17 勝負
「よーオルガ? やってるか」
「お疲れさまですオルガさん」
「ん? ああ。お疲れ。珍しい格好してるな二人とも」
肩に掛けたタオルで汗を拭っているオルガの元へ、買い物帰りのイオとエレナが近付く。
私服を着ている二人の姿を珍しく思いながらオルガは片手を挙げて軽く挨拶をした。
『あら。こうしてみるとイオちゃんは本当にイケメンな子ね……顔が良いわホントに』
オルガも全面的に同意する。
もしも初対面でこの格好だったら完全に少年だと誤認していただろう。危なかった。
「えっと、オルガさんは今日は何を?」
「……反復横跳び」
「何故……」
何故と言われてもオルガにも何故なのかとしか思えない。
いや、確かに基礎トレーニングとしてはアリなのだが。
それがオーガス流剣術の修行だと言われてもやはりオルガとしても不思議でしかない。
尤もこの流派は修行法が一々独特なので気にしていたらキリがない。
『本当に大事なのよ? 参式には反復横跳びが』
不服そうに抗弁するマリアを視線で宥めながら。
「それで二人はどうしたんだ? 今日はオフにするって言ってただろ?」
そう言うと二人は顔を見合わせた。
「差し入れだよ。ホレ」
「うん? ああ。ありがとう」
そう言って手渡された水筒を受け取り、口を付けない様にしながら中の水を喉へ運ぶ。
その冷たさにオルガは身体が冷やされていくのを感じた。火照っていた身体が冷却されていく感覚が心地いい。
「ふう、生き返る」
そう呟きながら水筒を返そうとすると掌で遮られた。
「実は差し入れはその水筒込だ」
「どういう意味だ?」
もしや、この水筒食べれるのかと変な方向に思考が飛ぶ。革だから行けるだろうか。
「ほら、何時かカスタールの件で礼するって言っただろ?」
「ああ。あったなそう言えば」
その後も色々とあって忘れていたが。
「その件と、私をブラン様の小隊から抜けるきっかけを作ってくれた事。二人で一緒にお礼をしようと思いまして」
「お前水筒無いって言ってただろ? オレ達からプレゼントだ」
『あら。良かったじゃないオルガ。報奨金その為に溜めてたものね』
おや、とイオは思った。
オルガからの反応が無い。そこで気が付いた。
無言で泣いている。
「お、オルガさんどうしました?」
「おま、いきなり吐いたり泣いたりどうしたんだよ」
「いや、その……嬉しくて」
自分でもまさか涙を流すとは思っていなかったオルガは驚きながら目元を拭う。
「ありがとう。一生大事にする」
「重い!」
「そこまで喜んでいただけると選んだ甲斐がありますけど……」
二人とも予想外の喜び方に若干困惑しながらも、適当な対応よりはいいかと思った。
オルガはこれまでに家族以外の他人から物を貰った事など無い。
つまりは友人が自分の為に選んでくれたプレゼントと言うのは初めてだった。
その事実はオルガが思っている以上に己の心を揺さぶっていた。
「何か、お礼をしないと……」
「いやいや。お礼のお礼されたらまたオレらお礼しないといけないじゃん」
「そうですね。無限にお礼返しを続けるのは避けたいですね」
キリがないのだからここでスパッと次に行こうとオルガへ二人は告げる。
『オルガ……アナタ好意に対する反応が極端すぎるわね』
スラム生まれだという事を考えればさもありなん。
人に何かを与える事が出来る程余裕のある暮らしではなかったのだろう。
「んで、ウェンディの奴との戦いは何とかなりそうなのか?」
「そもそも今回は相手の手の内が分からないからな……」
前回はエレナの能力は概ね分かっていたので対策も取れたが、今回はほぼ不明だ。
強いてあげるならば水球を浮かせていたその一点のみ。
だがそこから相手の能力を解析するのは難しい。
「まあ出たとこ勝負だ」
相手の聖剣の銘でも分かれば調べようがあるかもしれないが、あの暗がりでは聖剣本体は良く見えなかった。
だから後は本番時に解析するしかない。
カスタールの時もそうだったが、初見相手にどう対処するのか。
学院ではその手の経験が増えそうだなとオルガは考える。
「後はウェンディの奴に勝てたとしてどうオレ達の事を理解させるかだな」
「いっそ、うちの小隊引き込んでしまうというのはどうでしょうか? しばらく一緒に行動していれば嘘だって気付いてもらえるかなと」
「いや、それはダメだろ」
向こうは二人。ウェンディとヒルダだ。
対してこちらは三人。
小隊の規定人数の四人をオーバーしてしまう。
今回の勝負でオルガは向こうの二人を引き裂くつもりは毛頭ない。
それが無ければいいアイデアだと思うだけに惜しいなとオルガは思った。
「ダメか? オレも悪くないと思ったんだけど」
「ダメだな。流石にそれは出来ない」
寧ろイオとエレナが割とその案に乗り気なのが意外だった。
「まあうちのリーダーがそう言うならそれはやめておこうぜ」
「そうですね」
ウェンディ引き抜きと言う荒業は脇に置いておいて。
「ベネチアさんに嘘だって白状してもらう……のは無理でしょうね」
「もしもオレだったら絶対に言わねえな」
「貴女を騙すために嘘ついてましたなんて自供してくれたら手っ取り早いけどな」
『ついでにあれは自分たちがしていた事です! まで言ってくれたら最高ね。絶対ないけど』
そんな殊勝な性格だったらそもそもウェンディに嘘を吹き込んだりはしないだろう。
「オルガが勝ってそんな事はしないって思って貰えることを信じるしかねえな」
「オルガさん。気楽に行きましょう。負けても失う物はありません。大丈夫ですよ。即死以外は治しますから!」
自分自身なら即死する様な怪我さえ治してしまうエレナが言うと本当に何の心配も感じなくなるから不思議である。
『後四日……まあこの調子なら参式はいけるわね。肆式も少しは行けるかしら』
またハードな特訓になりそうなスケジュールを立てているマリア。
幾つか使える技は増えて来たがとオルガは思う。
果たして自分はどれくらい強くなっているのだろうかと。
またマリアがフラグ立てた……