39 隣に仲間の居る戦い
オルガとエレナにとって不利な要素は挙げればキリが無い。
それでもその不利を乗り越えなければ未来は無い。
エレナが再び刻まれる。敢えて彼女は攻撃を受ける事で、相手の隙を誘っている。
例え相打ちであろうと、傷が癒される以上エレナにとっては得となる。
とは言え今回は相手も再生している。見る限り、エレナと同等の再生能力はある様だった。
オルガに同じ真似は出来ない。
ならばオルガがするべきはスピードによる翻弄。ただし直線加速では分が悪い。
挑むべきは――小回りの良さだろう。
エレナの反撃が突き刺さったタイミング。
そこへオルガも飛び込んでいく。
霊力を絞った、壱式。鏡面・波紋斬り。
相手の守りを突破するにはこの技しかない。弐式では威力が足りない事は明らかだった。
「うっふふ。お仲間が来て少し元気になったみたいね。良いわよ。特にお互い庇い合っているのが最高」
腕で防がれる――が、オルガの指先に返ってくる感覚が先ほどまでと少し違う。
相手の毛皮を切り裂けた。その手応えに遅れず、オルガは霊力の振動波を流し込む。
疵が一瞬で穿たれる。皮だけで辛うじて繋がっている状態になった己の片腕を見てフェザーンはあら、と驚いたように目を瞬かせた。
「驚いたわね。私の守りを貫くなんて」
ここが好機、とばかりにエレナが一際強く押し込む。
「貴女も。随分と我慢強いのね? これだけ刻んでも悲鳴の一つも挙げないなんて立派よ」
エレナは返事をしない。ただ相手を睨んで<オンダルシア>を前へ押し込む。
断ち切る。その意思だけが相手に伝われば良いという態度だった。
――少し前の自分だったらきっと叫んでいたんだろうなとエレナは思う。
一人きりで戦っていた頃。
誰も隣に居なくて誰も後ろに居なくて。
遠い家族の為だけに戦っていた頃。
泣きたくて泣きたくて。でも自分からじゃ動けなくて。考えすぎて雁字搦めになって。
そんな日々の中で手を差し出してくれたことを本当に感謝しているのだ。
大げさでも何でもなく。エレナにとっての救いだった。
だから助けたい。
自分が助けて貰ったみたいに、今度は自分が二人を。
そして今。オルガが一人で突っ込んでしまった。
どうしてそうしたのかとか気になる事は色々とあったけど、イオと二人顔を見合わせて直ぐに追いかける事を決めたのだ。
守る。
隣で戦っているオルガも。
後ろで止めの為に準備をしているイオも、ウェンディも。
一人きりじゃない戦いが出来るのだ。
怖い事なんて何もない。
そんなエレナの表情を見てフェザーンは益々笑みを深くする。
「良いわよ。互いを信頼している姿……楽しみだわ。彼の死体を目にした時。貴女がどんなふうに泣くのか!」
弾かれた様に、フェザーンが標的をオルガに変えた。
今の猟奇的な発言を実現すべく、オルガを両断しようと爪を振り下ろす。
「ふっ!」
その爪を弾き飛ばす。お互い両腕が跳ね上がった状態。そこへ間髪入れず、オルガの蹴りがフェザーンの腹部へと突き刺さる。
鉄板入りのブーツによる蹴りはそれなりの衝撃を相手に与えた。自作した甲斐があるという物だ。
そこで止まることなくオルガは怯んだフェザーンを足場に跳躍。
木の幹。その側面に着地して更に飛ぶ。
「あら? 追いかけっこかしら!」
木々の枝を足場に、オルガは縦横無尽に駆け回る。
着地した枝から飛び移る瞬間に刃を一振りして切れ込みを入れる。そうすることで相手の追跡をしづらくする。
枝葉の中に紛れて相手を振り切ろうとする。
だがどれもうまくいかない。そもそもの身体能力が違い過ぎる。単純な追いかけっこではやはり分が悪い。
それでもフェザーンの無警戒さのお陰で誘導地点までは大分近づけた。後200メートルと言ったところか。
その追走劇の中で、葉を茂らせた大振りな枝を挟んだ瞬間にオルガは唐突な反転をした。
空中でお互いに向かい合い、互い目掛けて跳躍した。
「あら! 追いかけっこはお終い!?」
このまま誘導したいところだが――逃げ回ってばかりではフェザーンに感づかれる。ここで一当てしておく必要があった。
足場の無い今。お互い静止も出来ない。ただ跳躍の勢いのまま突き進むのみ。
そんな空中戦の中でオルガは瞬時に霊力を練り上げる。
これからやろうとしている事には大量の霊力と、集中力が必要だ。
少しでもタイミングをミスったら――逃げ場のない空中だ。オルガは今度こそ三枚に下ろされる。
マリアが見たらまた無茶をして! と怒るだろうな、とそう思いながら。
参式。飛燕・木霊斬り。
相手の視界内ではもう囮としても約に立たない技だ。まして今の様な真っ向からの突撃に使う物ではない。
だが一点、先程エレナの背から飛び出した時の様に相手の目を晦ますことが出来れば。
この技は息を吹き返す。
枝に茂った葉がオルガの姿を隠す。
全身の霊力を溢れさせながら、オルガは新たな技を繰り出す。
弐式。朧・陽炎斬り。
この技もフェザーン相手には役に立たない技だ。単純に見破られているし、威力も足りない。
だから狙うべきはフェザーンではなく、別の物。
それは――少し離れた位置にある木の幹。
そこへ霊力の刃を突き立てる。
その抵抗がオルガの跳躍の勢いを殺した。フェザーンと交錯する筈だったタイミング。それが大きくずれる。
だがフェザーンはそれに気づかない。
何故ならば彼女は今、目の前にあるオルガの気配――先ほどの木霊斬りが生み出した霊力の分身を追っている。
空中で減速する事があり得ない以上、見失ったとしてもその気配を頼りに出来る。
爪が空振りした。完璧にタイミングをずらされたフェザーンの一撃が空を切る。
そして、ズレる事を承知していたオルガは、更なる技の準備をしている。
イオは誘導しろと言った。
だが――機会があればオルガは仕留めるつもりだった。その好機を見過ごしてまで作戦に固執するつもりはない。
壱式。鏡面・波紋斬り。
相手の守りも無く。
無防備な腹部へとオルガの剣技が叩き込まれる。
その手ごたえを感じながらオルガはミスリルの刃を一息に振り切った。
オルガ、ぴょんぴょん跳ねる。