31 真夜中の森
オルガって寝ている時本当に身じろぎ一つしないよね、と言うのはマリアの談だ。
曰く、本当に生きているのか心配になるほど動かないらしい。
それを聞いた時オルガは意外だった。
何しろしょっちゅう夢を見る。さぞかし寝言が煩い事だろうと思っていたのだから。
何故そんな事を今思い出したかと言えば、イオは滅茶苦茶動くタイプだった。
ふと目を覚ますとイオの拳がオルガの頬に突き刺さって、脚がオルガの腹の上に乗せられている。
『あら起きたオルガ? そんなになっても起きないから大丈夫かなってちょっと心配になったかな』
「……こいつに敵意が無かったからだろうな」
じゃなきゃ絶対に目を覚ましていたと思いながらオルガはイオを起こさない様に足などを退かす。
交代の時間はまだだろうかと思い、オルガはテントから出た。
それを確認するための砂時計は今はエレナが持っている。
焚火の側は兎も角、少し離れると夜の冷気が忍び寄ってくる。オルガは身体を震わせた。
そんなオルガにエレナは気付いたらしい。視線を向けてくる。
夜の闇に紛れていると、彼女の紫紺の髪はうっそうとした森の中に溶け込んでいる。ぱっと見では分かりにくい。
「あら、オルガさん。まだ交代まではもう少しありますよ?」
「いや、目が覚めたからな……少し早いが代わろう」
今から寝なおすには少々時間が半端だ。
何度もテントを出入りしていたらイオも起こしてしまうかもしれない。
だったらここでもう交代してしまった方がいいだろう。
「ダメです。オルガさんの負担はただでさえ大きいんですから。休む時にはしっかりと休まないと」
『まあそうね。どうせイオちゃんは少し遅れて交代するつもりなんでしょ? 流石に体力キツイわよ』
二人から休めと言われるが、もう一度テントに戻る気は無かった。
そんな考えを見透かされたのか。
エレナが溜息を一つ。
「オルガさん、ちょっとこちらへ」
ちょいちょいと手招きされた。
疑問符を浮かべながらオルガはエレナの横に座る。
「失礼しますね?」
いきなり頭を鷲掴みにされた。咄嗟の事に振り払おうとするが――。
振り払えない。コイツ、意外と腕力がある! とオルガは驚く。
そのままエレナはオルガの頭を地面へと叩きつけようとする。
突然の蛮行に混乱しながらも、どうにかダメージを抑えようとしたオルガだったがそれは無用な心配だった。
受けた衝撃は柔らかな物。叩きつけられた先は地面ではなく、エレナの太ももの上。
「休むつもりがないなら時間までここで休んでもらいます」
「いや、ちょ、離して……」
『ぷーくすくす。オルガったら顔が真っ赤よ』
マリアに心の中で悪態を吐きながら、所謂膝枕の状態から脱しようとオルガは藻掻く。
が、エレナの思いのほか強い腕力に諦めた。
「やっと大人しくなりましたね?」
「今のエレナすげえ悪役っぽい」
自分の気恥ずかしさを無視すれば、まあそれなりに心地良い物だった。
そこが無視できないのが問題なのだが。
「イオちゃんにもしてあげたんですが中々好評だったんですよ、これ」
「いつの間に……」
「オルガさんがぶんぶん剣を振ってる時です」
何時だ。大体何時も剣を振ってるから分からない。
「少しオルガさんは私達を頼ってくれてもいいんじゃないですか?」
「十分頼ってるつもりなんだけどな……蜘蛛が出たら全面的に任せるつもりだし」
「うーん。そうでしょうか。いえ、蜘蛛は置いておいて」
マリアにも以前言われた事だし、オルガは多少なりとも二人を頼る様にしていた――つもりだった。
だが二人からするとどうやらそうではなかったらしい。
「例えば。先日のウェンディさんとの小隊戦」
「あれは。俺一人でやらないと――」
「私じゃ意味は無かったと思いますけど、イオさんと言う選択肢だってあったと思いますよ?」
それはどうだろうと、オルガは思った。
イオとウェンディでは相性が悪い、と言うかイオの<ウェルトルブ>の使い方は基本的に護衛付きで撃つか、開幕奇襲かのどちらか。
まだ彼女単独で真っ向勝負は厳しい。或いは、聖剣の性質上それは叶わない事かもしれない。
そんな事はエレナも分かっているはずだ。そう尋ねたらあっさりとエレナは頷く。
「でもオルガさんはそれを全部一人で決めましたよね?」
「まあ……」
「せめて相談してほしかった、って私もイオさんも思いましたよ?」
相談したところで結論が変わったとは思えない。
だけどオルガは納得した。要は、オルガが一人で何でも決めてしまっているのが問題だというのだ。
結論の妥当性ではなくそのプロセス。
「何だかその内オルガさんが一人で決めてどこかに行ってしまいそうで不安になります」
そんな事はない、とは言い切れなかった。
何時ぞや、イオの為に圧倒的に不利なカスタールとの戦いに挑んだように。
オルガはいざとなればきっと自分にとっての最善を見つけてそこに突っ走る。
エレナを助け出した時は偶々イオとその目的が一致しただけ。
もしもあそこでイオが躊躇っていたらオルガは一人でも小隊戦を挑んだだろう。
つまりはそう言うところをエレナは見透かして指摘しているのだ。
「私だって、頼りないかもしれないですけど助けくらいにはなりますよ? ええ。隣でも後ろでも。誰か一緒なら怖くありません」
何時ぞや一人きりで戦うのは怖いと泣いていた彼女とは思えない程に頼もしい言葉だった。
「……ありがとう。いざって時は頼りにさせてもらう」
そう、顔を見て礼を言いたかったのだが――顔が見えない。
「エレナも色々と大変だな」
「へ? 良く分かりませんが……お気遣いありがとうございます」
少しオルガは目を閉じる。焚火の温かさと頭部に感じる温もり。
何となく懐かしい。
ずっと昔。夜の暖炉の側で感じた穏やかな時間。もう戻っては来ないそれをオルガは思い出していた。
交代時間が来るまで、二人はそうしていた。
少し照れながら、エレナがテントの中に戻っていき、オルガの見張りの時間が始まる。
と言っても、注意すべきはテントの周囲に仕掛けた鳴子の音だ。
その警戒網は人であっても容易くは越えられないだろう。
そう、そこを苦も無く越えて来たのは――。
「……水の音?」
パシャパシャと言う水の音にオルガは腰を浮かせる。
どこから聞こえてくるのかと言うのは愚問だ。
水場として確保したあの池に決まっている。
一体何がこの音を立てているのか。オルガは気になった。
エレナの女子力(腕力)は小隊一