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05 何時かその刃を届かせるため

本日3話目です。

 それから二週間。


『ねえ、オルガはどうして強くなりたいの?』


 退屈そうに、頬杖を突きながら、美しい少女がそう尋ねた。

 透き通るような金色の髪。

 頼りなさげに見える、白いワンピースを風に揺らす姿は深窓の令嬢の様だ。

 ……本性を知っているオルガも気を抜けば騙されそうになる。

 

「急に何だよ、マリア」

 

 そう尋ねられた少年の方は、全身に流れる汗を拭う事もせずに只管に木剣を振るっていた。

 夕焼けの中でも分かるほど鮮明な赤い髪。

 上半身の衣類は脱ぎ捨てられて、下に身に着けたのもハーフパンツ。

 露出の多い格好はその鍛えられた肉体を惜しげもなく晒していた。


『ちょっと気になったの。ねえ、どうして?』

「どうしてって……」

 

 答える間もその動きは止まらず。

 身体から発せられた熱気が、この冷え込んだ気候と合わさって湯気へと変わる。

 秋も深まってきた。後二月もすれば雪が降るだろうし、もう少ししたら新年だ。

 

「魔獣を斬る。それ以外にこの学院に居る理由があるのかよ?」

『うん、それは知ってる。聖騎士養成学院だっけ? 面倒な制度よね。穢れを斬るのにも一々資格が要るなんて』


 そこでマリアはビシッとオルガの肩辺りを指差す。

 

『ダメ。今右肩に変な力入ってた』

「……難しいな」


 延々と、型の反復稽古。

 オルガが半裸を晒しているのは筋肉の動き一つ一つまで少女に見せるためだ。

 一度正しい動きが出来れば一気に進むのだが……と思いながらオルガは微調整を続ける。

 

『また私が手取り足取り教えてあげようか?』

「やめてくれ……」


 ニマーと形容するのが相応しい悪戯めいた笑みを浮かべた少女の申し出をオルガは謹んで辞退させてもらう。

 

『この型が出来ない内は、新しい型なんて教えてあげないからね』

「分かってるよ」


 第三者がこの光景を見れば奇妙に思うだろう。

 手弱女もかくやという乙女が、屈強な肉体を持つ男に剣技を指南しているのだから。

 

『それでどうして穢れを――魔獣を斬りたいの?』

「……お前はどうだったんだよ」


 質問を質問で返す卑怯。

 それを自覚しながらもオルガはマリアへそう問いかけた。

 

 自分の奥底にあるその感情を、晒したくない。

 

『私? 私はそれが出来たから。私って最初っから強かったし。強者は生まれながらに強者なのだって言わないかな』


 何でもない事の様に、胸を張ってマリアはそう言う。

 少しばかりヘルシーな身体つきを胡乱な瞳で眺める。

 

「全方位に敵を作るタイプだな」

『でもオルガは違うじゃない』


 今も振るい続けている木剣を見て、マリアは己の足元にある剣に視線を落とす。

 そこにはオルガが選ばれたという聖剣がある。

 

 人間が魔獣を斬るために必要な唯一にして絶対の武器。

 聖剣を扱える人間を育てるのがこの聖騎士養成学院の存在意義とも言える。

 

『こんな』


 鞘から僅かに覗いた刀身。それをマリアは足先で指した。

 

『聖剣なんて名ばかりの錆びた剣じゃ魔獣なんて切れっこない。選ばれた時そう思ったでしょ?』


 聖剣は持ち手を選ぶ。

 この学院に入学した時にオルガが選ばれた聖剣というのがこれ、だったのだ。

 そこに込められたはずの霊力の欠片も感じられない、本来不朽のハズなのに錆びた剣。

 

「まあ、何だよこのボロ剣とは思ったけどさ」

『誰がボロ剣か!』

「錆びた剣は良いのかよ」

『良いの!』


 この学院は800人近くが入学して、卒業できるのは10人程度。

 戦場で戦う聖騎士達に新たな仲間を送り届けるべく、苛烈なまでの篩い落としが行われている。

 

 聖剣を持った生徒でさえ大半が脱落する中で、聖剣ですらないゴミ寸前の剣を携えて生き残れるとはオルガも楽観していなかった。

 早晩、退学に追い込まれるだろうと。

 

 マリアと出会うまでは。

 

『絶対苦労するのは分かってたでしょ。それなのにどうして?』


 出来ないって分かってるのにどうして? とマリアはオルガに問いかける。

 

「別にそんな大層な理由じゃない」


 まあ、この少女になら言っても良いか。

 彼女が誰かに自分の秘密を漏らすようなことは無いだろうと確信しているオルガは己の戦う理由を明かす。

 

「約束したんだ」

『約束?』


 オルガが剣を振った。

 その軌跡が剣閃としてマリアの視界に残る。

 

 お、とマリアは目を見開いた。

 今のは良かったと褒めてあげようか。でもまだまだ初歩の初歩だし調子に乗られても困るし……でも褒めてあげたい。

 そんな葛藤をしている内に、オルガは木剣を振るいながら己の心情を吐露する。

 

「必ず、守れる位に強くなるって」

『へえ』


 何だか甘酸っぱいような、恋の匂いを感じ取ったマリアは瞳を輝かせる。

 古今東西、男が誰かを護ると言ったらそれは女だと決まっている。それくらいマリアにだって分かる。

 だからまた悪戯好きの猫の様な笑みを浮かべて追撃しようとしたマリアを、続くオルガの言葉が遮った。

 

「絶対に、守ってやるって」


 振るった剣は言葉よりも何よりも雄弁にオルガの心情をマリアに伝えてくる。

 その言葉と同時に振るわれた剣が、愛情で振るわれたのならばマリアにも納得できた。

 

 嗚呼、だけど。

 だけれども。

 

 今日一番、オルガ自身会心の自覚があったであろうその一太刀に込められた思い。

 それはどこまでも純粋な憧憬と――悲壮なまでの決意だった。

 

『そっか』


 別にオルガの強くなりたい理由にそこまで興味があった訳ではない。

 これはただの好奇心。

 その好奇心は、マリアの中にあったオルガに手を貸したいという思いを一つ強くした。

 

『届くと良いね。そのおもい

「ああ」


 誰かへ捧げるための剣。

 それもまた一つの答えだろうとマリアは思う。

 出来るから剣を振るっていたマリアとはまた違う答えは彼女を満足させるものだった。

 

『今のは良い感じだったよ。その感覚忘れない様にしたら――明日からは本格的に霊力の操作に入りましょう』


 そう言ってマリアは立ち上がる。

 それがこの鍛錬の時間の終わりの合図。

 

 タオルで汗を拭って。上着を着こむオルガをマリアは手持ち無沙汰で見守る。

 

『今日の晩御飯、何だろうね』

「さあな……」

『後で感想教えてね』

「分かった分かった」


 それは今オルガがマリアに与えられる数少ない物。

 食事の感想を伝える事。

 マリアには決して出来ない事の代償行為。

 

『じゃ、帰ろ。オルガ』


 そう言って笑うマリアの姿は――夕日に照らされて透き通っていて。

 それでも尚、美しいと認めざるを得ない輝きがあった。

ブクマ、評価、感想ありがとうございます。

数字が増える度にニヤニヤしております。


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― 新着の感想 ―
[一言] 梅上さんの主人公だからな。 今作はまだヒロインとイチャイチャできそうなだけ 救いは無くもない。
2020/10/06 21:12 退会済み
管理
[一言] 微笑ましい光景なんだろうけど……めちゃくちゃ不穏なのが怖い
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