40 奥の手
「あああああ!」
悲鳴が聞こえる。
手応えあり。
同時に浅いという感覚。
足場の悪い空中で、勢いの減じた状態だったのが仇となった。
刃は通った。だが両断するには至らなかった。
フェザーンが着地に失敗して、地面を転がる。
その拍子に臓物がはみ出ている様だったが、それも見る見るうちに塞がれていく。
「が、ぐ……この、妙な技を」
「チッ!」
仕留め切れなかったことにオルガは舌打ちを一つ。今のでオルガの霊力は底が見えて来た。
後は逃げるしかない。
「オルガさん!」
「邪魔をするな小娘!」
今までの余裕をかなぐり捨てて。フェザーンはエレナを切り裂き弾き飛ばす。
両断された状態で下半身だけ残されたエレナは明らかな致命傷。だがその状態からでも復帰できることはオルガも知っている。
問題は、ああなってしまうと下半身を完全に再生するので時間がかかるのだ。
――本人を前にしては言えないが正直人間とは思えない再生能力である。
エレナはしばらく戻ってこられない。
となると自力で何とか逃げるしかないのだろう。
霊力を脚部に集中させる。
そのまま一気に岩場目掛けて駆け出す。なるべく無様に。もう手が無くて逃げ出している様に見える様に。
そう言う演技は結構得意だった。
「逃がすかああ!」
後は相手が追ってきてくれるかどうか。一太刀浴びせられて激昂しているフェザーンはオルガを真っ直ぐに追いかける。
これで条件は整った。後は。
(……頼むぞイオ、ウェンディ)
本当にあの二人がフェザーンを仕留められるかどうかだ。
誰かに任せる。
オルガの中の声がその事に忌避感を示す。
お前は。
本番でもそうやって人に任せるつもりかと。
違う。
違う違う。
それだけは絶対に譲らない。
譲ってなる物か。
例え、仲間を――てでも。
オルガが岩場まで駆け上がる。フェザーンが直ぐその後に続く。
例え二人がしくじったとしても今度こそ自分が仕留める。その気概でオルガは振り向き。
眼前に生じた月を見た。
◆ ◆ ◆
――イオは己の聖剣が放つのは光だと、理解していた。
霊力と言う単語は知らずとも、溜め込んだ力を光として放出している。
束ねればそれはどんな鉄でも断ち切る刃になるし、撃ち出せばどこまでも届く矢となる。
光。光。
自分の聖剣がそれだと気付いた時にイオはふと思った。
鏡で反射できるんじゃね? と。
実験してみたら鏡は一瞬で溶けたし反射した光が自分の頭すれすれを飛んで行って死にかけた――が、確かに反射できた。
とは言え実戦でそんな鏡なんて用意していられない――と思っていた。
ウェンディと出会うまでは。
「なあ、ウェンディ。水ってさ……光反射するよな?」
「うむ! するな!」
水面が光り輝いているのを見たのは一度や二度ではない。
つまり、水で鏡を作って貰えば<ウェルトルブ>の攻撃を反射できるのではないか。そう考えたのだ。
そうして、ウェンディの協力を得ることでイオは<ウェルトルブ>の攻撃を一段階上の物へとすることが出来るようになったのだ。
それがこのオルガが月と見間違えた物体。
「縛れ、水球よ!」
ウェンディが残った水全てを使って球体を作り出してフェザーンを閉じ込める。ただ中空だ。
相手を窒息させるとかそう言う事ではないらしい。
そして薄い。こんな薄さでは直ぐに突き破られるだろう。
その水球にイオが<ウェルトルブ>を抜き放つ。
「さあ、遠慮なく全部吐き出せ……!」
水球へ、霊力を光に変えて放出する刃が突き立てられる。
内部を鏡面にして光を反射するようになった水球の中へ光が。
普段は一瞬で拡散してしまう攻撃も、反射されればその力が減衰するまで相手を焼き続ける。
内部に光が満ちた様子が、まるで月の様に見えたのだった。
実際には100%の反射ではないだろうが……それでも十分すぎる。
「ぐ、ぬぬぬ……」
暴発しそうになるイオの力を、ウェンディは必死の形相で球体の中に維持し続ける。その時間は一分ほど続いただろうか。
そして。
「ダメだ! もう限界だ!」
そう言って球体の天頂部から光の柱が登っていく。水球を維持できなくなったウェンディがそこから光を逃がしたのだ。
水球が消える。
果たしてその中に囚われていた相手はどうなったのか。
光によって全身焼き尽くされたフェザーンは――まだ生きていた。
黒焦げになった全身を修復しつつ。残った瞳でイオとウェンディを睨む。
口を開いて何かを言いかけたところで。
オルガが飛び込んだ。
残り霊力は少ない。だが、相手はまだ再生しようとしている。
今のダメージを回復させるわけにはいかない。そう考えた時マリアの言葉を思い出す。
『大概この手のは心臓の辺りなんだけどね』
エレナの再生能力を止めようとした時。マリアはそうぼやいたのだ。
ならばこそ。オルガにはその見極めは出来ないけれども。そこを狙う事は出来る。
捌式。陰陽・封神突き。
霊力の結束点に、己の霊力を打ち込み固定化する事で相手の能力を封じる技。
マリアの目が無ければ使えない、不完全な技。
だが狙う場所さえ分かっていれば――オルガ一人だって使える。
渾身の突き技が突き刺さる。
並の魔獣ならばその突きだけで死に至らしめる威力。
その一撃にも、フェザーンは耐えた。刃が相手の毛皮を突き破れない。それでも霊力は流し込めた。
相手の再生が、止まる。
致命傷手前の傷から再生しない。
その現象に困惑しつつも、フェザーンは困憊した目の前の三人くらいは殺せる――と考えた。
その背後から新たな気配が迫るまでは。
「させません!」
上半身と下半身をくっつけたエレナが戦場に復帰する。その刃を受けつつ、反撃で切り裂く。
エレナの傷は癒えて、フェザーンの傷は癒えない。
不味いと、フェザーンは思う。このままこの娘と消耗戦をしたら先に力尽きるのは自分だと。
悟ったフェザーンはエレナを殴りつけて距離を取った。
どうするつもりかと、オルガ達四人の視線が突き刺さる。
「……これは御姉様と合流ねえ……」
全くひよこ相手に不甲斐ないと自嘲しながら、フェザーンは逃走を選択する。
「また会いましょう」
そう言い残して、駆け出す。見る見るうちにエレナを引き離していった。まだそれだけの余力は残っていた。
大して、オルガ達は限界だった。
オルガは後一発でも技を使えば意識を失っていただろうし、イオの<ウェルトルブ>は開店休業。
ウェンディも水が無くては何も出来ず、それなりに元気なのはエレナだけだが彼女も連続の再生で消耗している。
あのまま続けていたらどうなっていたか。
生き残った。薄氷の上に乗っていた勝利に四人は知らず内に止めていた息を深々と吐いた。
尚、候補生の中で一番学校の器物を破損させているのはオルガイオのコンビです。
やはり問題児……