22 例え騙されたとしても
「うむ、オルガ! おはようだ!」
ウェンディの誤解も解けて。当分は会う事は無いだろうと思っていた翌日にこれである。
良く決闘騒ぎまで起こした相手と顔を合わせられるな、とオルガは思う。
が、別にオルガもその事は気にしない。元々それほどウェンディに対して隔意を抱いていたわけではないのだから。
向こうが友好的に接してきて、オルガが邪険にする理由もない。
「おはようウェンディ。何の用だ?」
「? 用が無いと挨拶してはいけないのか?」
要は単に見かけたから声をかけたという事らしい。
散歩中に知り合いを見つけた犬みたいだな、とオルガは思った。
何時も一緒に居る様に思えたヒルダは姿が見えない。
いや、元々オルガにはその接近を察知する事も出来ない。故に近くに居ても気付けないのだが。
マリアは今度こそ捉えてやるとばかりに周囲を警戒していた。
嘗てない程に真剣である。余程彼女にとっては屈辱的だったらしい。
「ところでオルガよ」
「何だ?」
「風紀委員に興味はないか?」
「無い」
即答であった。いや、実際に興味がないのだから仕方ない。
「何故だ? オルガは人助けが好きだと聞いたぞ」
「お前それ誰から聞いたんだ?」
いや、薄々予想は着くのだが。一応聞いておく。
「うむ! イオとエレナだ!」
「やっぱり」
あの後、仲良さげに話していたのだからまあそこから漏れたのだろうというのは想像に難くない。
「一緒にお風呂に入って色々と聞いたぞ!」
「あいつ等しょっちゅう一緒に風呂入るな」
女子はそんな物なのだろうか。それとも男子でも仲のいい奴は連れたって風呂に行くのだろうか。
残念ながらどちらもオルガには分からない。
「それで、どうだ。風紀委員は何時でもウェルカムだ」
「だから興味ないって」
ウェンディの行動は立派な物だと思う。人助けの為に奔走し、己の睡眠時間を削ってさえいる。
だがオルガはそこまで他人に献身的になれない。
オルガが人を助けたいのは、そうすることで自分が満足できるから。
もしもそれが人倫に反したことであったとしても、オルガは自分が満足できるのならばそうしていただろう。
人を助ける事による満足感。
だけど本当は――。
「っ……」
頭が痛い。
余計な事を考えようとしたせいだとオルガは今しがたの思考を打ち切る。
もう考えても意味がない。
「っていうかお前、こんなことになってもまだ人助けするつもりかよ」
「無論だ。それが私の使命。私が生まれて来た意味だからな!」
意味、と来たか。オルガは少しばかり――そう、苛立った。まるでそれは生き方を強要されているみたいで。
だがエレナの時と違い、ウェンディはそれを自ら望んでいる。
そんな相手にオルガが横から口を出す権利なんて無い。誰にだって、他人が望んだ生き方に口を挟む権利など無い。
それでも今回の件で巻き込まれた身としては一言言わずには居られなかった。
「だったら少しは相手のいう事を疑った方がいい。騙されて良いように使われて、最終的に害を受けるのはお前自身だぞ?」
らしくない事をしているなと言う自覚はオルガにもあった。こんな風に苦言を呈するのは柄じゃない。
だけどどことなくスーに似ている相手が無謀な生き方をしている。自分自身を棚に上げてオルガはそう言うと。
「む、オルガよ。一つ勘違いをしている」
「何がだよ」
「私は騙されているわけではない」
「いや、思いっきり騙されていただろ」
「違う。信じたのだ」
真っ直ぐな瞳でウェンディはそう言う。その視線が、オルガの中の何かを思い出させる。そんなところまでスーによく似ている。
「……その結果、騙されたという事だろ」
「違うぞオルガ。そうではない。そうではないのだ」
そう首を横に振ってウェンディは言う。
「私は例え騙されたとしても構わないと思い、相手の言葉を信じたのだ」
そんなオルガにとっては俄かには信じがたい言葉を。
「騙されてもいいと思って信じたって……お前。何でそんな事を」
「……オルガよ。私が何度騙されたか分かるか?」
「分かる訳ないだろ」
「うむ! 実は私も数えていないから分からん!」
おい、とオルガはウェンディのあっけらかんとした言葉に力なく突っ込む。
「逆に、私が相手の言葉を信じて本当に助けを求めていた人を助けられたのは全部で十一人だ」
それは何時ぞや見た様な雑用ではなく。
少し前までのエレナの様に自分じゃどうする事も出来ずに困っていたような相手の事なのだろう。
その何十倍も騙されてきたのは容易に想像できた。
「何でそんなに騙されるって分かって相手の言葉を信じるんだよ」
「そうしなければ、助けられない相手が居るからだ」
ウェンディは少し力なく笑った。
「私が助けられた人たちは、相手の言葉の裏を取っていたら間に合わなかった。助けを求めた人の声を信じなければ助けられなかった」
それは、仕方ないのではないかと言う声がオルガの中でした。
助ける側だって、自分が正義の側に居たい。
例えば打たれている少年が居たとして。それを助けるのは善か悪か。
打っている側が、ただの悪漢ならば善だろう。
だがいざ助けてみて、打っている側がその少年から商品を盗まれた店の店主だったとしたら。
正義感を発揮して自分が責められる側にはなりたくないと誰だって思う。
だけどウェンディは動いた。オルガにだってまず釘を刺してから裏取りもしていた。意外とと言っては失礼か。全くの考え無しでは無いらしい。
「だから私は助けを求めに来た人を信じる。そこに本当に困っている人が居ると信じて動く。他の誰もが動かなくとも私だけでも手を差し伸べる」
「それで騙されたとしても?」
「うむ! その時は私が責めを負うだけだ! 困っている人はいなかったのだから問題ない! その方が誰かを見捨てるよりもずっといい!」
そう言い切るウェンディにオルガは――怒りを覚えた。全く以て理不尽な怒りだ。
それは八つ当たり以外の何物でもなく。
ただ、どうしてあの時に居てくれなかったのかと言う物。
それもすぐに萎んだ。居たとしても変わらない。
そんな怒りを誤魔化すようにオルガは言う。
「ヒルダさんはお前が騙されてるって心配してたぞ?」
「む……まあヒルダとしては騙されるなと言いたいのだろうが……これを曲げる気はない」
「巻き込まれた身としてはもう少し周りを見ろと言いたいが……」
「すまぬな。だが私は自分の眼で見た物も信じる。オルガがそんな卑劣な真似をすることは無いと思っているぞ?」
そう言って、ウェンディは人懐っこい笑みを見せた。
同族意識