29 サバイバルの意味
やるやつがいるんじゃないかとオルガも思っていた。
だがまさか本当に出てくるとは考えていただろうか。
その自問にオルガは否と答える。
今になって相手への対処をどうするのか考えている時点で真剣には考えていなかった。
ふと思った。
サバイバル試験だと言われていたが……これは、自然環境の中でサバイバルをするのではなく、候補生間でサバイバルをしろという事ではないだろうか。
だとしたら。渡された円環の本当の意味とは。
「エレナ! イオを頼む!」
イオの<ウェルトルブ>は人間相手に使うには威力が高すぎる。聖剣の守りがあっても直撃したら蒸発しかねない。
かといってイオの剣の腕前では聖剣相手に持ちこたえるのが手一杯だ。エレナのフォローは必要だろう。
元々そう言う陣形だ。
オルガが一人突出すれば相手も二人オルガに付ける。
残り二人がエレナに。
幸いと言うべきか。イオは無視された形だ。その隙にイオは木陰に隠れて荷物を漁りだす。
オルガは正面の二人に意識を移した。
どちらも何となく見覚えのある顔――どころではない。一人は同室の生徒だった。向こうもそれに気づいて表情を微かに変える。
殆ど寝るだけの寮の部屋。ルームメイトと交流をした記憶も無い。
それでも。二か月近く同じ部屋で過ごした相手だ。
ほんの少しだけやりにくい。
相手の聖剣は見覚えが無かった。少なくともその能力を見た記憶はない。
だが。この場にいる四人の内一人の能力は分かっている。
透明化。それも四人纏めて姿を見えなくするという優れモノだ。
ただ、あれは気付けてしまえば単なる大道芸に過ぎない。足元に影ははっきりと残ってしまうのだから。
それでも近接戦の最中に消えられたら厄介だろう。
相手の聖剣の特殊能力に注意しながらオルガは慎重に間合いを測る。
少なくとも、剣の間合いに不用意に踏み込むのは論外。
更にウェンディの聖剣の様に遠隔攻撃が可能な物かもしれない。
そう考えたら相手の周囲にその予兆が無いかを気にする必要もある。
一か所を注視するのではなく、全体を俯瞰する。
その中で更に体内時間を操作する事で動きの予備動作も見逃さない。
二対一。相手はこちらを挟み込もうとして動く。
オルガは二人を正面に収める様に動く。
互いに円を描きながらの間合いの取り合い。如何に己の有利な立ち位置を確保するか。
どうしても動きの主導権は相手にある。気が付けばオルガは背後に樹を背負っていた。
追い込んだ、と二人はほくそ笑む。左右から挟んでやろうと距離を詰めて来た。
引っかかったとオルガは相手を嘲笑う。
前後に挟まれるのが一番嫌だったのだ。ならばまずは己の背後を塞いでしまえば相手は必然、左右から挟んでくる。
相手が斬りかかってくるタイミングに合わせて、オルガは前に出た。
本来ならばそれは丸見えの動き。ほんの一歩、踏み込みをずらせば追いつかれてしまう程度の前進。
だが二人はそれに気付けなかった。
オルガが前に出ても尚、そこにいるのだと錯覚していた。
オーガス流剣術参式。飛燕・木霊斬り。
木霊の様にその場に斬撃を残す技だが、今のオルガはまだそこに己の霊力を残して分身とするのが手一杯。
そんな分身も、こんな風に挟まれた状況でなら攻撃的に使える。
オルガに目掛けて振り下ろしたつもりの刃が互いを襲っているのだ。その動揺。事態の把握。
そこにはどうしたって一瞬が必要。
そのまま振り向きざまに剣を一閃。
狙うは胸元。自分達と同じように下げている救命信号となる円環。
それがオルガの剣閃によって断ち切られる。瞬間打ち上げられる花火のような物と、一瞬で増殖して相手を包み込む円環の姿。
まるでそれは鎧とも拘束具とも言えるような物。
確かなのは、円環を破壊された相手はこの試験からリタイアさせられたという事だ。
その奇怪な光景にオルガももう一人も視線を奪われたが、何かしら起こるだろうと予想していたオルガの方が反応は早かった。
もう一人の円環も断ち切って同じような状態にする。
試しに切っ先で突いてみるが頑丈そうな音がしてくるだけだ。
「……一応、守るつもりはあったんだな。学院側も」
『随分と大雑把ねえ』
この試験の本当の課題が見えて来たとオルガは思う。
元々全員が七日間生き延びるだけの物資は無い。あらかじめ用意でもしていれば別だが――大半はそんな用意も無いだろう。
この試験は如何に他から奪って長期間生き延びられるかと言う試験だ。
円環はその為の参加資格とでも言うべきか。なるほど。道理で隠すなと言われるわけである。
学院はここでそれなりに数を間引くつもりなのかもしれない。
考えは一瞬。オルガはエレナ達の方へ援護に行こうと向き直って。
「……必要なかったか」
今のオルガを見ていたエレナが瞬く間に二人の円環を断ち切っていた。
「そちらもおしまいでしたか」
「ああ」
まあ、こう言っては何だが――大したことの無い相手だった。
少なくともオルガがこれまでに戦ってきたカスタール、エレナ、ウェンディと比較すれば足元にも及ばない。
彼女らだったら真正面に生み出された霊力の分身にもこうもあっさりとは引っかからなかっただろう。
「イオさんナイスアシストでした」
「へ! オレだって色々考えてるんだぜ」
そう言いながらイオはスリングを振り回す。なるほど、投石か……とオルガは納得した。
聖剣同士の戦いでは決定打にはなり得ないが、牽制には十分だ。聖剣の守りが有っても眼に当たれば結構なダメージだ。
こういう場なら少し探せば石くらいは直ぐに見つかる。
弾数制限の無い遠距離武器と考えると悪くない。
「こちらの方たちはどうしますか?」
「……まあ放っておいていいだろう。この辺はまだ魔獣も居ないだろうし。多分救助も来るし」
あとこの金属の繭の中ならば多少の魔獣の攻撃位は楽々と防げそうだった。
「じゃあな」
その内の一つ。ルームメイトだった男に別れを告げる。
襲い掛かってくるときの言葉から、これで彼らは退学だろう。
別に罪の意識を覚えるわけではない。
ただ、この試験が終わった時に寮の部屋がどれだけ広くなっているのか。
何となくそんな事を考えてしまったのだ。
下から数えた方が早い連中