42 どうして?
まあつまり。
まだ覚えていないオーガス流の技を当てにした勝負という事だ。
しかも、オルガがその技をあるかと聞いて来たのは小隊戦を挑むとオルガが心の中で決めてから。
つまり、具体的な手段が無くともオルガはエレナを引き抜こうとしていたのだ。
もしも無かったらどうするつもりだったのか。
『もう。何でこう変な所で思いっきりが良いのかしら』
カスタールの件に続きオルガが後の事を考えない無茶をするのは二度目だ。
いや、後の事は考えているのだろう。失敗したときにどういう結末になるのかオルガは理解している。
だからこそ質が悪い。
どれだけ破滅的な未来であろうと、オルガはそれを意にも介さない。
考えなしの方がまだフォローできるだけマシだ。
『あのね、オルガ。人助けも結構ですけどね。まずは自分を優先しなさいよ』
「いや、だから言ってるだろマリア。助けを求めてる人を前にして逃げ出すことは出来ない」
『はいはい。聞き飽きました! 私はオルガを直接助ける事は出来ないからちょっとしたお小言です!』
べーっと舌を出して不貞腐れる今のマリアから師の威厳を感じ取るのは難しいだろう。
「だって信じたいじゃないか」
『何をよ』
「俺がこうやって人助けをしてるなら、きっと他の誰かもどこかで人助けをしてる」
オルガの言いたい事を噛み砕こうとしてマリアは少しばかり考え込んだ。
『つまり、その人間の善性的な物? 一人良い人間がいるんだからもっといてもおかしくないという』
「まあ、そんな感じかな」
立派な心掛けだとは思うが。どうにも普段のオルガとは一致しない考え方な気がした。
『でもオルガの性根って結構あくどいよね』
「良いだろ別に! 今度からはもう少し気を付けるように努力するかもしれない! それよりも、特訓しようぜ。後一週間だ」
そこでオルガはこの話題を強引に打ち切った。
自分でも無茶をしようとしている自覚はあるので話せば話す程追い詰められるのだ。
『まだまだ言い足りないけど……そうね。そんなに余裕のある日数じゃないわ。確かにオルガが希望した技はあるけど、あれ結構難しいのよ』
「そうなのか?」
『ぶっちゃけ。門下の中でも使えない人は結構いたくらい』
「……難しそうだな」
『まあオルガは霊力のコントロールが上手いからきっと上手く行くわね!』
実にアバウトな根拠でマリアはオルガを励ました。
もしも一週間でこれを体得できなければ。
その時は今手元にある二つの技で立ち向かうしかないだろう。
それを避けるためにも一秒でも早く特訓を開始すべきだ。
『それじゃあまずは――』
「待って下さい」
背後からオルガを呼び止める声と、追いかけてくる足音。
振り向けば。そこにはエレナが居た。
「エレナ、どうかしたのか。何か連絡事項でも?」
小隊戦の絡みの何かだろうかと思っていたが、エレナの様子的に違うらしい。
「どうして、こんなことしたんですか?」
「こんな事って」
それが惚けている様に見えたのか。
少しだけエレナは声を大きくした。
「小隊戦の事です。私、こんな事頼んでません」
『頼まれてないわね』
「確かに頼まれてないな」
何しろこれは、完全にオルガとイオの個人的な感情の問題。
「だったらどうして」
「現状に泣いてる人が居て。それを知ってしまって。それでも無視する事が出来る程俺は人に無関心でいれなかっただけだ」
それだけの話なのだ。
そして当人が自縄自縛でそこから離れられないのなら。
外からその縄を斬って、助け出してやりたいと思っただけ。
「で、も。でもそんな退学を賭けてまで。そんな風にして貰う様な理由が――」
「まあ後は、イラつくからかな……アイツら」
聖騎士と言う物に喧嘩を売っているとしか思えないやり方。
イオもオルガも。純粋に聖騎士だけを目指してここに入学したわけじゃない。
だがそれでもそこに憧れがあったからここに居るのだ。
その憧れを汚すような戦いを見て、苛立ちを覚える程度には聖騎士と言う物を神聖視している。
「……私は、ブラン様を守って聖騎士にならないといけないんです」
「ああ。エレナはそうだと思うよ。だから――俺が全部台無しにしてやる」
マリアの言う、あくどい顔を作ってオルガは宣言した。
「エレナはウチの小隊に引き抜く。アイツらには自分の剣で戦ってもらう」
