01 方向性を与える
人の持つ悪意には種類がある。
例えばそれは、ちょっと足を引っ張ってやりたいだけだったり。
例えばそれは、精神的な責め苦を与えてやりたいだったり。
或いはそれは、死んでしまえと思っていたり。
そう言う意味で言うならばその悪意は本当にささやかで小さいモノだったと言えよう。
「なるほど! つまり一人に負担を全て押し付けてそいつらは評価点を吸い上げているのだな!」
それはつい先日、オルガ達が憤激したブラン小隊が行っていた物と同じ事。
「はい……アイツら、あの子に全部やらせて。自分達は何もしてないんです。あの子が可愛そうで……!」
訴える少女は涙ながらにそう言う。
心の底から悔しく思っている様子に、その話を打ち明けられていた少女も鼻息を荒くした。
その拍子に二つに結んだピンクゴールドの髪が揺れた。
「許しがたい所業だ!」
「どうか……どうか。お願いします。あの子を、あの子をあの小隊から抜けさせてあげてください……」
そんな二人の会話を、灰色の髪をした少女が溜息を吐きながら聞いてる。
「うむ! 余に任せておくがいい! 必ずその子は助け出して見せよう!」
「ああ……ありがとうございます。ありがとうございます!」
胸を叩いて請け負った少女の手を、何度も何度も握り締めてお礼を言う。
そこに嘘は見られない。
「それで。その度し難い輩は一体どこの誰なのだ?」
ある意味今更とも言える問いかけに、涙を流していた少女は俯いた。
その瞬間。一瞬浮かんだ笑み。
灰色の髪の少女だけが気付いた悪意の発露。
「オルガです。カスタール、エレナと言う二人の強者を倒して調子に乗っている……オルガが率いる小隊です」
◆ ◆ ◆
『ほらほら。もっと早く。もっとキレを意識して! 分身が出来るくらい早く飛んで飛んで!』
「あああああ! 絶対何時か泣かせてやるからな!」
マリアの煽りに叫び返しながらオルガは必死で横っ飛びを繰り返す。
所謂反復横跳びと言う奴である。
ただその勢いが凄まじい。
カスタール、そしてエレナとの戦いで体得した体内の霊力を使った肉体強化。
それをフルに活用しているので砂埃を立てながら常人では目で負えない程小刻みに飛び跳ねている。
「……あの、オルガさんは一体何を?」
ただその目的が一切分からない。
エレナはその様子を困惑気味に眺めている。
大してイオは動じた様子も無い。
「ああ。気にすんな。オルガは時々奇声を上げながら奇行をするんだ」
気にするわ! だとか。
適当な事言うな! だとか。
イオの雑な説明にオルガも色々と反論したい事はあるのだが、何しろその余裕がない。
『ほらもっと早く! もっともっと! 身体の中身が置いて行かれるくらいまでもっと!』
などとマリアが更に煽ってくるので最早恨み言を言う暇すらない。
ふざけた修行方法を出す物の、今までにマリアが指示した修行その物に間違いがあった事は無い。
不足はあったが。
だからオルガもマリアを信じてそんな修行を繰り返しているのだ。
ただ、やはりそれらは他人から見ると奇異に映る物で。
「これくらいなら大人しいもんさ」
「これ以上があるんですか」
「あるぜ。多分エレナもその内見る事になるよ」
「それは……何と言うか」
これ以上ってどんなの? と言う疑問がエレナの表情に浮かんでいた。
その内慣れると言わんばかりのイオの態度に若干の不安を覚えつつある。
「それよりも、オルガさあ。前から聞きたかったんだけど」
「えっと、イオさん。オルガさんには声を出す余裕も無いのではないかと」
何度も何度も。
繰り返し繰り返し地面を蹴って飛んでいたオルガが遂に止まった。
止まったというか、踏切に使われていた地面の方が耐えられなくなったのだ。
グラウンドに刻まれたオルガの足跡が遂に無視でき得ぬ段差となって流れる様なオルガの動きを無理やり止めてしまった。
「へぶっ!」
そしてその勢いのまま顔面からグラウンドに突っ込んで止まった。止められた。
「オルガさん!?」
「顔から言ったなー。それでさ、お前って普通の剣で聖剣と打ち合ってるじゃんか」
「この状況でお話し続けるんですか!?」
この程度は何時もの事だと言わんばかりのイオに思わずエレナも突っ込む。
「いてて……クソ。まさかグラウンドが抉れるとは思っていなかった」
『足元注意ね、オルガ。これが実戦だったら優に十回は斬られてるわよ』
「気を付けないとな……」
傍から見るとブツブツと独り言を言っている様にしか見えないオルガにエレナはおろおろしていた。
治療をすればいいのか。それとも頭を打ったことを心配すればいいのか。
「大丈夫だってエレナ。オルガの奴って独り言が増えた後は何か新しい戦い方を思いつくみたいだし」
「はあ……聖剣との対話みたいな物でしょうか……」
「今とってもエレナに聞きたい事が出来たけどそれは後回しにして……で、どうなんだよオルガ」
擦りむいた顎を擦っているオルガにイオは再び問いかける。
「っつつ……。で何だっけ。どうやって聖剣と打ち合ってるかだったか」
「そうそう。オレの聖剣って基本的に抜けないだろ? 接近戦挑まれたら普通の剣で応じないといけないんだけどさ」
そう言ってイオは前回の小隊戦で使った鉄剣をオルガとエレナの前に晒した。
「うわ、こりゃひでえな。俺のボロ剣並だ」
『何で今私んち引き合いに出した? でもボロボロねえ』
「こんなになってしまうんですか……?」
三者三様にその無惨な姿を表現する。
刃毀れなどと言う次元ではない。
完全に刃が食い込んだのであろう。刀身が半ばまで断ち切られている箇所もあるし、よくよく見ればオルガの物よりも短い。
斬り合いの最中に切っ先が斬り飛ばされたのだろう。
「これ、オルガさんが使ってたのと同じ剣なんですか?」
「少なくとも学院が支給してる奴の中から持ってきたからそう差は無いと思うんだけど」
「えっと、オルガさんのは」
「ん」
水を向けられたオルガは自分の鉄剣を抜いて二人に見せる。
「<オンダルシア>と打ち合ったのに殆ど欠けてませんね……」
「だから何かあるのかなって。何か上手く力逃がしたりとかしてんの?」
イオからすれば何気ない問いかけだったのだろう。
ただオルガは少し困ったなと思っていた。
確かに、剣を護る術はある。ただそれを説明しようとするとこの胡散臭い幽霊についても説明しないといけない。
それを抜きにして説明するのも難しい。
さてどうやって切り抜けた物か。
降って湧いた問題にオルガは頭を悩ませた。
オルガの奇行には慣れてしまったイオでも無視できない事があるのです。