20 決着の果て
例え腕を斬り飛ばしたとしても、エレナが傷も残らずに治療できることをオルガは知っている。
それ以前に、カスタールにしたような後先考えない全力を出さない限りは聖剣の守りがある相手に致命傷を与えるのは難しい。
だからこの一撃でウェンディが死ぬような事はない。
頭では分かっているのだ。
ウェンディが誰かに似ているなと、漠然と思っていた。
それがこの土壇場で分かった。
小柄な体躯。
人の為にと言う行動原理。
嗚呼。そうだ。それらはオルガにとっても良く知る相手と酷似している。
スーと言う名の少女と似ている。
彼女とは別人だ。
名前も違うし容姿に、印象だけでそこまで似ているわけではない。事実、二人を並べたとしても共通項など数える程だろう。
だからウェンディはスーではない。
頭では分かっているのだ。
どちらも分かっている。
だと言うのにオルガは一瞬その剣筋を鈍らせた。
スーに殺すかもしれない斬撃を浴びせようとしている。その事実が僅かに心へ訴えかけてくる。
それではいけないと。
剣筋を変えるべく暴れようとする腕を理性で押さえつける。
その一瞬の遅延。そこでウェンディの防御が間に合った。
「壁よ!」
ウェンディの顔が歪んだ。それは表情ではなく実像その物が。
分厚い、水の壁がオルガとウェンディの間に現れる。その水が向こう側を歪めて届ける。
だがたかが水。切り裂いて見せるとオルガは刃を進ませた。
硬い。
水を切っているとは到底思えない手応えに驚愕する。
だが切れない事はない。
そして傷があるならば――とオルガはその刀身から霊力の振動波を迸らせる。
その瞬間、まるで沸騰したように水の壁の中に気泡が満ちた。
霊力の振動波が水と言う媒介を得て可視化されたのだという理解をしたのは戦いの後だ。
その時のオルガはただ視界を遮られた事に一瞬動揺した。
なら、と更に霊力を込める。
水の中に納まりきらなくなった振動波が弾ける。
水の壁を突き破ってその向こう側にあるウェンディの首筋に鉄剣の刀身を添えた。
後少し、刃を進めればその首は落とせるであろう。
つまりはオルガのチェックメイト。
そして。
「……相打ちか」
「うむ」
オルガの首筋に細い水の糸が突きつけられている。
ウェンディが手を引けばその糸は締め付けられてオルガの首を落とすだろう。
オルガの突き破った水の壁。それが一瞬でこの形に再構築されたのだ。
寧ろあれはオルガが突き破ったのではなく、ウェンディが自ら弾けさせたのかもしれないとさえ思える。
もしもこれが実戦ならば。
霊力による防御で即死だけは避けて、エレナの治療を待つという選択肢もあった。
だが今回そこまでの血みどろの決戦を挑む必要は無いだろうとオルガは身体の力を抜いた。
「そっちには後二人いるのだろう? 私の負けだな」
互いに互いの命を握った状態でウェンディが何故だか安堵した様な表情でそう言う。
二人が膠着状態になったとしても、イオとエレナが状況を打破するだろうとウェンディは言っていた。
「生憎だけどあの二人は今回不参加だ」
「む?」
「今日は最初から、俺一人で勝負するつもりだった」
結果としては相打ちなのだから、格好が付かないとはオルガも思うのだが。
「だから、引き分けだ」
「引き分け、か」
つまりはお互いが勝った時の話は無し。
開始前と同じ状態に戻る。
「分かった。そちらがそう言うならそうしよう」
そう言ってウェンディは納得の表情を見せた。
両小隊のリーダーが合意したことで引き分けが成立する。
「……来ないな」
「うむ。来ないな」
『来ないわね。お茶でもしてるのかしら』
終わったので他の三人が出て来ても良いのではないかと思っていたオルガとウェンディは互いに剣を収めて顔を見合わせる。
マリアのぼやきにそれは無いだろと心の中で突っ込む。まさか彼女も本気で言ったわけではあるまい。
「ヒルダが来ると話がややこしくなるので先に言っておこうかと思うのだが……」
「何だ?」
「すまなかった」
「唐突に何だ」
「お前たちに決闘を申し込んでしばらくした後に別の人に言われたのだ」
しょんぼりとツインテールを萎れさせながらウェンディはそう言う。
『ねえオルガ。この子の髪どうなってるの? 何か犬の尻尾みたいに動いてるんだけど』
当たり前だがオルガが知る訳が無い。
「それをやっていたのは別の小隊だと。お前たちは寧ろ助けた側だと」
「へえ」
どこの誰かは知らないが、そんな風に言ってくれた人がいたとは有り難い話だとオルガは思った。
第三者からの言葉ならばウェンディにも聞き届けやすいだろう。
「そこで調べたら実際、エレナは既に一度小隊を変えている事が分かったのだ」
「出来ればそれは俺達に突っかかる前に調べて欲しかったな……」
「うむ……だから始まる前にそこを確認しようと思ったのだが……」
確かに、何か話したそうにしていたなとオルガは思う。
だけどオルガはそれに対してもう交わすような言葉は無いとかそんな感じで遮ったなと思い出す。
『人の話ちゃんと聞かないから』
ぐうの音も出ない。
だがそれで分かったのは、エレナが転籍している事だけ。オルガ達がエレナを酷使しているかどうかは別の話だ。
「俺達がエレナを盾にしているかもしれないって話はそれだけじゃ払拭しないだろ」
「うむ。だがそれについては今の戦いを見ていれば分かる。自分がまず突っ込んでくる様な奴がそんなバカな真似はしないだろう」
馬鹿と言われたが、自分の行動がウェンディの説得に一役買ったのならば一人で挑んだ甲斐もあったなとオルガは思った。
「だから……本当に済まなかった。私に出来る事なら何でもする」
『何でもですってよオルガ! エッチな事でも良いみたいよ!』
何故お前が興奮する。後それは絶対にあのヒルダと言うメイドが許さないだろうとオルガは確信していた。
いや、彼女が居なかったとしても頼まないが。
とは言え、別にオルガもウェンディに頼みたい事など無い。
正義感が強くて、それでも間違っていると分かったらちゃんと謝れるウェンディの事はどうにも嫌いになれなかった。
それはスーと似ているという共通項を見つけてしまったからかもしれない。
加えて不思議な事に。こうして引き分けになった時から、正体不明の苛立ちも感じなくなっていた。
評価点を貰えば確かに今後楽になるだろうが、反面ウェンディは今後がきつくなる。
「どうしようか……」
降って湧いた問題にオルガは頭を悩ませた。
オルガ、うっかり手元が狂いそうになる




