EX01 とあるマリアの一日
出血大サービスな本日一回目
今日もまた夜が明けた。
『朝よオルガ! 起きなさーい!』
私はそう言うと同時、オルガの身体を霊力で乗取る。
なんとも不思議なことだが、私はこんな身体……身体? になってから彼の身体を操ることが出来るようになった。
霊力。私達の魂から湧き出てくる生命の源とも言える力。確かに人の動きに干渉は出来たが、自在に操るのは難しかった。
それを苦も無く出来るようになったのは、オルガの背中で目覚めてから。
まあなんで出来るようになったかなんて考えるだけ無駄だし。
とりあえず今は便利だと思っておこう。
そうしてオルガの身体は自分の頬をフルスイングで張る。当たり前だが痛いだろう。
「いってえ!」
悲鳴のような声をあげながらオルガが目を覚ます。
同室の聖騎士候補生たちが何事かと視線を向けて、すぐに戻した。
多分彼らの中ではオルガは朝一で自分の頬を張って目を覚ます変人扱いだろう……申し訳ないとは思うが、これはやめられない。
オルガの無言の抗議を受け流しながら私はふわふわと浮いてーーこの移動にもすっかり慣れてしまった。人間の適応力って凄いーーオルガを先導する。
ため息を吐きながらもオルガは例の聖剣改めボロ剣を手にして水場へと向かう。
それが嬉しくて私は笑顔を浮かべてしまう。緩んだ顔が見られない様に、前を行く。
顔を洗って、他の人がいない物陰に移動してオルガが振り向いた。
「お前朝は普通に起こせよな」
『それじゃあつまらないじゃない』
「ビンタされるのも面白くねえよ」
『それに、私はオルガが本当に嫌だって思ってることは強制できないのよ?』
これは事実だ。少なくともオルガが拒絶すれば私はオルガの身体を操ることが出来ない。
彼に型の稽古をさせた時は、動かせた。それはオルガの同意があったからだ。
……女子の聖騎士候補生が女子側の大浴場は凄いと言っていたのが気になってオルガに忍び込ませようとした時は出来なかった。
私の助けが有れば絶対に見つからずに潜入できるのに……。
『だからつまり、オルガはビンタされることを望んでいるのよ!』
「寝ているときにどう拒絶しろと……」
さあ、と私は肩を竦めてみせた。
ただオルガには悪いが、これはやめられない。オルガには迷惑だと思うがやめたくない。
その後は朝食。寮の食事はどれも美味しそうで羨ましい。じーっとオルガの食事を穴が出るほど見つめていたら後でどんなご飯だったか教えてくれるようになった。ちょっと食べている気分が味わえて嬉しい。
そして、学院の講義が始まる。穢れ……もとい魔獣と戦うのだからさぞ実技中心なのだろうと思っていたのだが予想に反して今のところ座学が多い。
聖騎士になったときに必要とされる知識を叩き込んでいる感じだ。
私が知っていることも有れば、私が生きていた時代と変わった内容もある。全然知らない内容も。
そういうのを適当に聞いているだけでもそれなりに時間は潰せる。
『にしてもみんな元気無いわね』
私は講義室に集まった聖騎士候補生たちを眺めて何度目になるかわからないつぶやきを漏らす。
私は霊力を輝きとして捉えることが出来る。
今この場にいるのは100人程度か。
かつてのオーガス流の道場でそれだけの人数が集っていればまばゆい輝きに目が焼かれそうだった。
だと言うのにこの場はどうしたことか。オルガはまあ辛うじて明るいなと思えるが、他の人たちが薄っすらとした光しか見えない。霊力が少ないのだ。
『最近の若い子は弱々しいのかしら』
そんな事で魔獣と戦えるのか心配になる。
講義は大体午前中で終わる。そうしたらお昼を食べて、午後はオルガと自主練の時間だ。
