16 結局いつも通り
「誤解を解くって言ってもよ。どうやって?」
当事者であるエレナが否定してもダメだったのだ。
簡単にはいかないだろうとイオは言う。
だがオルガとしてはそうでもないと思っていた。
何故ならば――。
「要は、ベネチアとやらの話に説得力が無くなればいい」
「説得力ですか?」
エレナが首を傾げた。
「それは私一人が戦わされて、虐げられているという話にですよね。私が否定する以上の説得力って……」
「簡単だ――そんな事をする必要が無いって思わせれば良いのさ」
と、自信満々の顔でオルガは言う。
「ああ。分かったぞ! つまりオルガが一人でウェンディ何某を倒してこんな強い奴がそんなせこい真似するかって思わせるって事だな」
「……まあそういう事だ」
何か改めて他人の口から聞くと物凄い馬鹿っぽい作戦に思えて来たオルガは眉根を寄せて頷く。
「上手く行きますかね?」
「どうだろうな」
上手く行って欲しいが、失敗したとしてもオルガに損はない。
「成功すれば評価点が手に入って付き纏いも無くなって万々歳って所だな」
ただ当たり前なのだがその大前提にあるのは。
「で、オルガ勝てるのか? アイツあっさり評価点600点出すとか言ってくる猛者だけど」
「まあ、何とかするさ」
そんな会話をして一週間後の方針を決めた後。
少し出かけないかと言うイオの誘いを断ってオルガは木刀片手に何時もの場所になりつつある花壇前で自主練を始めようとしていた。
午前中はウェンディをストーキングしていたので、午後までもサボるわけにはいかない。
その辺りオルガは真面目だった。
「さあマリア。新しい型をマスターしよう」
『ええ、ええ。分かってたわよ? 何時も通りの私に丸投げね』
少し苦笑いをしながらマリアはオルガの要求に答える。
多少は準備をしていたとはいえ、また一週間で即席コースかと思えばそんな顔にもなる。
とは言え、今回は退学がかかっている訳でもないので少しはオルガも気が楽だった。
『先に言っておくけど、捌式は使っちゃダメよ? そもそもあれはエレナちゃんを助けるために大急ぎで準備しただけなんだから』
「分かってるよ。本当は自力で霊力を見れないと使っちゃダメ、何だろ?」
『そうよ。相手の流れを見切って、そこを塞ぐ。見切るのが本来の要訣なのにそれを私任せにしてたんだから』
だから今のオルガの手札は壱式と弐式だけ。
そこへもう一枚加えようというのだ。
『参式の要点は教えた通りよ。兎に角、自分の身体を置いて行く位に鋭く動きなさい』
「本当にそれだけなんだよな?」
『本当に本当よ! 私あれ以降は何度も手順確認してるんだから!』
でも壱式に関しては熟練者になればなるほどそのやり方を崩していく。
と言うよりも基本の型があくまで初めて霊力を扱う人間にも使える様に簡略化されているのだから仕方ない。
そしてその簡略化された物を忘れてしまったのも仕方ないとマリアは言う。
――簡略化されても霊力放出するのには違いないのでは? とオルガは思ったが言わないでおいた。
師匠へ止めを刺さないようにする弟子の優しさである。
『それじゃあ。反復横跳びを始めましょうか』
「……本当にこれ、役に立つんだよな?」
オルガが技その物の有用性に疑念を抱きながら残像の見える程鋭い反復横跳びを始めた頃。
「おーい、エレナ。こっちこっち」
そう言ってイオがエレナに手を振る。
「すみません。イオさん。お待たせしましたか?」
「いや。オレも丁度来たところ」
二人とも今は普段の制服でも戦闘着でもなく私服。
エレナは秋物のセーターと、ロングスカート。
イオはシャツにスラックスと言うシンプルな格好だ。
「そう言う格好をしているイオさんと並んでいると何だか――」
デートみたいだな、とエレナは思った。
元々その傾向のあるイオがそんな恰好をしているとボーイッシュさが留まる事を知らない。
「何だか何だよ?」
「いえいえ。カッコいい護衛をつけて貰ったお嬢様気分だなと」
「褒めんなよ。何にも出ないぜ?」
と言う姿も様になっている。
「さて、とそれじゃあ行こうぜ」
「ええ」
そう言って二人は学院の校門を出て街へと向かう。
ただ買い物に行くのに学院の戦闘着は剣呑すぎる。故に、普段着で出かけているのだ。
「しっかしオルガの奴本当に自主練ばっかだな。アイツクエスト以外で学院の外出たことあんのかね」
「どう、何でしょうか。でも確かに私が小隊に入ってからは何時も自主練しているような」
「オレがアイツとつるむ様になってからもそうだよ」
そしてイオがオルガと接触したのは入学してから僅か二週間ばかりの頃。
つまり少なくとも二月近くオルガは休んでいない。
「変態だな」
「す、ストイックなんですよ!」
バッサリと切り捨てるイオに、エレナが苦しいフォローをする。
「まあ金がない様な事は言ってたしな」
クエストの時も評価点よりも報奨金の方に食いついていたくらいだ。
「金欠なんですか。オルガさん」
「あー。まあな」
スラム出身である事でエレナがオルガに隔意を持つような事は無いと思っているが、人の事情を勝手に話すのも違うだろう。
イオはそう思って言葉を濁す。
「まあアイツ貯金してるみたいだしな。何かこの前地図の値段聞かれたし」
「地図、ですか。この辺りの?」
「いや大陸地図。クッソ高いって話してたら諦めたっぽいけど」
「大陸地図……それはまた珍しい物を」
それこそ大陸間を股にかけるような人間でもない限りは使う物ではない。
「もしかして将来に備えて……?」
「大陸中を行き来する様な聖騎士になった時にってか? 流石に気が早すぎるだろ」
まさか憑りついている幽霊の故郷を知るためなんて斜め上の理由は流石に二人にも分からない。
ただ普段から奇抜な行動を取る事が多いオルガだからまたヘンテコだけど何か意味があるのだろうと納得していた。
マリアとの特訓が産んだ弊害と言うべきか。副産物と言うべきか。悩ましい所である。
「それよりも、今日の本題に行こうぜ。オレもそろそろ借りを返したいし」
「ええ。私も恩返ししたいですから」
そう言って二人は戦場に挑む様な目付きで一件の店の前で立ち止まる。
その店は――道具屋。
「気合入れていこうぜエレナ。オレ達のセンスが試されてる」
「ええ。折角の贈り物が微妙、とか思われたら悲しいですから」
二人そろって気合を入れる。――オルガへのお返しの品を用意するために。
困った時のマリア頼み。何だかマリアがヒモを養ってる人に見えてきた。