19 初見殺し
相手の顔が見える距離まで接近する。
ウェンディは己の感覚と、実際の手応えの差異に戸惑っている様だった。
その隙をオルガは逃さずに更に距離を詰める。
そこでウェンディも動きを変えて来た。
水弾のサイズが小さくなる。
代わりにその数を大きく増した。
威力を落とす代わりに数で圧倒しようというのか。
更には断続的に打ち出されていた水弾をある程度纏めて壁の様にして放つ。
「くっ!」
避け切れない。
避けるための隙間を見出せない。
距離が近くなればなるほど回避のための猶予は短くなる。
更には水弾が小さくなったことで速度も増す。
一発一発の威力は必殺を企図した物では無い。
どちらかと言うとこれはオルガが日頃意識する削りの為の攻撃。
オルガの体力を奪いに来ている。
「そこだなっ!」
オルガの苦悶の声を頼りに、ウェンディは更に照準を絞り込む。
弾の密度が上がった。
飛燕・木霊斬りはあくまで相手に錯覚を与える物。
マリア曰く、極めれば朧・陽炎斬りの様に霊力に実体を持たせて攻撃にも参加させられるようだがオルガはその域ではない。
まだオルガはどの技も使えているだけ。彼の特異な才である自身の行動の完全再現。
だがそこから先にはまだ進めていない。あくまで同じ動きを同じ様に使えるだけで使いこなすには程遠い。
少しでも攪乱できればと霊力の分身を作り出すが、多少の狙いのブレは増えた弾数でカバーされる。
それにウェンディもオルガの動きを見切りつつあった。
短時間で乱発しすぎたせいだ。
自身の行動の完全再現。それは言い換えれば同じ状況であれば全く同じ行動をするという事。
それは初見ならば兎も角、繰り返されればこれほど分かりやすい相手も居ない。
知能の低い魔獣ならば。
或いは相手の眼が慣れる前に仕留められれば。
そんなたらればはあるが、無意味な過程だ。
現実にはそうなっていないのだから。
距離50メートルを切った。
この距離ならば、とオルガは鉄剣を振り被る。
それに合わせた訳ではないだろう。
偶然にもウェンディもこれまでとは全く違う動きを――オルガと同じく剣を振り被る。
両者の表情に驚愕が走る。
互いにまさか、と言う思考が流れた。
オーガス流剣術弐式。朧・陽炎斬り。
霊力で鍛えられた不可視の刃。それがウェンディへと襲い掛かる。
だがウェンディはまるでそれを予期していたかのように、自身が剣を振り切った後にがむしゃらな回避行動をとっていた。
それはオルガも同じ。
姿勢を崩す事を厭わずに、身体を傾けていく。
その耳元を、何かが掠めていく。鋭い痛み。傷を負ったのだと理解する。
ウェンディの頬にもうっすらと傷が刻まれた。
(同じ技!)
内心でオルガは舌打ちする。
考えるべきだった。
捌式。陰陽・封神突きがカスタールの聖剣<ノルベルト>の特殊能力と酷似していた様に。
弐式。朧・陽炎斬りに酷似した特殊能力を持つ聖剣がある可能性に。
ウェンディの場合は水を伸ばして来たのだろう。その速度は水弾よりも更に早い。
そして同じような技を持っているからこそ、ウェンディも気付いた。オルガが何をしようとしているのかに。
本当は今の一撃で仕留めたかった。相手を行動不能に陥らせることが出来るチャンスだったのだ。
弐式は正面からの戦いでも役立つが――やはり一番は相手がその存在を認知していない初回が効果的だ。
そして今度はオルガも弐式対策を考えないと行けなくなる。細く研ぎ澄まされた水の刃。
不可視とまではいかないが自在に形状を変えられるのならばかなり苦戦させられるだろう。
姿勢を崩したオルガは、これ以上の攻撃を行えない。
だがウェンディは違う。今の水刃は無理でもまだ彼女には水弾と言う選択肢がある。
回避行動の制限されたオルガへ、今日一番のサイズとなった水弾が迫る。
漸くオルガは重心を立て直したところ。ここから跳躍して逃げる――間に合わない。間違いなく足か腕か。どちらかが逃げ遅れる。
この局面で四肢の一つにダメージを負うのは避けたい。
ならばオルガが取れる選択肢は一つ。
迎え撃つしかない。
(この水の球は聖剣が生み出した物。だったら霊力がこの形にしているハズ)
マリアには使うなと言われた捌式。
見極めこそが肝心だとマリアは言う。だがその見極め自体はオルガには出来ない。
前回はエレナの為に負けられない戦いだった。だが今回は違う。
負けても他人の何かを失う物は無い様な戦いで、オルガはマリアの力を借りるつもりはない。
だから使えない――本当にそうだろうか。
こんなサイズの水球。
その全てに霊力を行き渡らせる。それはそう難しい事ではない様に思えた。
だからオルガは実行した。
「しっ!」
上半身の力だけで鉄剣を前に突き出す。
背筋を使った突き技。狙うは水球の中心。
陰陽・封神突き。
鋭い呼吸と共に撃ち出された霊力が水球を侵す。
その水球を形作っていたウェンディの聖剣の霊力が押し留められて、水球はその形を維持できなくなった。
弾ける水の中をオルガは駆け上がる。全身がびしょぬれになったが構う物か。
事実上無傷で己の攻撃を凌いだオルガに、ウェンディは驚きで一瞬身を固めた。
残り二十メートル。
そんな距離はもう、霊力で強化された人間にとっては一足に飛べる。
河原の小石が弾ける。オルガの強化された脚力に耐えきれなかった。
それだけの力がオルガの脚部を駆け巡っていた。骨が悲鳴をあげているような気さえする。
その叫びを無視して踏み切った。残りの距離を零にすべくオルガは跳躍する。
ここはもう互いの刃が届く距離だ。ならば、オルガも残った一つ目の技を使える。
オーガス流剣術壱式。鏡面・波紋斬り。
オルガが習得した技の中で最も威力の高い一撃が真っ向からウェンディに振り下ろされた。
オーガス流の技は聖剣の能力に近い物が結構ある