25 再びの賭け
三人のそんな疑問は翌日になると明らかになった。
普段はクエストが貼られている掲示板に異色の物が貼られている。
「保存食売ります……?」
「キャンプ用品大量入荷……」
『どう見ても転売ね』
なるほど、とオルガは納得してしまった。
名前を見ればどれも二学年で有ることが記されている。
つまりは、昨年の試験内容を知っていた上級生たちがここぞとばかりに足元見てぼったくっているのだ。
恐らくは去年も同じように自分たちがぼったくられたのだろう。
「せ、せこい……」
イオが呻くように呟いた。
仮にも聖騎士を志している者たちが商人の真似事をしてどうするのかという思いはオルガにもある。
だが金はいくらあっても困るものではないのだろう。
事実、オルガが来年やらない保証はない。
「相場の1.5倍位ですかね。払おうと思えば払えない訳ではないという金額設定がいやらしいですね」
「一応最低限は確保したけど、どうするか」
ギリギリ七日間を越せる位だろう。最終日まで残るつもりならば、トラブルに備えてもう少し欲しい。
だがそのためには先立つものがない。
「今からクエスト受けるってのはどうだよ?」
イオが思いついたとばかりに指を鳴らした。確かに、学院のクエストは評価点以外にも報奨金がある。
「それも一つだな。俺たちの場合は」
「なんでオレ達に限定するんだ?」
「一週間後、ですからね」
「そういう事」
エレナが回復してくれるオルガ小隊とは違い、他の小隊では怪我をしてもすぐには治療ができない。
「もちろん、私は保健委員ですので依頼されたら治療はしますが、流石に自分たちの試験に影響が出るほど消耗するつもりはないです」
自分たちの小隊がヘマをして怪我をしたならばその消耗も納得できるが、他の小隊にまでその奉仕精神は発揮できないとエレナは言う。
その一回が自分たちの首を締めないとは言い切れないからだ。
だから今は保健室にも、エレナはしばらく治療しない旨が張られている。
「ってことはオレらもなるべく大人しくしていたほうがいいってことだよな」
「そうなりますね」
「万全の体制で挑みたいからな」
『しかし意外と世知辛いわねこの学び舎』
マリアの腐すような言葉にオルガも同意する。普段の食事などは無償で提供していて、こういうときだけは自分たちで準備しろと言うのはケチ臭いとさえ思う。
だが逆に。だからこそなのだろうかという考えがオルガに生まれた。
聖騎士になったあとの任務でも同じように野営の準備をすることもあるだろう。
その際にどれだけの量が必要なのか。それを学ばせようとしているのは考え過ぎだろうか。
まともな教育機関に属したことがないオルガでさえマトモではないと感じる聖騎士養成学院の教育方針を思うと考え過ぎな気がしないでもない。
「見つけた! オルガ!」
何日目にリタイアするのか。それを打ち合わせようとしたオルガの元にここ最近ですっかり聞き慣れた声が届いた。
「お、ウェンディ。オッスオッス」
「うむ、イオ! オッスオッスだ!」
「お嬢様……いえ、何でもありません。お邪魔しますオルガ様、エレナ様」
「どうしたんだ二人とも」
どうもウェンディの口ぶりからすると偶然会ったわけではなさそうだった。
何かしら用事が会ったのだろうが、オルガには心当たりがない。
「勝負だオルガ!」
「よし、ウェンディ。今度はどこで何を吹き込まれてきたんだ? 俺に話してみな?」
「あ、こら! なぜ頭を撫でる! はーなーせ!」
おっとついうっかりとオルガはウェンディの頭を撫で回していた手を離す。
手付きはどう見ても犬の毛並みを撫でるそれだった。
「で、今度はどんな話を聞いてきたんだ?」
『オルガが女の子を侍らせて、弄んでるとかそういうのじゃない?』
事実無根である。
「ち、違う。誰かに何か言われたわけじゃない」
「んじゃ何だよ。いきなり勝負なんて」
「いいから! 勝った方の言うことを聞く勝負だ!」
全く要領を得ないなとオルガは思う。
なんでいきなりそんなことを言い出したのかも不明だ。
別にウェンディが自分に無茶なことを言うようなやつではないと分かってはいるが、白紙の契約書にサインするような真似は出来ない。
「良いんじゃねえ? 受けてやれよオルガ」
「またイオはそういう適当な事を……」
「オルガが勝ったら女子に慣れる練習にも付き合ってもらえばいいじゃん」
「イオ、発言には気をつけろ。ヒルダさんが俺を睨んでる」
言ったのはオルガではないというのに、分かっていますね? という視線を向けてくるから怖い。
「えっとオルガさん。私も受けてあげたほうが良いんじゃないかなって思います」
「エレナまで……」
というか、妙にわざとらしく二人が勝負を受けろと勧めてくる。もしかしてと。
「……二人とも何貰ったんだ?」
そう言うと露骨に目をそらした。
どうやら既に買収済みだったらしい。
そこまで根回ししてまで得たい何かがあるのだろうが、オルガには全く想像がつかないのが怖い。
「何でも言うことを聞くじゃなくて、今その願いを言ってみろよ。俺にできることならするから」
それなりに親しい年下からの頼み事だ。よっぽどでなければオルガも協力する。
「うむ……いや、やはりだめだ。これは私が勝利して、その上で要求しないと行けない」
つまりはどうしても勝負したいらしい。
「あー分かった分かった。じゃあ勝負しよう」
そう言うとウェンディはパアッと表情を明るくした。
「うむ! 言質は取ったぞオルガ!」
「言質とかこええよ。まじで何やらせるつもりなんだ」
勝負は次の試験に先にリタイアした方の負けということになった。ただし、同日にリタイアした場合はウェンディの勝ちということになる。
『まあウェンディちゃんたちの小隊は二人だからそこはハンデよね』
つまりウェンディは最終日まで残れば自動的に勝ちとなるのだ。
「ではオルガ! 試験最終日を楽しみに待っていると良い!」
そう言い残して意気揚々とウェンディは引き上げていく。一礼してヒルダもそれに続いた。
「で、二人は何を貰ったんだ?」
「……中央区工房期間限定のリストバンド」
「北方の珍しい花の種を……」
コイツら、ちゃっかり己の物欲を満たしてやがるとオルガはちょっとだけ羨ましくなった。
これが現金の力。