正直教育機関としてはどうかと思うが、そのお陰で私はオルガにオーガス流を仕込めるのだから文句はない。
一つ一つの動きを丁寧に。かつて私は私に剣を教えた人たちに言われた。
お前は本能任せで物凄く雑だから人に教える時は人一倍丁寧にやりなさいと。なんて失敬な。
だけど、今はもう声を聞けない人たちのその忠告を今私は守っている。だって、あの人たちが言ってたことは大体いつも正しい。
ちょっとずつ動きを修正すれば、オルガはどんどん上手くなる。私も教え甲斐があるという物だ。
素振りを終えて。オルガはお風呂に入る。流石に脱衣所までは剣を持ち込めないらしく、私はお留守番だ。
『鳥さん鳥さん。ちょっとお話しましょ?』
と窓に止まっている鳥をナンパしてみたが無視された。やはりオルガ以外には見えないのだろう。
夕食の時間。ハンバーグが美味しそうだった。
夜。寮の裏庭でオルガとお喋りする。周囲に人のいない場所じゃないと自由に喋れないのももどかしい。
『つまりね。元は鬼殺し……オーガスレイヤーから来てるのよ。うちの流派って』
「へえ。そこを縮めてオーガスか」
『そ。地元じゃ結構名家だったんだけどねえ』
今じゃ影も形もないというのだから何とも。400年というのは長い。
『ここって央都なんでしょ? ここからずっと南の方よ』
「範囲が広すぎるって……せめてもうちょい絞込め」
『海沿い!』
「だから。王都から南の海沿いってどれだけあると思ってんだ」
『いっぱい!』
ため息をつかれた。どうして。
「まあ今度図書館で時間あるときに調べてくるから……お前の知ってる地名後で教えてくれ」
『うん。お願いね』
私は本に触れない。だから調べものはオルガに任せるしか無い。そう思っているとオルガはあくびを一つ。
「そろそろ寝るわ」
『……そうね。そろそろ、寝る時間ね』
そう言ってオルガは寮の自室に戻る。他の三人は既に床に入っている。むしろオルガももう少し早く寝るべきなのだが私がわがままでこうしておしゃべりに付き合わせているのだ。
『それじゃあおやすみなさい、オルガ』
「……おやすみ」
小声で。そう返してくれた。
そうしてオルガは目を閉じる。
私も、目を閉じる。
そして目を開く。
『……眠れないなあ』
ため息を一つ。
私がオルガの背後で目覚めてから今日まで。
私が眠りに落ちたことはない。ただ一回。オルガと出会った日を除いて。
どうしてあの時は意識を落とせたのか分からない。
わからないから、私はこうして一人、夜の闇を見つめ続けている。
生命の気配が消えて、一人ぼっちになっていると色々と考えてしまう。
私はなぜ、ここにいるのだろうか。
どうして死んでしまったのだろう。
他のみんなはどうなったのだろう。
家族は? 友人は? 400年経ったら生きてはいない。それでも何かその痕跡はどこかにないのか。
光の見えない暗闇にいると、そこに吸い込まれそうだと思う。
吸い込まれたら私は、どうなるのだろう。
この霊力の塊となって存在している現状。それがいつまでも続くのだろうか。
ある日自分はふっと消えてしまいはしないか。
考えると怖くて、不安で。一人切りの夜が怖い。
だから、私はオルガの顔をずっと見ている。
彼の呼吸を感じて、ここに一つの命があるのだと確かめている。
今日もまた夜が明けた。
オルガのまぶたが小さく動いて。覚醒の気配を感じたら。
私はオルガの身体を乗っ取るのだ。
今日も彼の身体に干渉できた。それを確かめるために。
そして。
『朝よオルガ! 起きなさーい!』
荒々しい起こされた方をしたオルガが、ちゃんと私を見てくれることを祈りながら。
マリア可愛いなと思えたらその気持ちを下のお星様に叩き込んでもらえると嬉しいです。