06 ワニ退治2
「何かあっさりだったよな」
イオはそう言いながら、オルガとエレナの先を歩く。
「そうですね……ええ、拍子抜けしたというのは否めませんが。あれなら小型魔獣のカテゴリー。群れでも無ければこんな物では?」
「と言うかそんな毎度毎度想定外の群れやら中型魔獣と遭遇しても困る」
オルガが若干疲れた様に言うとエレナが苦笑した。
「ええ。まあ。学院のクエストって結構調査が杜撰ですから」
「あーやっぱり、そんな気はしてたんだよなー」
「そうなのか?」
『オルガ。少し考えてみなさいな。あの依頼ってこの辺の農村から来たのを片っ端から集めてるのよ? 情報の精査何て無理無理』
マリアの言葉になるほど、とオルガは納得する。
確かに結構な数がある。
だからこそ、オルガ達も評価点を稼ぐためにこうして日々クエストに勤しめている訳だが――至極単純に考えても小隊が200近くあるのだ。
定数を満たしていない様な小隊もまだある事を考えるとそれ以上。
それだけの数が日々クエストをこなしても尽きないのだ。
世間がどれだけ魔獣の脅威に晒されているか分かるという物である。
そしてそれだけの数、確かに一々調査して、情報が正しいか確かめて……などとやっていたらきりがない。
だからある程度は適当な物となるのだろう。
「中型魔獣と戦う様な話になると流石に情報の裏付けは取っているみたいですけど……」
「そうでも無ければ適当に張り付けてるだけって事かー。雑だな、おい」
イオの言葉には呆れが混じっている。
その雑さで最も割を食うのはこうしてクエストをこなしている候補生なのだが。
「……この程度の突発事態に対処できない者は不要という事でしょうか」
「いや、この学院その辺の教育雑過ぎないか? 俺達大体実地で学んでるぞそれ」
前にも少し話題に出たが、本当に学院としてその教育方針は如何な物かと思わないでもない。
「確かに……制度的な話は教育してもらえますが戦闘については完全に個々人任せですね」
「正直イメージと違うよなあ」
「自分で自分を鍛えられないとダメって事は分かるんだが……」
それとも、これらのやり方も聖騎士になった時には必要なのだろうかとオルガは疑問を抱く。
「まあいいや。今更そこに文句言っても始まらないしな!」
とイオが空気を切り替える様に言って。
「それよりもさ。魔獣は退治したんだから釣りしても良いよな? 昼飯の足しにしようぜ!」
「お前……いや、良いけどさ」
食欲を見せるイオにオルガは若干呆れたが、直ぐに諫めるのを諦めた。
別にリーダーだからと言って、クエストが終わった後の行動まで制限する気はない。
「って言うかお前。その背中の包み予備の武器かと思ったらそっちに釣り竿入れてたのかよ」
「ちゃんと武器も入ってるっての」
唇を尖らせながらイオは割と手際よく釣り竿の針に餌を取り付け、川へと投げ入れた。
「そう言えば、今朝は遅かったけど何かあったのか?」
「えっと、まあ水場での戦いになる可能性もありましたので準備を……無駄になってしまいましたが」
「準備?」
「はい。実は私とイオさん。服の下に――」
と、エレナが不発に終わった準備を説明しようとした瞬間。
「お、かかった! デカいぜこいつは……!」
イオが釣り竿に返ってきた反応に足を踏ん張った。
「手伝おうか?」
「良い! そこでオレの華麗な釣りっぷりを見ててくれ!」
この前坊主だった奴が急にレベルアップするとは思えないので華麗には程遠い竿捌きだ。
『……うん? いや、ちょっと待ってオルガ。イオちゃんが釣り上げようとしているこれって……』
「イオ!」
マリアの曖昧な言葉に嫌な予感がしたオルガは咄嗟にイオに呼びかける。
「え? 何?」
と、その呼びかけに振り向いてしまったのが良くなかった。
イオの意識が川から離れる。
釣り上げた魚が水面から飛び出す。
その魚を追いかけるように。
水面からワニ型魔獣が飛び出してくる。
オルガが動く――よりも早くエレナが動いた。
「イオさん!」
その身体を突き飛ばしてエレナがワニ型の正面に立つ。
回転しながらの噛みつき。
避け切れない。
そう悟ったエレナは一瞬で覚悟を決める。
痛みに耐える覚悟だ。
ワニの刃の様な歯がエレナの脇腹を食い千切っていく。
人間の身体など、その咬合力に耐えられるはずもない。
エレナは一瞬で胴の半分を抉られて、くぐもった悲鳴と共に口から大量の血を吐いた。
「この、野郎!」
突き飛ばされた直後には状況を把握したイオが、<ウェルトルブ>を抜き放つ。
だが溜め時間が足りない。
今のイオの斬撃は余りに凡庸な物。
強固な鱗を備えたワニ型魔獣の表皮を突破するにも足りない一撃でしかなかった。
それでも傷は刻まれる。
そこ目掛けてオルガが飛ぶ。
「鏡面・波紋斬り!」
霊力の振動波を纏った斬撃。
イオの刻んだ傷を呼び水に、更に深い切断面を作り出した。
一瞬で刻まれた大きな傷にワニ型魔獣は叫びながら川へと戻っていく。
その水が魔獣の流した血で赤く染めあげられていき――その筋が離れていく。
「もう一体、居たのか」
つい先ほど学院の調査など当てにならないと言っていたばかりだったのに油断していたとオルガは歯噛みする。
「ワニは、陸地で営巣する事も有るみたいです。さっきの魔獣が陸地に居る時にその可能性に思い至るべきでしたね……」
苦し気なエレナの声にオルガは自省から呼び戻される。
「エレナ! エレナ! ゴメン! オレのせいで……大丈夫なのか?」
「最終的に元通りになるという意味なら。痛かったですけど」
あの一瞬の間にエレナは<オンダルシア>の聖刃化を完了させていたらしい。
戦闘着の上に薄いケープの様な<オンダルシア>の刃鎧を纏っている。
抉られた傷が見る見るうちに再生して滑らかな肌を取り戻していく。
まだ痛みは残っている様で目じりに涙を浮かべてはいたが。
「……あの、オルガさん? 私の傷ちゃんと塞がってます? 内蔵はみ出たりしてないですよね……?」
「あ、ああ。ちゃんと塞がってると思う……多分」
目視の範囲では内蔵らしき物は飛び出していないので大丈夫だろう。中身までは分からないが。
『……アイツは逃げたみたいね。と言っても私も水中だと正直自信ないけど』
「あれもデカかったな……と言うより一匹目よりも……」
「大きかったですね。生殖器の形状からあれがオスでしょうか。そう考えるとさっき倒したのはメスだったんですかね」
エレナの様な美少女と美女の中間にある女子から生殖器何て言葉が飛び出すと違和感が酷い。
イオが同じことを言ってもそれほど気にならないだろうが。
「単純に考えてメスよりも弱いって事は無いだろうな……厄介な」
最低でも同等と見積もるべきだろう。
メスの方は<ウェルトルブ>の一撃で瞬殺した様な物だ。
そう考えると魔獣退治はここからが本番とも言えた。
やれてなかった!