06 正義の味方
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本日2話目です。
夕食後。寮の風呂に入る前に日課の基礎トレーニングを行う。
その中でマリアは少し得意げに言った。
『うーん。それにしても流石私! この短時間でオルガにオーガス流の型を覚えさせるとは!』
オーガス流。
残念ながら、オルガの知る限りその流派の名は残っていない。マリアの死後400年の間にどこかで途絶えたのだろう。
「……あれを指導と言って良いのかは疑問が残るんだけど」
『教えてるんだから指導でしょ?』
実のところ、オルガはマリアの存在を自分の妄想では無いかと疑った事がある。
というよりも疑わない筈がない。
幽霊というよりも、自分にしか見えない幻と言われた方がまだいくらか納得できると思えたのだ。
その考えが覆されたのはマリアが有しているある能力のせいだ。
マリアは物体には触れられない。
そんなマリアが唯一干渉できる物。
彼女が霊力と呼んでいる物だ。
『良い事一番弟子? 今まで私は貴方の霊力と同調する事で貴方の身体を操ってきたけど』
「あれ、本当にきついんだよな……」
完全に体の制御をマリアが乗っ取る事が出来るというのは中々の恐怖体験だった。
何しろこの幽霊、オルガの肉体の事を慮る事が無い。
彼女が動かす時は常に肉体が全力で動くので、解放された後は筋肉痛と無茶な動きで痛めた筋に悶絶するのが常だった。
尤も、そのお陰で彼女のオーガス流剣術の型を一つ、短期間で体得できたという利点もあったのだが。
出来ればもうやりたくはない事だった。
――まだ覚えていない型が九つある事をオルガは努めて無視した。
さておき身体を乗っ取って、ひたすらに動かすのは指導というよりも操り人形の操り手では無いだろうかとオルガは思う。
そしてそんな真似、自分ではできない。ならば少なくとも妄想ではないのだろうという結論だった。
『さっきも言ったけど。これなら次の段階に進めるわ。霊力の操作。それが出来れば完全な壱式まであと一歩よ』
そう太鼓判を押して貰えるとオルガとしても心強い。
『ところでオルガ』
「うん?」
『ここって追剥とか出るの?』
「何言ってんだお前」
スクワットしているオルガがマリアの意味不明な発言に怪訝そうな表情を作る。
その彼に示すようにマリアの指が一点を示した。
マリアの指を追うと、そこには確かに何やら走っている人物の姿。
どこかで自主練でもしていたのかオルガ同様学院から支給された戦闘着を着ている。
その後ろを追いかける三人の男。まるで借金取りみたいだなとオルガは思った。
『誘拐かしら。お父さんの代わりに来たんだよって言わないかな』
「誘拐犯が言うのは大人しくしてたら何もしないとか、どうしても金が必要なんだとかそう言うセリフだな」
『何その具体的なの』
マリアとそんな気の抜けた会話をしていると、その先頭を走っていた人物――即ち追われている奴がオルガの方に駆け寄ってきた。
『知り合い?』
「んー」
相手の顔をよく見る。
日暮れの時間帯でも目立つオレンジの髪。
片目を隠すように伸ばされた前髪。
全体として幼さは残る物の整った顔立ちだ。
この学院は12歳から入学できる。容姿からして、この相手は最低年齢かそれに近い年だろう。
見覚えがある。
オルガの属するクラスとは違うが、実技の時間は複数クラス合同だ。その時に見た覚えがあった。
だが言葉を交わした記憶も無い。
「他人だな」
『でも向こうはオルガを目指してるみたいだけど』
「なあ、アンタ!」
変声期前なのか、甲高い声。
二次性徴前且つ中性的な顔立ちのせいで男女の区別が付かない。
まあ良いかとオルガは思いながら肩で息をする相手に呼びかける。
「何だ?」
「助けてくれ!」
そう言って相手はオルガの背後に隠れる。
小柄な人物がそうすると完全にオルガの影に入ってしまった。
『トラブルの匂いがするわね』
他人が来たのでマリアと会話は出来ないが、視線を送ることくらいは出来る。
――んな事は言われなくても分かってる。
「やっと追いついたぞ……おい、イオ」
「カスタールさんの誘いを断るなんて何て無礼な奴だ!」
「お前みたいな落ちこぼれがカスタールさんの小隊に入れるんだぞ!」
『ねえねえオルガ! 凄いわよ、この三人! こんな下っ端みたいな三人見た事ないわ! こう言うの三下って言わないかな!』
目を輝かせるな。マリアはこういうトラブルが好きらしい。
後、人を笑わせようとするな。
口の端が痙攣しそうになるのを抑えながらオルガはその三人の間に自分を割り込ませる。
流石にこの状況で知らんぷりをして帰るほどオルガは他人に無関心ではいられなかった。
「俺の友人に何か用か?」
「……誰だ、お前」
マリアの言う通り、イオと呼ばれていた人物を追いかけていた三人の内二人は物凄い下っ端感溢れる奴らだった。
だがその真ん中。カスタールさんと呼ばれていた男だけは違う。血の様に紅い髪を刈りこんだ長身の男。ちょっと自分と近い色なのが嫌だとオルガは思う。
何となく匂いがオルガの古巣――即ちスラム街に居た連中と似ている。
「カスタールさん。こいつあれですよ。聖剣に選ばれなかったとかいう……」
「ああ……数打ちにすらそっぽ向かれたって奴か。何だ、まだ退学になって無かったのかよ」
聖剣には格がある。災浄大業物と呼ばれる最高位の聖剣から大業物、業物、数打ちと呼ばれる最下位の聖剣まで。
格が高い程マリア曰く霊力が強いらしい。そう言う意味ではこのカスタールという男が持っている聖剣は――。
『あら。今まで見た中で一番霊力が強いわね』
という事らしい。災浄大業物には届かないが大業物くらいはありそうだ。
それだけの聖剣に選ばれた身からすると聖剣に選ばれなかったオルガなど嘲笑の対象でしかない。
「お前みたいな野郎はとっとと叩きだしてやりてえがそれは今じゃねえ。おい、イオ」
「だから、何度も言わせんな! オレはお前とは組まないって言ってるだろ!」
オルガの影に隠れながらも、イオは顔だけ出してカスタールへと言い返す。
どうやら、下っ端二人とイオの言葉を聞くとカスタールはイオを勧誘しているらしい。
おや、とオルガは思う。少なくとも現時点でこのカスタールという男。聖剣の格だけならば恐らく同期でも随一だ。
災浄大業物に選ばれる生徒何て十年に一人位だと聞く。大業物に選ばれた時点でトップクラスと言っていいだろう。
人格面に目を瞑れば手を組む相手としては悪くない。ここまで強硬に拒否するからには理由でもあるのだろうか。
『ねえオルガ。何となく考えてることが分かるから言うけど、手を組むうえで人格って結構重要よ?』
人の心を読むな。
そうしてイオと会話をしようとする度に、イオがオルガを盾にする。
ちょいちょいと視界に入ってくるオルガに、カスタールの表情が不快そうに歪められた。
「おい、落ちこぼれ。邪魔だ。正義の味方気取りなら失せろ」
「はっ。だったらお前らは三下の悪党か?」
挑発的に視線を交わす。
ああ、コイツとは分かり合えないな。半ば本能的にオルガはそう思った。
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