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36 穢れ落ち

『オルガ! オルガ止まって! こっちは不味い!』


 マリアが突然反転したオルガを制止しようと声をかけ続ける。


『オルガの試験だから口を出さないつもりだったけどこっちだけはダメ! 直ぐに二人と合流して!』


 霊力による身体強化。様々なトレーニングによって基礎能力を向上させたところへ、扱いに慣れて来た霊力の操作。

 今のオルガは一月前とは完全な別人だ。

 他の生徒も聖剣による強化に慣れて来たのでその差は縮まったとは言えない。だが確実にオルガは生身で人から外れた能力を獲得しつつある。

 

 その足をフル活用してオルガは移動する。最早それは跳躍を連続しているような物。

 矢の如き勢いで地面を蹴って前へ進んでいる。

 

『危険よ! 穢れ落ちが居る!』


 マリアの制止に混ざって戦闘の音が聞こえてくる。そして、森の中にもその痕跡が見え始めた。

 時折、戦闘着の一部が中身入りで落ちている。

 それを見てオルガは痛まし気に表情を歪めた。

 マリアも散らばる被害を見て更に声を張り上げる。

 

『オルガ!』

「……すまん。マリア」


 一言だけ謝る。

 だが止まる気も戻るつもりもない。この先に――求めていた相手が居るかもしれない。そう思ったらもう止まれない。

 

 戦闘音が近付く。

 少し森の開けた場所――いや、戦いの結果開けてしまったのか。

 

 そこに居たのはピンクゴールドの髪を二つ結びにした少女。ウェンディ。

 そしてもう一人。雪のような銀髪の持ち主。その二人が向かい合っている。

 

 オルガが息を吸い込む。それに一手先んじてウェンディの視線が一瞬オルガの方に向いた。

 それに気づいて銀髪の方は大きく跳躍した。人間の――いや、聖剣の使い手でさえそんな跳躍力はあり得ない。

 軽々と百メートル近く飛んで、着地する。

 

 その顔が見える。青い瞳の女。だが――その頭頂部からは人の物では無い獣の耳が生えていた。

 見れば腕も獣毛に覆われており、伸びている爪は凡そ人からかけ離れている。

 

 人と獣の入り混じった様な姿。それを認めてオルガは吸い込んでいた息を吐いた。代わりに見知った顔に声をかける。

 

「大丈夫か、ウェンディ」

「うむ。正直助かったぞオルガ」


 少し安堵を滲ませた表情でウェンディはオルガの登場を歓迎した。

 あのウェンディが苦戦させられる相手か……と思ったところでふと気づく。

 

「ウェンディ。お前水は?」


 何時ぞやの時のように、周囲に浮いている水が無い。もしやと思って尋ねる。


「水筒に入っていた分だけだ」


 悔しそうにウェンディはそう告白した。

 なるほど。ウェンディの聖剣は水を操る。

 それが潤沢ならばそれこそ多彩な事が出来るのだろうが――不足していたらやる事も限られるという事だ。

 

 聖剣に纏わせた水の塊。それでほぼすべてという事だろう。

 

「うーん。うーん? 貴方何か変ね。貴方のそれ、聖剣じゃないみたい」


 猫のような瞳を細めながら、銀髪の女はオルガをジロジロと見る。聖剣かどうか、見ただけで分かるらしい。

 それだけで尋常な人間とは思えない。

 

『穢れ落ち……有獣種かっ!』


 忌々しそうにマリアが吐き捨てる。

 

「まあいいわあ。この森に居るひよこは全員殺すつもりで来たんだし……御姉様は遅いわね。どこで道草食ってるのかしら」

「……オルガ。コイツが何か分かるか?」


 ウェンディがそう尋ねてくる。その声が聞こえていたのか、女は嘲るような笑みを浮かべた。

 

「ふふ。何も知らないのねひよこさん? ああ、でも貴方達が私達を知った時の驚いた顔が素敵だから教えてあげる。私たちはね」

「魔獣だろ」


 オルガがそう言葉を遮る。

 

「魔獣化した、人だ」

「あらん? ちょっとは博識な子も居たのね」


 あっさりと己の正体を明かされて、少し残念そうにしながら女は肩を竦めた。

 

「人、だと? 人が魔獣化するなんて……いや、待つのだ……確か前にヒルダが――」

「おかしくは無いさ。あれだけ色んな種類の生き物が魔獣になるんだ。人だけが例外って事は無いだろうよ」

「ま、知らないのも無理は無いわねえ。最近人から私達に仲間入りした子ってあんまり聞かないし。ただね。坊や。私たちは魔獣なんかと一緒にしないで」


 どこか苛立った様子。それを眺めてオルガは目を細める。

 