「……負けません」
やっぱり、エレナは向こう側に立つつもりらしい。
そこに居るのが辛くて痛いのだとしても。涙を流し続ける事になったとしても。
今を変えようとはせずに。
エレナは一人で戦い続けるのだ。
頑固な奴、とオルガは思った。自分も人の事は決して言えないが。
立ち去っていくエレナを今度は見送って。
『本当に、オルガってお節介ね。……ねえ、どうしてそんなに自分で決める事に拘るの?』
「むしろ逆に。自分以外が決めた事に全ての決断を任せられるか?」
『絶対に嫌ね。戦うなら自分の剣で戦って……その果てに力尽きるならそれはそれで本望よ。もう力尽きてるけど』
オルガの期待した通りの答えを言っている自覚があるのか。
マリアは少し不服そうな顔をしながらそう言った。
その微妙なブラックジョークに突っ込むか迷った末に、オルガは頷きだけを返した。
「だろ?」
『だからって私はそれを人にまで望みはしないけど! 別に良いと思うわよ。人や何かに流されるのだって処世術の一つでしょうに』
「……でも、俺はそれが許せないんだ」
おや、とマリアはその硬い横顔を意外に思った。
許せないと。想像していたよりも強い言葉だった。
一月近い付き合いになるが、まだマリアもオルガについて詳しく知っているとは言えない。
それはオルガからしても同様だろう。
ただ二人は偶然出会って奇妙な縁で結ばれた関係。
互いに胸襟を開いて身の内を全て晒すような関係には程遠い。
きっと自分の知らない何かが、オルガにそう言う言葉を吐かせるのだろうという事だけは理解できた。
だけれども。この硬質な響きには覚えがある。
何時か。夕焼けの中で。
オルガに戦う理由を問うた時に見せた物と同じ硬さ。
マリアにとって不可解なオルガの選択にはその硬さが常に見えている。そんな気がした。
「ま、結局は俺の好みの問題だ。価値観の押し付けって言われても仕方ない」
そうお道化る様に言うオルガにマリアも乗っかる事にした。
オルガが垣間見せる硬さは、そう容易く和らげることが出来る物では無い。
『じゃああの子に負けない様に特訓始めましょうか。あんな風に言って負けたらかっこ悪いからね』
「よろしくお願いします」
『こういう時だけは調子が良い。ビシバシ行くわよ一番弟子!』
何だかんだで。師匠風を吹かしているマリアは楽しそうだなとオルガは思うのであった。
やりたい事をやっているのだと言ったマリア。彼女にとっては命尽きた後の今も、自分に素直に過ごしているのだろう。
そんな彼女が、自分の本当の目標を知ったら何と言うだろうか。
オルガはほんの少しだけ、それが気になった。
「まずは何からするんだ?」
『そうね……取り合えず石を集めましょうか』
「……了解」
相変わらず修行内容は一見して何を目的としているのかさっぱり分からない内容だったが。
そうしてオルガが変人であるという評判を更に広める様な修業をしながらあっと言う間に七日が過ぎて。
小隊戦当日。
「……でオルガ。何その姿勢」
「すまん、イオ」
深々と土下座するオルガの謝罪。
イオには嫌な予感しかしてこない。
「うわっ。すっげえ嫌な予感するんだけど。どうぞ?」
「エレナを抑える奥の手、間に合わなかった」
「何やってんだよお前!」
イオが突っ込むのも当然だろう。
オルガが修行していた新しい技。それはマリアが脅すだけあって難易度の高い物だった。
『いや、まあ……一週間で形になっただけでも十分凄いのよ? ただちょーっと精度が、ね?』
聞こえていないにも関わらずマリアがイオに言い訳めいた言葉を口にする。
「多分一撃で決めるのは無理だ」
「お前の求めてるハードル高いなオイ。って言っても確かになあ。一撃で決めないと保健委員が魔獣みたいなもんだし」
本人が聞いたらショックを受けそうな評価をしながら、オルガが求めていた奥の手の完成度に理解を示す。
「まあお前が保健委員を抑えるだけの時間はオレがきっちり稼ぐから安心しろって」
「頼む」
「でもあんまり長くは持たないと思うから早めにな」
三対一を凌ぐイオが持ちこたえている間に、リーダーのエレナを倒す。
これから始まる戦いはそう言う戦いだと。改めてオルガは胸に刻み込んだ。
オルガは自分で自分のやる事を決めたい人。
寧ろ当人以外が当人の行動を決める事を嫌悪する人。