42 魔族
サバイバル試験は途中で中止となった。
候補生たちは森の外に出て、一塊になっている。
その周囲を教師たちが囲んで固めていた。
想定外に強力な魔獣が出現したからと言うのが表向きの理由。だがそれが嘘であることをオルガ達は知っている。
「……人型の魔獣なんて聞いたことねえぞ」
「私もです。少なくとも学院の資料にはそんな事、一言も……」
イオとエレナが困惑気味の声を漏らす。
だが自分の目で見た物は変えられない。
人と似た姿をしながら、同時に人を越えた能力を発揮していた存在。
聖剣で強化された肉体を上回る身体能力。
エレナの<オンダルシア>に匹敵する回復能力。
これまで幾多の魔獣を屠ってきたイオの攻撃耐える防御力。
その全てが人間ではないと告げている。
「……寧ろ俺からすれば人間だけが魔獣化の対象外だって話を信じていた方が驚きだ」
穢れ落ちと、マリアは呼んでいた。
彼女ならばもっと詳しく知っているのだろう。迂闊だったなとオルガは思う。
単にマリアにとっても当たり前のことで一々口にしなかっただけだろう。オルガの方から聞いておくべきだった。
そのマリアは、まだ居ない。
あれから半日が経過したがフェザーンの爪に貫かれて消え去ったままだ。
……マリアは幽霊だ。だからあんな物理的な攻撃でどうこうなる筈はないのだが――一体何が起きたのか。
そして、本当にまた現れてくれるのか。
戦いの中では忘れていた事が、こうして落ち着きを取り戻すと不安が次から次へと沸いてくる。
「これは内緒だぞ? 魔族、と言う物らしい」
唇の前に指を立てて、ウェンディがそう秘密を打ち明けた。
「魔族?」
小声でイオが尋ね返す。
「うむ。オルガの言う通り、魔獣化した人。その末裔たちだ」
「末裔って事は……普通に繁殖しているんですか?」
「その様だ。基本的には人と変わらぬらしい。私も見るのは初めてだったが」
魔族、とその名をオルガは口の中で転がす。なるほど、そう呼ぶのかと。まあ、人型の獣以上には思わないし、思うつもりも無いが。
「オルガも知ってたのか?」
「いや」
と首を横に振る。その名前までは知らなかったが――。
「ただ昔見た事がある」
「それは、幸運何でしょうか」
「いや、不幸だろ」
そのやり取りには答えずに、オルガはウェンディに視線を向けた。
「ウェンディはそれを誰から?」
「む……他の人には言うなよ? ヒルダだ。後我が思い出すのに苦労していた事も言うなよ?」
「ヒルダさんか……」
そう言えば初日以降、どこで何をしているのだろうか――。そう思っていると。
「お呼びですか、オルガ様」
唐突に背後から聞こえてきた声に身体を震わせる。
今日も全く気配が掴めなかった。
「驚かせないで下さい、ヒルダさん」
「これは失礼。良い反応をしてくださるのでつい」
慇懃に一礼して。その視線をウェンディに向けた。
「お嬢様。お待たせいたしました。試験が終了したとの事ですのでまた御側に控えさせていただきます」
「うむ。所でヒルダは何をしていたのだ? 手を借りたかったのだぞ」
「それは失礼いたしました。少々頑固な汚れを掃除しておりまして」
掃除? と四人は首を傾げる。この森のどこにそんな対象があったのだろうか。
「そうだ、ヒルダ。魔族と戦ったぞ!」
褒めて褒めてと言わんばかりの態度のウェンディだったが、それを見てヒルダは深々と溜息を吐いた。
「お嬢様……あれ程一人の時に無茶はしないで下さいと。私を心労で殺すおつもりですか。危険性については説いたはずですが」
「ひ、一人じゃないぞ。オルガ達と一緒だった」
忘れてたとも言えないウェンディがそう言い訳するとヒルダはオルガ達に深々と頭を下げる。
「オルガ様。イオ様。エレナ様。お嬢様を守っていただきありがとうございます。我が主に代わってお礼申し上げます」
「ああ。いや」
オルガは慌てて手を振る。
「寧ろ俺達がウェンディに助けられた。コイツが居なかったらどうなっていたか……」
「あ。そうだよオルガ! お前いきなり走り出しやがって! ウェンディ居なかったらどうするつもりだったんだよお前」
「そうですオルガさん。何の相談も無しに酷いです! 一人で行くくらいならちゃんと話し合ってからにしてください」
しまった。藪蛇だったとオルガは己の失敗を悟る。一人で先走った事をイオとエレナに責められて。
だがその理由を素直に言う訳にも行かない。
――二人には言いたくなかった。
「すまん。悪かったって! もう一人で勝手はしないから!」
「今度こそ絶対だぞ?」
「次勝手に動いたら……そうですね。首輪でも付けましょうか?」
「エレナ。目が本気で怖いんだけど……冗談だよな?」
「本気ですよ?」
首輪はちょっと勘弁してほしいなとオルガは思った。
「首輪と言えばオルガのこれはぶっ壊れたんだよな」
これ、とイオは円環を首元から取り出す。
「ああ。そうだな」
フェザーンの一撃に耐えられなかったのだ。だがあの一回の肩代わりが無ければ今生きてはいなかっただろう。
その意味では十分に役目を果たしてくれた。
「って事はウェンディの勝ちか?」
「む?」
そう言えば、そんな勝負をしていたなとオルガは思い出す。
何でも言うことを聞くという条件付きで。
「そうだな。ウェンディの勝ちだ」
まあイレギュラーではあるが勝負は勝負。
潔く負けを認めるべきだろう。
「やったなウェンディ」
「おめでとうございます」
そう言ってイオがウェンディの肩を軽く叩く。
エレナも手を叩いて祝福した。
おかしい。チームメイトの筈なのに。小隊の仲間の筈なのに。どう見てもウェンディを応援している。
仲間とは一体……。思わずオルガは悩んでしまう。
「う、うむ」
だがウェンディは勝ったと言うのに浮かない顔だ。と言うよりも、緊張していると言った方がいいだろう。
「さ、この負け犬に早く命令してやろうぜ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと頷かせますから」
やはりこの二人、ウェンディに完全に買収されていないだろうか。あれから他に何貰ったんだと追求したい所である。
二人の励ましの言葉を受けて、ウェンディはキッとオルガを睨む。
いや、緊張のあまり表情が強張っているのだ。
「わ、私からの命令は――」
ぎゅっと目を瞑って。身体を強張らせながら。
どんな無理難題を言われるのかとオルガは身構えた。
「私をオルガの小隊に入れてくれ!」
知ってた(




