10 コイバナ
案外初心だなあ、とマリアは困り果てた様子のオルガを見て微笑ましい気持ちになった。
人を護るという事に拘り過ぎている傾向のあるオルガの年相応な面を見るとマリアも少し揶揄いたくなる。
とは言え、耳まで真っ赤にしているオルガは本当に恥ずかしく、困っているのだろう。
対してイオとエレナはそのオルガの内心には気付いていないらしい。
純粋に体調不良を心配しているのがまた厄介だった。
「おい、オルガ。本当にお前大丈夫かよ。真っ赤だぞ」
「えっと、オルガさん。靴脱いで川に入りましょう。身体を冷やして……後は水分も取らないと」
そう言って二人でオルガを川の方に連れて行こうとするがオルガは頑として動かない。
ならばと、体重をかけて押し込もうとするので完全にオルガは硬直していた。
『ねえオルガ。貴方ハニートラップには気を付けなさいな。瞬殺されるわよ』
そんな予定は無いから早く助けてという無言の救いを求める視線に急かされてマリアは解決策を考える。
確かにこのままでは本当にオルガが倒れてしまいそうだ。鼻血もセットで。
『おっけーオルガ。何も考えず。私に身を委ねなさい。この状況から、華麗に抜け出して見せるわ』
流石師匠。と言う若干の敬意を取り戻した視線にマリアは満足しながら、オルガの身体――その内に流れる霊力へと干渉した。
『本当に大丈夫なんだ、二人とも』
オルガの口が、オルガの意思に反して動く。
マリアが持つ不思議な力の一つ。
オルガの霊力に干渉して、オルガの身体を操る。
近頃はオーガス流の型を最初に覚える時に使うくらいの能力だ。
それが今、オルガの窮地を救うために発動していた。
『ただ。ちょっと別の問題があって』
「やっぱ問題あるんじゃねえか。オルガがリーダーだけど一人で抱え込むことねえぞ?」
「あの、私達まだまだだと思いますけど小隊です。一緒に戦う仲間です。問題があるなら一緒に解決しましょう」
そんな二人の言葉にオルガは少し感動した。
もしも本当に問題が起きた時は真っ先に二人に相談しよう。そう思えた。
それはそれとして。マリアはこの会話をどのように着地させるつもりなのか。
オルガには全く見当もつかない。
『ありがとう、二人とも。その……二人の水着姿が魅力的で直視できないんだ』
「へ?」
「あら」
オルガは奇声をあげた。
ただ、その声は身体の支配権を乗っ取られた状況では実際に音として発せられる事は無かった。
だからオルガの口から放たれる次の言葉を遮る事にも止める事にも役には立たなかった。
『そんなに白い肌を晒して! 水で濡れて! 健全な男子が意識しない筈がないじゃないか!』
「へーそう言うもんなのか?」
「えっと……そうですよね。オルガさんも男の子ですし……気になります、よね……?」
二人の反応が居たたまれない。
オルガの身体が動くなら今すぐ森へ飛び込んでいきたい気分だった。
『ちょっと俺には刺激が強すぎる……だから、うん。目を逸らしてたんだ』
そう言ってマリアは再びオルガの視線を逸らして明後日の方向を見つめる。
「んじゃ、こうして視界に入る事で慣らしていこうぜ」
「イオさん、それはちょっと……あ、いや。でも療法としてはそれも一つ……?」
そんなオルガにとっては不穏な事を言いながらも、もう少し段階を踏みましょうと言うエレナの鶴の一声で回避された。
安堵の息を吐けたことでオルガは己の肉体が己の物に戻った事を理解する。
『ふっ! どうよ。この完璧な切り抜け。尊敬してくれても良いのよ』
「少なくともあの二人から俺への尊敬は減った気がする」
再開された水遊びの音に紛れてオルガがマリアへそう抗議する。
あれは解決したというよりも性癖を暴露したの間違いではないだろうか。
しかもそれ、オルガのではないので単なる誤解だ。
『諦めなさい。男がスケベなのはどうしたって変えようがないわ』
「今一否定にしにくいけどさ……そう言う問題じゃないよな。今の」
ただ単にオルガの心情をさらけ出しただけで終わりだ。いや、捏造なのだが。
『馬鹿ねオルガ。貴方は自分をよく見せようとし過ぎよ』
オルガにその自覚があるかは別として、そう言う傾向があるとマリアは言う。
『小隊を組んだ以上日常的に絡むんだから何時も良い面だけ見せてる相手なんて、壁を作ってるのと違いないわ』
「そういう物か?」
『味方に対して隙の一つも晒せないのはお前を信用も信頼もしていないという様な物ね』
むむ、とオルガは唸った。
確かに、二人の事を信用はしている。だが信頼はしていただろうか。
いざという時に頼れただろうか。
『まあオルガがそれで良いのならばそれでも良いけど。でもそのやり方続けると最終的には一人よ』
この先。聖騎士となって戦う日。
その時に一人だけで戦うのか。
誰かと肩を並べて戦うのか。
大げさかもしれないが、これはそう言う話だとマリアは言う。
「だから少しくらい自分を晒せと?」
『そうよ。特にオルガはあの二人を助けたでしょ。少しくらい過剰に隙晒した方が良いのよ。完全無欠のヒーローじゃないんだから』
そのマリアの言葉にオルガは己を嘲笑う様に口元を歪めた。
「ああ。確かに間違いない。俺はそんなもんじゃない」
その態度に少し、思うとことはあったマリアだったが敢えて気にせずに何時も通りに胸を張った。
『だからああしたの。オルガも普通の男の子だって分かってもらうためにね』
「……だからってアレは無いだろ。何時俺が水に濡れている姿に興奮するなんて言ったよ」
『あれは私の趣味よ! でも嫌いじゃないでしょ?』
「……水ならな」
消極的に同意したオルガにほらね、とマリアは得意げな顔を向けた。
『ついでだから聞かせなさいよ。あの二人だとどっちが好みなの?』
「……お前、そう言う話だとイキイキするのな」
『女の子はコイバナが好きな物よ』
女の子って年かよ、400歳オーバーと口が言いかけたが。それを言ったら戦争である。
代わりに別の事を口にした。
「……今俺は誰かを護る事と強くなることにしか興味が無いよ」
『つまらない解答ね……ってそう言えばオルガには本命の子がいるんだっけス―ちゃん。だっけ?』
「ああ。まあな」
明らかに気乗りしないというオルガの返事。
全身がこれ以上の会話を拒否していた。
『なるほどなるほど。私の経験上、好きな相手がいる剣士は強いわよ。最後の粘りが違う。オルガもきっとそうなれるわね』
そう言って、マリアは若干強引にこの話題を終えた。
掘り下げると、オルガとの今の関係に対して罅を入れる。
その可能性があった。
同時に、オルガにとってスーと言う少女がどんな存在なのか。
今一マリアの眼でも見通せなくなるのだった。
マリアの発言はオルガを観察した結果なので実のところ本心では……?