18 水の支配者
眼前で木が弾けた。
突き刺さる水弾が見る見るうちに大樹の幹を削り取っていく。
そう遠くない内に盾のしての役割を失うだろう。
「……聖剣ってあんな種類もあるんだな」
『まるで怪しげな妖術みたいね……』
オルガのぼやきにマリアも呆れた様な感心した様な声を返す。
ウェンディとの戦闘開始から早十分。
早々にオルガ達は追い詰められていた。
「あの水、どこから持ってきてると思う?」
『……まあ普通に考えて後ろの川からでしょうね』
「だよな」
今回の演習場は川辺。
その面積の大半は河原であり、川その物と、残りは前回のような森が占める領域だ。
一応今回も扱いとしては小隊戦。当初の話し合いの通り、イオとエレナは演習場の端で待機してもらっている。
一対一の勝負。
のハズだったのだが。
「アイツ一人で俺達全員を制圧できるんじゃないか?」
『そりゃ向こうはオルガ達三人と戦うつもりで来てたわけだし、準備くらいはしてるわよね』
水。
水の玉だ。
ウェンディの周囲に浮いている水の玉が先ほどから間断なく放たれている。
人が動くよりも早く鋭く。
イオの<ウェルトルブ>も抜刀時は遠距離攻撃として使う事が出来たが、この聖剣は完全に遠隔攻撃に特化している。
ウェンディが指揮するように聖剣を構えるとその方向へ水弾が発射されるのだ。
一発一発が木の幹に悲鳴を上げさせる威力。
人間の突進だって押し留められるだろう。
そんな物が先ほどからずっと撃ち込まれているのだ。
ウェンディの居場所は見通しのいい河原に居たので直ぐに見つけられた。
だがこの苛烈な弾幕に、オルガは今だ森の中から出る事も許されていない。
『位置取りが最悪ね。仮に三人居たとしても、ウェンディちゃんはあそこから森の境を全てカバーできる』
「迂回……は無理か」
演習場の端まで行けば出来ない事は無さそうだが、ウェンディの背後を取るには渡河する必要がある。
くるぶしくらいまでしかない浅い川。
先日のワニ型魔獣と戦った川に比べれば可愛い物だ。
だが水を操っていると思しきウェンディを相手に川を渡るというのは何とも嫌な感じがしていた。
近づいた瞬間、川の水に飲み込まれるのではないかと言う懸念がある。
無用なリスクは負うべきではないだろう。
と考えるとこの掃射を突破するという方向になるのだが。
『ね? 早速役に立ったでしょ?』
とマリアが実に嬉しそうに言うのがオルガとしてはちょっと悔しい。
それがオルガがぼやいたオーガス流剣術参番目の型を修行していた時の返答だという事だろう。
参式は剣を振るう事が主題となる技ではない。
どちらかと言えば歩法に属する技だろう。
体裁きを以てして相手の攻撃をいなす。
そうした考えのもとで考案された技だが、霊力などと言う得体のしれない物を使う変態剣術がただそれだけで済むはずも無かった。
息を整えて、オルガは木陰から飛び出した。
戦う前に、ウェンディと会話はしなかった。
お互い既に言いたい事は言った。
故に戦う前に交わす言葉は無く、後は刃を交えるのみだった。
だからオルガは――ウェンディがどんな思いでこの戦いに臨んでいるのか知らなかった。
真っ直ぐにウェンディに向けてオルガが走る。
その距離二百メートル。聖剣の強化有で真っ直ぐに走れば30秒もかからない。
その長さを、水弾が埋め尽くす。
集中だ。
とオルガは自分に言い聞かせる。
水弾の速度は少なくとも投石よりも速い。
自分からそこへ向かっているのだから相対的な速度は更に増す。
そんな物を片手間に回避なんて出来ない。
極限まで神経を研ぎ澄ませて、己の中の時間を切り刻む。
一秒を一秒として感じている様ではまだ足りない。
引き延ばして引き延ばして引き延ばして。
その水の流れ。雫の一つさえ見逃さない様に。
体感覚時間の操作。
極限状態に置かれた人間が偶発的に見えることは有っても、自覚的にそれを行う。
武に生きる人間でもその境地に至れる者は数えるほどだ。
オルガはそこまでの境地に至っていない――が、彼はそれを自在に操る。
何故かと言えば、オルガには自分で行えた行動は全て再現できるという特異な才がある。
偶発的にでも見えたのならば。
オルガにはそれを再現できる。
自分の思考以外の全てが鬱陶しくなる程に遅くなる。
空気はまるで粘性を持ったように重くなる。
じわりじわりとしか動かない身体に苛立ちながら、オルガは体内の霊力を巡らせる。
ただ一人、世界の動きから取り残された中でオルガはその名を告げる。
――オーガス流剣術参式。飛燕・木霊斬り。
眼前に迫る水弾。それを避けるべく切り返す。
足の指先に力が伝わり、己の推進力がその向きを変える。
その動きに合わせてオルガは全身から霊力を放出する。
技の修行をしている時のマリアの講釈を思い出す。
『霊力って実は見えない人にも感じ取れるのよ。何となく、レベルだけど』
マリアのその言葉はオルガには納得できなかった。全然感じたこと無いぞと。
『だから何となくだってば。例えばほら、聖剣の格。何となく雰囲気はオルガにも分かるでしょ?』
そう言われるとオルガにも心当たりがあった。本当に、何か強そうかな? と言う勘が働く時があった。
『つまりはそんなレベル。存在感とかそう言う物ね。本当に微かに感じ取れる物』
そんな物を出しても、意味がないのではないかと言うオルガの疑問。
『役立つわよ。本当に一瞬。毛先程の時間だけだけど相手はオルガの位置を誤認する。そうするとどうなるか分かる?』
分からなかった。
だが今実感としてわかる。
ウェンディは目の前に居るオルガを一瞬だが見失った。
水弾は彼女が操っている。その狙いが一瞬とは言え甘くなる。それは駆けあがるオルガにとってはこの上ない助けだった。
――終わって覚えてたらマリアに感謝しよう。
オルガの想像以上に役立つ技を授けてくれた事に。
機関砲みたいな奴




