07 ワニ退治3
「エレナはまだ戦えるのか?」
「ご心配なく。この位は掠り傷です」
普通の人間なら即死の重傷を掠り傷と言い切られてしまうとオルガとしても感心していいやら呆れていいやら。
<オンダルシア>の再生能力は本当に異常の域だ。
聖剣の中でも一握り。災浄大業物と呼ばれる代物だけのことは有る。
「寧ろ問題はどうやって探すかだよな……」
イオが釣り竿を片付けながらそう呟く。
そもそもメスの魔獣すら適当に歩いていたら見つけた様な物だ。
「……下準備が足りなかったな」
せめてワニの生態をより詳しく調べておけばとオルガは今更悔いる。
魔獣となっても基本的な生態は変わらない事が多い。探す上で痕跡を探すヒントになったはずだ。
『そうねえ。水中だと私の眼じゃ届かないけど……陸地に上がっていてくれたら直ぐに分かるんだけど』
さて、ワニが基本水中にいるのか陸地にいるのか。
それすらも分からない。
探し回るのは得策とは言えないだろう。
そうなると、オルガ達に出来る事は一つ。
「誘い出すか」
「何かいいアイデアでも?」
オルガの思い付きにエレナがそう問いかける。
「アイツ、イオの釣った魚を追いかけて来ただろ? 餌探してるんじゃないかな」
「……確かに。それにお二人が付けた傷で魔獣は体力を回復させたいはず」
それこそ、大型の獣を狩りたい程だろう。
つまりはワニ型は空腹であるという推測が多少強引だが成り立つ。
「だったら餌を置いておけば来てくれるんじゃないか?」
「餌、ですか?」
「そう。餌」
そう言ってオルガは今しがた来た道を指差した。
「今頃言うのも何だけどさ」
その囮を、肩で息をしながら運ぶイオが口を開いた。
「確かに魔獣って共食いもするけどよ……こいつら多分番だろ? 共食いするのか?」
オルガが提案した餌と言うのは先ほどイオが二枚に卸したメスのワニ型魔獣だ。
イオと二人、一枚ずつ運ぶが生臭くてなかなかの苦行だった。オルガも辟易としながら運ぶ。
『……ねえオルガ。帰ったらすぐにお風呂入ってね。凄い臭いよ』
お前って、臭い感じるんだな……と考えながらオルガは自分の臭いを嗅ぐ。
……良く分からない。が、この魔獣の臭いが移っていると考えればきっと良い物では無い。
エレナはその二人の護衛役なので少し離れた場所で警戒している。
それが臭いのせいではないと信じたい。
「魔獣の知能に期待するしかないな。逆か。期待しないでおこう」
魔獣は共食いする事で大型化する傾向がある。
その観点からすると、餌として極上だろう。
是非とも喰らい付いて欲しい所だった。
そしてその死骸を川沿いに置く。
「で、どれくらい待てば来るんだこれ?」
「……さあ?」
「向こうが川に流れた血に気付いてくれたら直ぐに来てくれるんじゃないかと思いますけど……分かりませんね」
最悪、このまま数時間待機と言う可能性もある。
だが今この場を離れている間に傷を負った魔獣が人を襲ったなどと言ったら悔やんでも悔やめない。
三人すきっ腹を抱えながらじっと待つ。
心なしか、エレナがオルガとイオから距離を取っているのは臭いのせいではないと信じたい。
交代で休憩を取りつつ待つ事二時間。
「……来た!」
川縁からワニ型魔獣が上陸してくる。先ほど刻んだ傷は既に出血も止まって、塞がりつつある。
やはり魔獣の生命力もおかしい。
「それじゃあ打ち合わせ通りに」
「はい。それではオルガさん。正面はお任せします」
川へ逃げられたらオルガ達には追う術がない。
水中で戦うのは完全な自殺行為だろう。
そこでエレナが退路を塞ぐ役目を自ら志願した。
「いざという時は身体を張ってでも止めます。……あの、冗談ですよ?」
という言葉にオルガとイオは微妙な表情をした。
余り冗談に聞こえなかったのだ。
「行こう」
二枚に卸された嘗ての番の姿。
そこに近寄っていくワニ型魔獣の感情などオルガ達には分からない。
元々爬虫類の感情など知りようもない。それが魔獣となっているのならば猶更。
ただ、向けられる殺意。
それだけが人と魔獣が共有する感情だ。
先ほど傷つけたオルガの事を覚えていたのか。
大きく咆哮を一つあげると、想像以上に機敏な動きで地面を這い、オルガ目掛けて突進してくる。
『こういう相手には、上から行くのが良いって言うかな!』
「道理だな!」
マリアの言葉にオルガは同意を返しながら地面を踏み切る。
その動きに合わせて身体へ霊力を流し込み、脚力を一瞬強化する。
タイミングが完璧に一致した霊力の運用の結果は、己の身長を超える程の大跳躍。
ワニである以上、その背中に攻撃手段はない。
ならば真上に来てしまえば寧ろ安全。そう言う目論見だった。
自由落下に移行する身体を制御しつつ、オルガは手にした刃の刀身を真下へ向ける。
そしてそのまま落下。
突き立てる刃に合わせて、振動波を流し込む。
変形的だが――これもまた鏡面・波紋斬り。
威力を増した突き技で一気に串刺しにしてやりたい所だったがそこまで上手くはいかなかった。
「硬っ」
『霊力の練りがまだまだ甘いわね』
カスタールにしたように後先考えずに放出すれば突破できるだろうがその後に待っているのは霊力の使い過ぎによる失神だ。
あんな一か八かの賭けは何度もやるべき物ではない。
幸いにも今回は攻撃は通る。
一撃でダメならば二発でも三発でも繰り返すだけだ。
暴れるワニ型の背から振り落とされて、オルガは地面を滑りながら着地する。
そこで生じた僅かな隙を、エレナがフォローする。
尾目掛けて振るわれる<オンダルシア>の腐敗の刃。尾の先端が悪臭と共に切り落とされた。
己の一部が腐り落ちる事に絶叫しながらも、大きく振り回した尾でエレナを弾き飛ばす。
今度はオルガがエレナの隙をカバーする。
再び跳躍して、上面から串刺しにしてやると、地面を踏み切った。
予想外だったのはワニ型魔獣の脚力。
前足で地面を叩き――その巨体を縦にしてオルガを噛み砕こうと大きく顎を開いた。
丸のみプレイとかいう上級者向けの事を始めるオルガ