12 一番怖いのは誰?
堂々と己の姓まで名乗ったウェンディにオルガはコイツアホだなと言う視線を向ける。
或いは顕示欲が強いのかとも思ったが――そんな気配はない。
本当にただ、考えなしに名乗っただけらしい。
背後でメイドが溜息を吐いていた。
「あの、その話……何処から?」
当事者という事になっているエレナが片手を挙げてそう尋ねる。
「うむ! 確かええっと……」
名前を思い出そうとするウェンディに。そっと灰色のメイドが身体を寄せた。
唇が小さく動く。
「そう、ベネチアだ!」
「はあ……なるほど」
誰? と疑問符を浮かべるイオとオルガに対して、エレナはそれが誰なのか分かったらしい。
「あの、ウェンディさん? 私今は特に虐げられているとか一人でやらされているとか、周りが文句しか言わないとかそういう事は無いので、特に助けていただく必要も無いのですが……」
……やはり、ブラン小隊での日々はストレスが溜まっていたのだろうか。
今のエレナの言葉を聞いてオルガはそう思った。
「分かっている。そう言わされているのだろう?」
「いえ、その。本当に……」
「大丈夫だ! 私が必ず助けて見せる」
「どうしましょうオルガさん、イオさん。話を聞いてくれません」
「完全に向こうの言い分信じてるよな……」
イオのぼやきにウェンディが機敏に反応した。
「どう見たってそうであろう! 今日はクエストだったみたいだが……何故そんなにも着衣の損傷に差がある!」
「やべえぞオルガ。何も反論できねえ」
「もっと頑張れイオ……」
だが、確かに。
エレナの戦闘着だけとびぬけてボロボロだ。
事前にエレナ一人に押し付けているという話を聞いて、この状況を見れば信じるかもしれない。
「決闘、ね。だけど分かってるのかえっと、ウェンディさん。両者の合意が無いと小隊戦は行えない」
「む、逃げるのか卑怯者め」
寧ろ何故好き好んで無益な戦いをしないといけないのか。
「回避できる戦いは回避するのが当たり前だろ?」
『え』
「え?」
「そうなんですか?」
何故全員が疑問を抱く。
「だ、だったら! 評価点だ! 評価点を賭ける!」
まあ確かに賭けを成立させるにはそれくらいしかないだろう。まさか隊員同士の身柄を賭けて、なんて言われてもオルガも困る。
隊員の押し売りはノーです。
そもそもオルガには戦うつもりは一切ない。
今回は戦っても評価点しか得られない。言い換えれば幾らでも代用が利く。
そんな物の為にエレナを賭けのテーブルに乗せるつもりはなかった。
――改めて考えるとブラン小隊は良く賭けに乗ったなとオルガは思う。
「悪いんだが――」
「ウェンディさん。私は最低でも評価点は600点です。それだけの用意が出来ますか?」
「エレナ?」
断るつもりだったオルガは、エレナのその言葉に意表を突かれた。
或いは、そんな点数を用意できないと言ってウェンディの側から断らせるつもりか。
「600点だな! うむ! 出せるぞ!」
出せるのか、とオルガは驚いた。
「嘘だろおい」
向こうは見たところ二人。それでこの短期間で600点を集めるというのは中々驚異的なペースだ。
それこそ、中型魔獣でも倒してきたのかと疑う程。
「……オルガさん。受けましょう。この勝負」
そんなエレナの提案にオルガ達は額を突き合わせて作戦会議を始める。
「いやいや。そんなリスク負う必要ないだろ。え、もしかして抜けたい?」
「まさか! でも向こうは引き下がりそうにないじゃないですか」
「あーうん。確かにしつこそうだよな」
『カスタールほどじゃないと思うけど毎日勝負だ! って言ってきそうな元気の良さがあるわ』
二人と一人の言葉にオルガはちらりとウェンディを見る。
確かに。何かこう……犬っぽい感じの元気の良さがある。
多分根は良い奴なんだろうなあ……とオルガは思わないでもない。
何しろ勘違いとは言え、困っている人を助けに来ているのだから。
シンパシーは覚える。
「だけど、向こうの戦力が分からないだろ。万一負けたら――」
「いや、オルガ……オレら前そんな事考えてたっけ」
「過去を振り返るなイオ。今は今だ。って言うか評価点じゃ割に合わないって言うか……」
「そこなら大丈夫です。こう言えばいいんですよ」
そう言ってエレナが微笑んだ。その考えを聞いてイオは。
「……なあ。これオレ達が悪影響与えた訳じゃないよな」
「と思いたいが」
『うふふ。エレナちゃんって悪い子ね!』
オルガと二人顔を見合わせる。
小隊の方針を決めた三人が額を離す。
「分かった。受けよう。その勝負」
「うむ!」
「俺達が勝ったら600点を貰う。負けたらエレナは小隊から脱退する。ただしその後の彼女の移籍先は彼女の意思に任せる」
「良いだろう! 日取りは何時にする?」
その問いかけにオルガは少し考えた。
今日のクエストで少なからず消耗している。
「一週間後、でどうだ?」
「構わぬ!」
何時であろうと結果は変わらないと言わんばかりの態度。
随分と自信がある様だった。――無論、負ける事を考えて勝負を挑むなんて有り得ないのだから当然ではあるが。
「それでは一週間後にまた会おう!」
そう言ってウェンディは颯爽と立ち去っていく。
何とも騒々しく大仰な奴だと、その背を見送り。
「補足になりますが」
と、今まで黙っていた灰色のメイドが口を開いたことで全員驚いた。
そこにいる事を忘れる程に存在感が無かったのだ。こんなに目立つ容姿をしていると言うのに。
「当日はウェンディお嬢様一人が戦う事になります。そちらは何人でも構いませんが――」
そう言って意味ありげにオルガを見る。
「お嬢様を諦めさせるのでしたらオルガ様がお嬢様を打ち倒すのがよろしいかと思います」
「俺が? って言うか諦めさせるって――」
「それでは皆様ごきげんよう。また一週間後にお会いしましょう」
優雅に一礼して。
灰色のメイドも立ち去った。主の影に佇む人間らしく、非常に存在感が薄い。あんなに目立つ容姿なのに不思議である。
「……まあ向こうはあの条件を呑んだんだから良いか」
「ええ。そうですね。万一オルガさんが負けても、私は隊を抜けて直ぐに戻ればいいだけですから」
しれっと笑顔でそう言うエレナにイオはこえーと揶揄う様な言葉を投げかけた。
お買い得な喧嘩になってきた。