34 二日目
ふとイオは目を覚ました。
何だかぐっすり寝てしまった様な気がする。
「……交代の時間まだかよ」
エレナを起こさない様に注意しながらイオはテントから這い出る。
そこで見たのは――虚空に向けて剣を振るっているオルガの姿。
素振りだろうかと思うが、その動きは明らかに見えない何かと戦っているかのよう。
イメージトレーニングにしては当人の表情が切羽詰まっている。
「お、オルガ……?」
何かヤバい物でも見えているのではないかと思ったイオは恐る恐る声をかける。
と、オルガは動きを止めてイオの方を振り向いた。
「起こしたか。悪いなイオ」
「いや……それは良いんだけどよ。今何してたんだ?」
「え、何って……イメージトレーニング?」
何故疑問形になるのだとイオは少し怖くなる。
きっと睡眠時間が足りなくて疲れているのだろうとそう結論付けた。
「それよりも交代時間はまだか? 何かお前疲れてるみたいだし早めに交代しても良いぞ」
「あー。そうだな」
そう言ってオルガは砂時計を指先で摘まむ。何時の間にやら砂は落ち切っていた。
「時間過ぎてるじゃねえか」
「みたいだ……じゃあ後頼むな」
流石にオルガも眠くなってきた。
イオに片手をあげてテントに潜り込む。
『イオちゃんと違ってうっかりしたら変なところ触りそうね』
「そういう事言うな」
エレナに触れない様に注意しながらオルガは目を閉じる。
『ちなみにオルガはさっきの砂時計が落ちるまでの間に117回死亡しました。次はもっと頑張ってね?』
コイツ、あれで手加減してたって言うんだから信じられねえ。そう思いながらオルガは目を閉じると瞬時に眠りに落ちた。
この寝つきの良さも一つの才能であろう。
そうして日が昇り、朝。
オルガが眼を覚ますとテントの中には誰も居なかった。
どうやらエレナは先に起きたらしい。
「おーオルガ起きたか」
「おはようございます、オルガさん」
二人は既に朝食の準備を始めている。昨日の肉の残りを焚火で炙って居て、美味しそうな匂いがしてくる。
「オルガ、顔洗うついでに水汲んできてくれ」
「分かった」
見れば水筒とは別に用意した水を貯蔵する袋が空になりつつある。拠点に置いておく分として確保しておかないといけない。
そう思いながらオルガは水汲みに向かう。
『昨日のあの訓練は結構良いわね。何より私が楽しいわ』
「ああ。そりゃああれだけすぱすぱやれば気分いいだろうよ」
あれが本物の剣だったら今頃オルガは挽肉だ。さぞかし美味しいハンバーグが作れるだろう。
『戦闘の機微を知るのにも役立つし。ええ。日課にしましょう』
絶対半分くらいはマリアのストレス発散だろうな、とオルガは嘆息。
水場として使っている池。野生の獣でも居たらとっ捕まえようかと思ったが姿はない。
もしかして。自分達が使っているから獣も嫌がっている可能性は無いだろうかと考える。
顔を洗って。水を汲んで。
「……うん?」
水面が揺れていた。地面が揺れている――と言う訳でもない。ならば何故と思いながらオルガは剣を抜いて警戒する。
もしや、水棲の魔獣でも居たのか。
そう思っていると池の真ん中から巨大な水球が浮かび上がってくる。
「これ、は」
『あら。どっかで見たわね』
大きさこそ違えど、似た現象は見た事がある。
オルガ達が見守っている前でその水球は弾けて、中から人が飛び出してくる。その人物は池の表面に着地――もとい着水した。
「ウェンディ?」
「うむ? おお、オルガか! 奇遇だな!」
その人物はピンクゴールドの髪を二つ結びにした少女。昨日出会ったヒルダから頼まれたウェンディだ。灯台下暗しにも程がある。
「お前……池の中で何を?」
「うむ! ここが私の拠点だ!」
曰く、池の中で水を避けて、そこで寝ていたらしい。水を操る彼女の聖剣ならばそんな事造作も無いとの事だ。
なるほど、大量の水その物がウェンディを護る防壁兼見張りとなる。
お陰でぐっすり眠れたぞ! と言うあたり、ヒルダが心配する様な事は何も無いように思えた。
「そうか。一人だって聞いたから少し心配した」
「ふっ! 余裕だなオルガよ!」
「うん?」
「忘れたのか、私との勝負を!」
「……ああ」
忘れてた、と口にしないだけの気遣いはオルガにもある。だが引き分けが無い――最終日に両者残っていたらウェンディの勝ちだ。
その条件だと多分負けるだろうなと言う確信があった。
ウェンディが最終日以前で脱落するとかあるとしたらそれはきっと食料をどっかに落っことしたとかだろうと。やはりその可能性は高い気がしてきた。心配である。
「この時間にここに居るという事は……オルガの拠点もこの辺りか」
「まあそうだな」
そう言うとちょっとだけ、ウェンディは表情を曇らせた。曇らせたというよりもそれは羨望、だろうか。
一人で試験をすると言った物の、何時も側に居るヒルダが居なくて寂しいのかもしれない。
とは言え勝負しているという体面上協力体制を敷く事は出来ない。
となると妥協点は……。
「ウェンディ。朝ごはんは食べたか?」
「む? まだだが」
「なら一緒に食おうぜ。勝負してたってそれくらいは良いだろ」
そう言ってオルガは返事も聞かずに歩き出す。
「え、まだ行くなんて……」
「おーい。早く来いよ」
「い、今行く!」
強引に、オルガはウェンディを引っ張り出す。別に勝負をしていたってご飯くらいは食べても良いだろうと。
少し人と話せば寂しさも紛れるだろうと。
一人きりが寂しいのはオルガも良く知っているから。
予期せぬ来客にイオとエレナも歓迎して。ワイワイ話しながら朝食を摂った。
それが終わるとウェンディはすぐさまオルガ達の拠点から離れていく。負けないぞーと元気に言いながら。
「何かちょっと元気無さそうだったけど大丈夫そうだな」
年が近いからか。それとも性格が近いからか。その辺りを敏感に感じ取っていたイオが少しほっとしたようにそう言う。
「今一人みたいだからな……寂しいんだろ」
「ああ。なるほどな」
オルガの言葉にイオも納得した。
「オレも偶に兄貴に会いたいって思うし……家族と会えないのは寂しいよなあ」
そうだな、とオルガは返事をする。でも――待てば何時か会えるのだからそれはきっと幸せなのだろうと思いながら。
オルガともども寝坊しました! 許してください何でもしますから。