46 重さ
『ちなみに、今のじゃ全然ダメね。これっぽっちも聖剣は活性化してないわ』
もっと再生に力を要する様な傷を付けろという事らしい。
薄々感じていた事だったが、朧・陽炎斬りはぶっちゃけ大してダメージを与えられない。
いや、本来ならば非常にオルガ好みの技なのだ。
チマチマと相手を削って出血で弱らせるというのはカスタールにもやろうとしたオルガの基本戦術だ。
ただこの場では余りに相性が悪かった。
僅かの傷も与えられないのならば、最早技として意味がない。
とは言え、もう一つの鏡面・波紋斬りは最早見切られていると言ってもいい。
先ほどの様に動揺を誘えれば当たる可能性はあるが、そんな運に頼っている時点でもう負けだろう。
だから、運などではなく。
確かな実態を伴った、手を打つ必要があった。
朧・陽炎斬りでは当てられるが威力が足りない。
鏡面・波紋斬りでは威力は十分だが当てられない。
ならば。
その二つを足し合わせれば良い。
オルガはそう考えた。
不思議と出来ないとは思えなかった。
頭の中で、どういう動きをすればいいのかが分かっている。
自分がどういう動きをしたら、どういう結果になって。
どういう風に組み合わせればどういう風な結果が生じるかが見えていた。
体内の霊力を高めていく。
同じ手は何度も使えない。
最後の奥の手の事も考えれば挑戦できるのは二回か、或いは一回か。
いや、どの道一度でも見せたらエレナは対処してくる。
所詮は付け焼刃。最初の一回だけのビックリ芸だ。
「一応こっちからも聞いておくけど……降参するつもりは無いか?」
「……有り得ない、です」
「あんな、自分の事しか考えていないような奴でも?」
懸命に戦っているエレナに裏切りを疑う様なブランにこれからも忠誠を誓うのかと。
その言葉へ返事をしようと。エレナが息を吸い込んで。
はい、と息を吐いた瞬間。
そのタイミングで飛び込む。
『……色々と小細工するのね』
とマリアがどこか呆れた様に言っている気がしたが、オルガの脳はその声を処理しようとはしなかった。
ほんの一瞬の反応の遅れ。それを引き出すための手妻は色々と持っている。
そう何度も使える事ではない。
このワンチャンスを物に出来なければ勝ち目なんて引き寄せられない。
刃金と刃金が打ち合う。
オルガの鉄剣を、押し込まれ気味とはいえエレナの<オンダルシア>が受け止めた。
そこへ、刀身へ霊力を走らせる。
その切っ先から伸びる幻の刃。朧・陽炎斬り。
エレナの前髪を切り裂いて、額に届く。
だがそれではダメージにすらならない。髪の毛を切っただけで殺せるなら、床屋は今頃英雄だ。
刃が過ぎ去った後から塞がってしまう。
しかし、それでも刃が通った瞬間だけはそこに傷が――疵があるのだ。
「繋がれ……鏡面・波紋斬り!」
その霊力の刃へ更なる霊力を注ぎ込む。最初に生み出した霊力の刃はただの中継。
本命はその後。
追加で送り込む振動波である。それに耐えきれず、作り上げられた霊力の刃は砕け散った。
オーガス流剣術の弐式と、壱式の連携。
『二つの型の崩し……こんな短期間で』
そんな綱渡りをオルガは成功させた。それはマリアが驚くほどの成果。
効率としては下の下だろう。注ぎ込んだ霊力に対して、得られた結果は通常の半分以下。
だが瞬時に塞げぬ傷を与えるには十分。
血の花が咲く。
最早振動と言うよりも爆発の様な勢いだった霊力はエレナの額に深い傷を負わせた。
だがその傷も<オンダルシア>が癒していく。みるみる内に、その傷は塞がり――。
『見えた! 刀身! 根元の辺り!』
その最中で、待ち望んでいた物をマリアの眼が捉えた。
瞬時にオルガが刃を引き戻す。
矢の様に腕を後ろへと引き絞り、その力の方向を一瞬で反転させた。
「捌式――陰陽・封神突き!」
マリアが指示したポイント。
そこへ的確にオルガが突きを打ち込む。
ここまでオルガは一度も突き技を使わなかった。
オーガス流の型としては未収得だが、通常の剣戟としてならば使える物はある。
その理由は偏に、エレナの眼を突きに慣れさせない為。ただ一回。この技をエレナに当てる為。
突き立てた刃から霊力を流し込む。そこだけ見ると鏡面・波紋斬りと同じ。
しかし一番の違いは、その霊力を振動させるのではない。勢いに任せて弾けさせるのでもない。
そこで停滞させるのだ。霊力を固体化するかの如き操作。剣から切り離されてもそれはしばらく相手の体内に残る。
その技の原理は――カスタールの<ノルベルト>と全く同じ。
相手の霊力の流れの中に生じた栓は、その流れを阻害する。
オルガがあるのではないかと予測して、欲した技は一撃で相手を消し飛ばすような物では無く。
相手の能力を封じる物。
エレナの強さを支える疑似不死性。それを取り除くための力が欲しかったのだ。
<オンダルシア>の聖刃化が霊力の滞りによって強制的に解除された。
目元を隠していた前髪が無くなって、初めてエレナの眼をオルガはまともに覗き込んだ。
「……悪い」
そう謝るオルガの声音には後悔があった。
もっとうまい方法があったのではないかと。エレナの顔を見ていたらそんな思いが湧き上がってきたのだ。
だけど今のオルガにはこれが精一杯だった。
「いえ……慣れてますから――」
本当に痛みには慣れている。それこそ胴体に大穴でも開かない限り。
ただ、傷が癒されずに残っているという感覚は久しぶりに感じられた。
「……<オンダルシア>はしばらく動かないけど、まだ続ける?」
エレナならば、単純な剣技だけでもオルガとそれなりにやれるだろう。
「いいえ」
だがエレナは首を横に振った。
「私の、負けです」
戦おうと思えば戦える。
だけどエレナは己の敗北を認めた。
聖刃化を行って尚破れたのだ。
これ以上はただの悪あがき。
嗚呼、それに。正直に告白してしまえば。
現状から解放された事に安堵している自分がいる。
ああ、もう一人で戦わなくても良いんだと思う自分がいる。
家族の為。主家の為。
それを負担だと思った事は無い。
無いけれども。
それはエレナ自身が思っていた以上に重圧には感じていたらしい。
少し、脇に置いて背伸びをしたくなるくらいには重たさを感じていた。
それが無くなって。こんなにも心が軽くなるというのは予想外。
多分その重さでずっと視線が下向きになっていた。
エレナはそんな気持ちになっていた。
イキナリ8番目