07 じゃれ合い
本日3話目です。
睨み合った瞬間、切っ先が、眼前を通り過ぎていく。
その刃をオルガはほんの少し身体を後ろに傾ける事で躱した。
眉間の辺りに、薄らと横一文字に刻まれた傷。微かに血が滲み出す。
「……へえ?」
完全な不意打ち。その一撃を回避されて尚、カスタールの表情が楽し気に歪んだ。
むしろ、漸くこれで彼はオルガを視界に収めたと言ってもいい。
回避はしたが、オルガとしては驚きを禁じ得ない。
「正気か? こんな所で聖剣を抜くなんて」
候補生同士の私闘など、発覚したら大問題である。
少なくとも、この場にいるカスタール以外の面々はそう認識していたらしい。
背後のイオも身を固めているし、下っ端二人でさえ表情を青ざめさせている。
「はっ。この程度のじゃれ合いで学院が動くかよ。現にお前は、大した怪我もしていない」
それは結果論だろうと、オルガは思う。
少なくとも避けなければカスタールはオルガの視力を奪い去っていただろう。
或いは、避けなければ寸前で止めるつもりだったのか――その真相はカスタールにしか分からない。
『なるほど……じゃれ合いね』
冷え切ったマリアの声。
不味いとオルガが思うよりも先に彼の右腕が意に反して動いた。
体力トレーニングの最中であっても常にその重さを意識すべきというマリアの言で持っていた鉄剣。
抜き打ちで放たれたそれがカスタールの首元へと突き付けられる。
その速度は尋常では無かった。少なくとも、この場の誰もが反応できない程に。
カスタールの首筋へオルガが負った傷と全く同じだけの傷が刻み込まれた。薄っすらと滲み出る血の量まで同じに見える。
「こういうのもじゃれあいって言わないかな」
オルガの肉体を完全に掌握したマリアがオルガの声で挑発的にそう言う。
今自由に動かせるならオルガは己の顔を手で覆って天を仰ぎたい気分だった。
何故ここで相手の神経を逆なでする様な行動をするのかと。
別にオルガはケンカしたい訳ではない。
「……おもしれえ」
案の定と言うべきか。
それとも自分を棚に上げてと言うべきか。
再びカスタールが聖剣を構える。
今度は先ほどの様なお遊びではない。
聖剣が聖剣たる所以――その特殊能力さえも開帳しようとしているのは明らかだった。
「か、カスタールさん不味いですよ!」
「他の生徒たちが……」
だが下っ端二人はカスタールほど豪胆ではいられなかったらしい。
日も暮れてから互いに剣を抜いて向かい合うと言うそれなりに珍しい絵を見つけた候補生たちが野次馬となって集ってきた。
それを見てカスタールはつまらなそうに舌打ちをして、聖剣を鞘に収める。
「行くぞ、お前ら」
それきり興味を失ったように、カスタールはオルガたちに背を向けた。
まさかオルガもその背後から切りかかる真似をする訳も行かない。
流石のマリアもそこまではするつもりはなかったらしい。
今の行動への抗議としてマリアを睨むと不貞腐れた様に唇を尖らせた。
『この手の輩相手は舐められたら終わりよ。きっちりやり返してくる奴だって思い知らせるって言わないかな』
言うかもしれないがそれは是非とも自分の身体でやってくれと一瞥をくれた後、オルガの服の裾を掴んでいた相手へ向き直る。
「……あっ。悪い。皺になった」
「良いよ。別に。どうせこの後洗濯するんだ」
多少皺が増えた程度でどうこう言うつもりもない。
「俺はオルガ。お前は?」
「イオだ。よろしくな、オルガ」
そう言って差し出された手をオルガは握り返す。
名前は男でも女でも使われるような物だ。
口調は男っぽいが、握った手の感じは大分ほっそりとしている。
流石にいきなり性別を聞くのは無神経だろうと思ったオルガはさりげなく探る事にした。
「それで……イオは何でアイツらに追いかけまわされてたんだ? 小隊がどうのこうの言ってたが」
「まあ大体アイツらが言ってた通りだよ。小隊に入れって言われてんだオレ」
その勧誘が大分強引なのは今オルガが見たとおりである。
「でもほら。アイツってアレだろ」
「まあアレだな」
躊躇いなく聖剣を抜く当たり、真っ当とは言い難い。
尤も、やり返した時点でオルガもカスタール側にカテゴライズされているのだが、それは知らぬが花という物であった。
「毎回断ってるんだけどな……」
と困ったようにイオはぼやく。
「……随分と熱烈な勧誘だったな?」
何時からあの勧誘があるのかは知らないが、数日もやられたら十分すぎる程に参るだろうとはオルガも思う。
「あんな糞やろーに勧誘されてもこれっぽっちも嬉しくないね。まだお前が居るから大人しめだったんだぜオルガ?」
「あれで大人しめなのかよ?」
『わーお。びっくりね。絶対モテないわよアイツ』
あれ以上の熱烈な勧誘って、どんなのだろうかと怖いもの見たさでオルガは興味が出て来た。
そこでふと、イオが黙り込んだ。
じっとオルガの顔を見つめている。
「イオ?」
「あ、ああ。こんなところで立ち話も何だし……食堂行かないか。食堂」
「別に構わないけど……」
頷きながらオルガ達は連れたって寮の食堂に移動する。
「今日は助かったぜオルガ。こいつはオレの奢りだ」
「奢りも何も食堂のお茶は無料だ」
突っ込みながらもイオが汲んできたお茶を受け取り喉を潤す。
トレーニング後なので水分が身体に染み渡る様だった。
おちゃおいしい。
「しかし災難だな。あんな連中に付き纏われてるなんて」
「お陰でここ数日逃げ回ってばかりでまともに自主練も出来ねえよ……」
流石にそれは気の毒だとオルガも思う。
当たり前だが――講義だけでは他よりも強くなれない。アレはあくまで聖騎士として求められる最低限を身に着ける場だ。
そもそも実技に関しても剣を振るうよりも野営の手順だとかそういう物が多い。
つまり己の強さを磨いて他よりも抜きんでるためには自主練以外に手はない。
それが碌に出来ないというのはつまりは周囲に置いて行かれるという事だ。
「そこでオレは考えたんだけどさ……」
「他人の眼があれば多少はマシになるって言うなら、一緒に自主練でもするか?」
オルガからそう提案すると、イオは驚いたように目を瞬かせた。
そしてその反応はマリアも同じ。
『良いの、オルガ? こう言うの自分から苦労を背負う事は無いって言わないかな』
「正に今、それを頼もうかと思ってたことなんだけど……良いのか、オルガ。お前にメリットないけど」
だからイオも言いにくそうにしていたのだ。
この件、オルガにとって何のメリットも無い。
「構わないよ。困ってる奴を助けるくらいはどうってことない」
だが。オルガは迷う事無く頷いた。
実際、提案自体の労力としては大したものではない。単に自主練の場をイオの側でやるだけだ。
無論、そこにはカスタールと関わり合いになる可能性が大いに高まるのでそちらの方のデメリットだが。
「それに、アイツ俺にも目を付けたみたいだしな……」
あの去り際の視線を思い出す。
とても友好的とは言えない。爬虫類めいた目付き。
イオの件が無くとも絡まれるのは必然の様に思えた。
「それじゃあ……よろしく頼むよ。オルガ」
「ああ。よろしくな。イオ」
そう言って再び二人は握手を交わす。一つの協力関係がここに結ばれた。
「所でお前って男? それとも女?」
「は?」
そして即座に破綻しそうになった。
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