05 ワニ退治1
「すみません! 遅くなりました!」
ぱたぱたと小走りになってエレナも合流して、三人揃った。
「よし、忘れ物は無いか?」
「ちゃんと釣り竿も持ってきたぜ!」
「お弁当は大丈夫です」
『……あれ? 今日は遊びに行くんだっけ?』
思わずマリアがそう突っ込みたくなるくらいに、行楽気分な持ち物だった。
オルガとしては装備の話をしたつもりだったのだが――。
「いや、エレナの弁当は兎も角……イオ。お前釣りする気か?」
「ダメか? 魔獣倒した後なら良いんじゃね?」
まあ終わった後ならば……良いかとオルガも考え直す。
「それじゃあ行こう」
「はい。何だかワクワクしますね」
「エレナ余裕だな。まあオレもちょっとワクワクするかも。三人で実戦って初めてだろ?」
イオの言葉にオルガも一つ頷いた。
確かに。この三人でどこまでやれるのか。
そう考えると高揚感の様な物は覚える。
「それでも気を付けていこう。エレナの<オンダルシア>があるとは言え、怪我でもしたら割に合わない」
多少の怪我ならば治せるが、例えば四肢の欠損ともなるとエレナ本人が聖刃化してでも居ない限りは癒せない。
大怪我には気を付けないといけないのには変わりない。
最寄りの村に荷物を預けて。その中でこの前会った釣り師の人とも再会して。
少し予定よりも遅れてオルガ達はワニ型魔獣の探索を開始した。
「まずは水場、だよな」
「正確な大きさ分かってないんだよなあ。あの辺の草むらとかに潜んでるかも」
「そうだとすると厄介ですね……迂闊に踏み込むと足元からがぶりとやられるかもしれません」
そのまま水場に引き込まれると危険なパターンだ。
いや、そもそも足に噛みつかれた時点で相当に危険な状態である。最悪そのまま食いちぎられかねない。
「って考えると草むらには近寄らない方が良いな」
「いっそオレの聖剣であの辺焼き払うか?」
「……贅沢な使い方だな」
一瞬良いかもと思ったが、それで魔獣を退治できてもこの辺りの環境を変えすぎだろう。
どうした物かと考えているとエレナが口を開いた。
「魔獣は聖剣に引き寄せられる性質が有ります」
そうなの? とオルガがイオに視線で尋ねると、あーそうかもと緩い返事が戻ってきた。
『正確には霊力に引き寄せられるのよね。私なんてモテモテで困ったわー』
マリアの謎の自虐風自慢を聞き流す。
確かに災浄大業物であるエレナの<オンダルシア>ならば魔獣にとっても良い目印だろう。
ブラン達の小隊が中型魔獣を狩れた理由の一つに、<オンダルシア>の誘引力がある気がする。
「なので、私たちがこの辺りを巡回しているだけでその内向こうから来るんじゃないかと思いますが……」
「だとしたら逆に罠も仕掛けられるか」
「落とし穴とか?」
オルガは三人でせっせと穴を掘る光景を想像したが、どうにもしっくりこない。
オルガが一人で掘って、イオが囃し立てて、エレナが申し訳なさそうな顔をして応援している。
しっくりきた。
「どうでしょう……不慣れな罠を仕掛けたら私たちが逆に引っかかるかもしれません」
「ああ。そういう時真っ先に引っかかるのは俺だ……やめよう」
結局おびき寄せて真正面から挑むというある意味いつも通りな結論に達した。
そうして村の周囲の水辺を回っている内に、日差しが中天に達した。
「……昼だな」
「出てこねえな、ワニ」
「ワニじゃなくてワニ型魔獣ですよ」
「細かい事は良いって」
無駄な時間を使わされたせいか。イオは少しだけ苛立っている様だった。
エレナも疲れが見える。
オルガだけはまだぴんぴんしていた。
『よく無意味に歩き回ってもオルガは平気だね?』
「オルガは平然としてるけど疲れねえの?」
奇しくもマリアとイオが似た様な事を聞いてくるのでオルガは肩を竦めて見せた。
最近このジェスチャーする事多い。
「単に我慢強いだけだ。俺も流石に疲れたし、うんざりしてる」
「……一回村戻って飯食う?」
「そうだな。ここで粘ってもすぐに成果が出るとは思えないし――」
『あら。運が良いのか悪いのか……来るわよオルガ』
「は?」
唐突なマリアの言葉にオルガは思わず聞き返してしまう。
「オルガさん?」
「気にしてやるなよエレナ。コイツ時々こうなるんだ」
そんな会話を断ち切る様に、水場とは反対側の森の方から枝を圧し折る音が立て続けに聞こえてくる。
「……当たり引いたか?」
イオがそう言いながら一歩下がる。
それとは逆にオルガとエレナが前に出た。
「陸地側に居るのは想定外だったな」
「ワニだって餌を求めて陸に上がる事も有りますよ。それに、ここの森は湿気が多いですから」
過ごしやすい環境だったのだろうというのは一目で分かった。
何しろそのワニ型魔獣は――とてもとても大きかった。
「……デカ」
イオが思わずそう呟く。
オルガもエレナもきっと、口にはしないが同じ気持ちだった。
大口を開けながら突進してくるワニ。
その口は人間を丸ごと飲み込んでも尚余裕があるほど。
上顎と下顎の間に人間を縦に突っ込めるほどだ。
「アレに噛まれたら跡形も無いぞ!」
「食いちぎられたら治療できませんから気を付けてくださいね!」
そう言いながらオルガとエレナは左右に飛びのく。
口を開けたままのワニ型の眼がエレナを――正確にはその手にある<オンダルシア>を追いかける。
眼中にないと示されたイオが、己の聖剣を抜いた。
「ぶちかませ、<ウェルトルブ>!」
抜刀の瞬間に溢れ出す霊力。
それを感じ取ったのか、ワニ型がイオの方を向くがもう遅い。
抜き打ちで放たれた一閃。
そこに沿うように奔る霊力の奔流は真っ向からワニ型を打ち据える。
生み出された光の刃は顎と顎の間に飛び込んで、ワニ型を真正面から二枚に卸す。
そうして二分割されたワニ型魔獣を見てイオは呟いた。
「……終わり?」
「……終わりみたいだな」
オルガが警戒しながら横合いに回り込み、蹴りを喰らわせる。
ワニ型魔獣の上半分がずれ落ちた。
傷口は焼かれ、血すら流れない。
「何だよあっけねえな」
「むしろ満ち満ちてた俺達のやる気どうしてくれんだよ」
「えっと……怪我無く終わって良かったと思います!」
そんな訳で新生オルガ小隊の初陣は何とも言えない結果に終わったのであった。
やったか!?