがぼやく。
目の前に綺麗にセットされたお茶道具一式を見て、遠い目をしていた。
それはオルガも同じである。
「……このカップ。幾らするんだろう……」
『その昔……とある貴族にお招きされてお茶した時の茶器に似てるわね……確かあの時は家宝だって言ってたけど』
オルガの手が震え出した。
「あの、大丈夫ですかオルガさん」
尋常じゃない様子のオルガにエレナが気遣う様な視線を向ける。
彼女だけはこの空間に気圧されていない様だった。羨ましい。
「大丈夫だ。俺は落ち着いている」
「嘘つけ。めっちゃ震えてるぞ」
もしも割ったらどうしよう。そう思うと身体の震えが止められない。弁償何て絶対無理である。
「うむ! 大丈夫だぞオルガ! 安物だ!」
「はい。仮に壊してしまっても問題ありませんのでお気遣いなく」
この場を用意した二人がそう言うが、絶対嘘だとオルガは思った。
これが安物なら、普段オルガ達が使っているような食器はもうただのゴミである。
震える手でカップをソーサーに戻してオルガは口を開いた。
「まあ改めて、うちの小隊へようこそ。ウェンディ」
「ありがとうなのだ!」
ニコニコと嬉し気に笑うウェンディ。ただ、どうしてそこまで喜んでいるのかオルガには良く分からない。
「……何でそこまでうちの小隊に入りたかったんだ?」
「む?」
丁度クッキーを口に運んだところだったウェンディはそれを噛み砕きながら答える。
「オルガと一緒に居たかったからだぞ?」
危うくテーブルに足をぶつけそうになった。
それは初耳だったのか。イオとエレナも眼を丸くしている。
「それはあれか。同じ治安維持の同志的な……」
風紀委員に熱心に勧誘していたのもそう言う理由だったはずだ。
同じ正義に燃える志を見たとかそんな感じの。
そんな物あるだろうかとオルガとしては疑問なのだが。
「うむ。それもあるが単純に私がオルガを好きなだけだ!」
『……ドストレートね。やったわよオルガ。これでオルガを好きな子が二人目ね』
さっきまでお茶会私だけ参加できない……オルガの貧乏舌じゃ味何て分かんない……と管を撒いていたマリアが楽し気に言う。
何だろう。ちょっとドキドキしてきたとオルガは己の心理に困惑する。
「おい、オルガ……オレの時とは何か態度違くないか?」
「えっ、イオさんもオルガさんに告白してたんですか!?」
エレナが少し大げさに驚く。イオは一瞬怪訝そうな顔をして、己の発言がどう捉えられるか理解して慌てた。
「い、や! 違う! そうじゃなくて。その、エレナがうちの小隊に来る前に夜の医務室で……」
「夜の医務室! そんな場所で一体何を……」
「だから、本当に何もなくて。ただオルガがオレが告白しようとしていると勘違いして――」
そう言えばそんな事も有ったなあ、とオルガは思い出す。
「勘違いされるような何かがあったんですか!?」
「だから違うってば。何でエレナはそんな興奮してるんだよ」
「し、してませんよ。ただ……その、私だけまだしてないのかなーと思ったら。その、疎外感が……」
「…………まだ?」
「言葉の綾ですよ!」
何やら失言した様子のエレナがイオに責め立てられているとウェンディが言葉を続けた。
「それにイオもエレナも好きだからな! どうせ一緒に戦うならお前たちみたいな良い奴と一緒に戦いたいと思ったのだ!」
「あ、好きってそう言う好きですか」
「オレは最初からそうだと思ったけどな!」
『……ちょっと残念? オルガ』
「……別にショック何て受けてないし」
どうせそんな事だろうと思ったが。思ったと言ったら思っていたのだが。
「お嬢様。私は仲間外れでしょうか」
「勿論、ヒルダも大好きだぞ!」
「ありがとうございます。お嬢様」
……メイドとしてのプライドか。良く分からないが大好きという言葉を引き出せて満足した様子のヒルダ。
機嫌よさげな彼女に注いで貰ったお茶を飲みながらしばし歓談していると。
「あ、そうだ。部隊章決めようぜ」
思い出したとイオが一枚の紙を広げる。
「部隊章?」
「そ。戦闘着の肩の所に部隊毎のエンブレムを付けられるんだってさ。そう言うのあった方が一体感あるだろ?」
「まあ、な」
『一体感は大事よ。前にも言ったけどそれを身に着けている事でその集団に属しているんだ! って一目でわかる物』
「エンブレムねえ」
あーでもないこーでもないと四人で言い合う。
四人の頭文字を入れようと言ったり。似顔絵にしよう! と言ったり。誕生花を並べましょうと言ったり。
最終的にそれぞれ好き勝手にマークを寄せ合う事になった。
イオは月。この前のウェンディとの合体技が大層気に入ったらしい。
エレナは花。元々の花好きに加えて<オンダルシア>の力は強靭な植物を思わせるからとか。
ウェンディは水。シンプルな水滴がそれを示す。
そしてオルガは。
「太陽、ですか?」
「いや、正確には太陽目掛けて突き立てる剣」
「一人だけ二個も使うのはずるいぞ!」
「小隊長特権だ」
ウェンディの抗議をオルガは聞き流す。
「で、これはどういう意味なんだ、オルガ?」
イオの問いかけにオルガは少し考えて答えた。
「まあ俺はほら。聖剣使えないからな」
太陽に挑むというのは困難に挑む事の象徴でもある。聖剣無しで聖剣に挑む事を現したのだというと皆納得した。
『ふむふむ。オルガにしては洒落た物を考えたじゃない』
とマリアが感心したように言う。
今言ったことは嘘ではない。嘘ではないが――全てでもない。
オルガが最初にマリアと出会った時。
オルガは彼女に太陽の輝きを感じたのだ。
ずっと冷えて閉ざされていたオルガの行く先に光を照らしてくれた太陽。
例え自分にしか見えないとしても。マリアがそれを気にしていないとしても。
他の人に見える場所にそれを記したかった。自分にとっての太陽があったのだと。
そんな事、当人には恥ずかしくて言えないけども。
ツンデレオルガ。