「私たちは獣なんかじゃない。人よりも優れ、人よりも高い能力を得た上位種。魔の力を得た魔族と――」

「興味ないな。獣の呼び方なんて」


 そう言いながらオルガは剣を構える。その瞳に退却の文字は宿っていない。

 今ここで一戦交えるつもりなのは明らかだった。

 

「坊や。年長者の話はちゃんと聞くモノよ。後悔したくなければね?」

『オルガ、あんまり挑発しないで。ウェンディちゃんと一緒に撤退する事を考えて。こいつはオルガの手に余る』

「……なら教えてくれよ年長者。さっきから人に擦り寄ってくる寄生虫がぴーぴーぴーぴーうるさいんだけどどうすれば鳴き止むかな?」


 女の口元から笑みが消えた。

 

「この私に、フェザーンにそんな舐めた口を利くなんて……良いわよ。貴方とっても良い。そんな生意気な奴。聖騎士にだってそうはいなかった」


 次の瞬間、オルガの眼前に爪が迫る。揃えられた三本の爪は、オルガの頭を三分割して尚余りある威力を備えているだろう。


 フェザーンの爪にオルガの頭が切り裂かれた。

 瞬間、オルガの姿が掻き消える。霊力によって生み出された分身。

 

 オーガス流剣術参式。飛燕・木霊斬り。

 それが作り出したオルガの残滓をフェザーンは誤認していたのだ。

 既にオルガはフェザーンの懐に入り込んでいる。

 

 オーガス流剣術壱式。鏡面・波紋斬り。

 下段から逆袈裟に切り上げられた一閃はしかし、並外れた身体能力によって切っ先を掠めるだけに終わった。

 相手の服を裂き、だがそこまでだ。その下の毛皮を断ち切るには至らなかった。

 

 否――。

 

「へえ。驚いたわね」


 己の腹に刻まれた僅かな傷を、指でなぞる。薄っすらと着いた血。それを齎した傷は直ぐに塞がった。

 

「私の防御を貫いてくるなんて。ひよこにしてはやるじゃない」


 仕留め損ねたとオルガは歯噛みする。初見が最も仕留めやすい好機。だと言うのにしくじってしまった。

 

『気を付けてオルガ!』


 始まってしまった物は仕方ないとマリアは思考を切り替える。可能な限り相手の情報をオルガへ伝える。

 

『有獣種の身体能力は並外れてるわ! 霊力で強化してもまだ追いつけない! スピードで挑むのは危険よ!』


 そう言い切るよりも早く。再びフェザーンがオルガの眼前に現れる。瞬きしたほんの一瞬で再び距離を詰められたのだ。

 

 だがオルガもただ棒立ちしていたわけではない。再びの参式。霊力の分身で攪乱しようと――。

 

「ダメよう坊や? それはさっき見たわ」


 今度はフェザーンも騙されなかった。その瞳はオルガの実体を捉えている。

 

『後ろに飛んでオルガ!』


 その声に従って、オルガは全力で地面を蹴る。その瞬間、腹部をフェザーンの拳が穿って行った。

 衝撃がオルガの胴体を打ち砕こうとする。その衝撃に耐えきれず、オルガの円環が砕けた。

 そのまま生み出された鉄の繭。それさえも打ち砕き、オルガを吹き飛ばす。

 

『オルガ!』


 円環とその守りのお陰で吹き飛ばされて打ち付けた背中以外にダメージは無い。だが二度目は無いだろう。

 

 追撃しようとしたフェザーンをウェンディが剣から伸ばした水の鞭で牽制する。

 それが無ければ次の攻撃でオルガの胴は今度こそ貫かれていたに違いない。

 

 参式を過信しすぎていた。あれは相手の目を惹きつけてくれるわけではない。

 使うタイミングを誤ればその効果は激減するのだ。

 

『代わってオルガ! 今の貴方じゃ――』

「ああもう。さっきから貴方煩いわよ」


 一瞬何を言っているのかその場の誰もが理解できなかった。

 そして次の瞬間にオルガとマリアだけが気付く。

 

『まさか貴女! 私が見えて――』

「邪魔よ、消えなさい」


 フェザーンの爪がマリアを貫く。

 

「マリア!」


 驚愕の表情を浮かべたまま――マリアは姿を消した。

やったか!

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― 新着の感想 ―
[一言] やったか!はやってないフラグ!そのうちマリアの時代から生きてる穢れ落ちとか出てきそう。
[一言] 魔獣は聖属性?
[一言] いかにマリアといえどこの爪で貫かれてはひとたまりもあるまい! それにしてもオルガの反応が楽しみだなあ。
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