11 決闘(勘違い)
遊びながらも、周囲を探索して。
少なくとも水棲の魔獣は駆逐できただろうと判断したオルガ達はその旨を報告した。
例の釣り人が早速釣りに向かうのに着いて行って、釣り上げた魚を一緒に食べて。
そうして三人はクエストを達成して学院に戻ってきた。
「やー食った食った」
夕焼けの中。お腹を擦りながらイオがそう言う。
世界がオレンジ色に染まっていると、彼女の髪は完全に風景に溶け込んでしまって見えにくくなる。
「本当、美味しかったですね」
「……おかしい。俺達は魔獣退治に行ったはずなのに」
実際討伐もしたのに。
何故だか感想は美味しかったというご飯の話だけだ。
魚、良い。
『いいないいなー。私お魚好きなのよね……川の魚も良いけど海の魚も良い物よ』
「……へえ」
『特に地元の魚は最高だったわ。何時かオルガも食べてみると良いわよ』
と言うが、マリアの地元の地名を聞いても分からなかった。
恐らく今は別の呼び名なのだろう。
とりあえず海に近いという事が分かったので後は地図を調べながらになるのか。
「しっかし、エレナの戦闘着ヤバいな」
地面に伏せて魔獣を待ち伏せていたので三人とも戦闘着は汚れている。
特にエレナの戦闘着の損傷は酷かった。
「これでダメにしたのは三着目です……」
彼女の戦い方の問題か。
その再生能力があるからか。エレナは余り攻撃を避けない。
それ以前に誰かの盾になる様な事を平気でする。そう言う戦い方を強いられていたというのもあるが、本人の気質もあるだろう。
身体は元通りになるが、服は対象外だ。
食いちぎられた箇所の肌が晒されているので、今のエレナは挑戦的なへそ出しルックだった。
戦闘中なら兎も角、こうして落ち着いた状況ではオルガも直視を躊躇われる。
「替えは無償だって言うから良いんじゃね?」
「それが……私のサイズストックが無いってこの前言われまして」
溜息混じりにエレナがそう言う。
頬に手を当てた拍子に紫紺の髪が揺れた。
「それは、ついてないな」
何故サイズが無いのか。それについて追及するのをオルガはやめた。
「ああ。そっかエレナ胸大きいもんな。サイズも特別か」
しかし容赦なくイオは触れた。
『確かに。アレを入れようとするならワンサイズは上ね……あんまり在庫無いわねきっと』
「オレの貸してあげられたらいいんだけどなあ。背丈も胸も合わないよな」
「…………ええ、まあ」
明け透けなイオの言葉に、エレナも若干恥ずかしながらそう頷く。
オルガは聞こえないふりをした。
最年少だからか。それとも性格か。
イオは男が居てもその手の話題を出す事に躊躇いが無いらしい。
オルガとしては現状男一人なので少し気を遣って欲しいと思った。
残り一人を小隊に入れるなら男の方が良いな……と半ば現実逃避気味に考える。
『……オルガ。気を付けて。誰か来るわ』
緩んでいた気が引き締まる。
学院内で敢えてマリアが警戒を促す相手。
カスタールの子分二人か。或いはブラン達元エレナのチームメイトか。
そんな因縁のある二組を思い浮かべたが近寄ってきた相手を見てそれらの可能性を消し去った。
一人はピンクゴールドの髪を二つ結びにした少女だ。大分若いというか幼い。
イオ並の身長からして年齢も近いのだろう。そこに自信満々な表情を乗せている。見ていれば印象に残る姿なので初対面だろう。
そのハズだが、頭の片隅で既視感がある。
そしてもう一人は。
「メイドだ」
「メイドさんですね」
「メイド、だな」
『メイドね』
メイドだった。学院内にも寮の管理や候補生の使用人として点在しているが、そのメイドは中々目立つ姿をしていた。
素肌を顔以外には一切露出させていない服装。そして灰の様な色をした髪。
片方だけでも十分に目立つと言うのにそれが二人共なれば更に目立つ。
前回の試験の時に会場に居た筈だが――カスタールに集中しすぎていて気付かなかったのか。
そんな二人組がオルガ達の前で立ち止まった。
「お前がオルガか?」
ピンク髪の少女がそう尋ねてくる。
いきなりの名指しにオルガは面食らったが、一応頷いた。
「ああ。そうだ」
そのまま相手の素性を聞こうかと思ったのだが、ピンク髪の少女の視線はそのままイオを通り過ぎて、エレナに向いた。
自分から声をかけたのに完全に無視した少女の態度にオルガは若干ムッとした。
『オルガ。間違っても彼女に手を伸ばそうとか考えないでね』
そのマリアの言葉にオルガは頭を冷やされる。
『後ろのメイド。ただのメイドじゃないわ。聖剣持ち……しかも手練れよ』
使用人かと思ったら候補生だったらしいとオルガは思った。
『どうしてもやりたいって言うのなら絶対に私に代わりなさい。今のオルガじゃ死ぬわよ』
しかもそんなレベルらしい。迂闊にピンク髪の少女に手を出したら次の瞬間には斬り合いになるという事か。
「……人に声をかけておいて無視するのはどうかと思うんだけど」
これが挑発だとしたらオルガはまんまと乗せられたことになるな、と気付いた。
「うむ! その通りだ! 確かにそれは失礼な事だ!」
そう思っていたらあっさりと少女は己の非を認めるのだからオルガとしても毒気を抜かれる。
ただそれも次の言葉までだ。
「しかし下郎と交わす言葉なんて無い!」
「おいおい、そりゃ言い過ぎだろ。オルガは確かにゲロ吐くけどさ」
「イオさん。ゲロではなく下郎です」
背後の会話に少しばかり気を削がれながらも、オルガはどうにか意気を立て直す。
「下郎、って言われてもな。初対面の相手にそこまで言われる様な事をした覚えは……」
カスタールの子分二人にかけた脅しを思い出す。
イオもそれを思い出したのか。オルガの後ろで微妙な顔をした。
「そんなにないんだが」
無いとは言い切れない己を顧みるべきか。ちょっとオルガは迷った。
「何を言うか! 調べはついているのだぞ!」
そう言ってビシッと音が立ちそうな程鋭く、エレナを指し示した。
「そこの、エレナ殿を利用して自分は何もせずに評価点だけを稼ごうとする卑怯者め!」
「……うん?」
どこかで聞いた様な話だ、とオルガは思った。
「例え学院が、国が見逃そうともこの我、ウェンディ・マーカスが見逃さない! 勝負だオルガ! 彼女を賭けて決闘だ!」
そう戦いを挑んでくる少女にオルガは伝えるべきか迷った。
ごめんなさい、それ一週間くらい前に終わった話なんですよ、と。
お察しの通り。ウェンディはアホです。
困っている人が居たら助けに来る良い奴ですがアホです。
人の話を疑わない良い奴ですがアホです。